霞の向こう
私達もハル君を迎えに行くことにした。文房具店は大通りに面しており、広場までは一本道のため入れ違いにはならないらしい。休日のせいか多くの人が行き来して、左右に立ち並ぶ様々な店も活気に溢れている。
ハル君の家からアレクセイの家に行っていた時は大通りを通らなかったのでここを歩くのは初めてだった。
「お前は子供か?」
ウインドショッピング感覚できょろきょろしていた私を、アレクセイは呆れた様に見下ろしていた。
見られていたことに恥ずかしくなり顔が熱くなる。
「珍しいし楽しくて、つい」
俯きながら言い訳をする私の手を大きな手が包み込んだ。驚いて見上げと「その歳で迷子じゃ恥ずかしいだろ?」とアレクセイは鼻で笑った。
喜びと恥ずかしさで耳の先まで熱を感じる。きっとおかしな程に真っ赤になっているだろう。
「その歳って、ひと言余計です!」
上ずった声で抗議しながらも包帯を巻いている右手ではなく左手を優しく握ってくれた彼の手を握り返した。
客や店員で活気付く中、1軒だけ静かな佇まいの店が目に留まる。まるでそこだけ時間が止まっている様で、私の足は自然と店へと向かった。
急に横に逸れた私に手を繋いでいたアレクセイは一瞬立ち止まったけれど、それでも何も言わず付いて来てくれた。
「タル、タルキスタ骨董店?」
扉の上に掲げらている古い看板は文字が掠れている上に書体が独特で判読し辛く、自然と声に出してしまっていた。
「タルキスタって何だろう?」
聞き慣れぬ単語を必死に考えているとアレクセイが答えてくれた。
「この辺りの古い呼び名だ」
大きなウインドウに引き寄せられる。
骨董品のような窓ガラスは、店内に霞がかかっているのかと錯覚してしまいそうなほどくすんでいて薄暗い中の様子はよくわからない。くすみの少ない部分から店内を覗き込み、ショーケースに展示されているある商品に釘付けになった。
今まで忘れていたことを不意に思い出す。
「アレクセイ、あの――」
振り返ると、ちょうどハル君が私達を見つけてやって来た。
「何やっているんですか?」
「さぁな」
ハル君とアレクセイの会話は聞き流す。
「ここに入ってもいい?」
2人はまるで兄弟か親子みたいに同じ表情で驚いた。
店内は薄暗く古い物独特の香りがしていた。だからといって埃っぽいとか汚れているという訳ではなく、商品と店の雰囲気がとてもよく合っている。
こういう落ち着いた雰囲気は大好きだ。けれど今の私は他の商品に目もくれず、一直線にショーケースを目指した。
そこに展示されているのは女性用の装飾品で、指輪や髪飾り、ネックレスやブレスレットが綺麗に並べられている。
そしてそこに、それはあった。
焦げ茶色のベロアリボンの中心に金のバチカンで留められた赤い石が輝くチョーカー。
リヴァイスの首にもチョーカーがあったことを、私はこれを見て思い出した。
「――似ている」
「何と?」
「リヴァイスが着けていた物と」
アレクセイは眉を顰めて、ハル君は驚いてショーケースを覗き込んだ。
「これ、何て言うの?」
「レイゼクル」
アレクセイが即答する。
この人の知らないことって何だろう?
感心と疑問が同時に頭をよぎる。
「これ、珍しい?」
「――装飾によりますよ」
今度は聞き慣れぬ女性の声が答えた。見ると店の奥から白髪の女性が歩み寄って来る。
「いらっしゃいませ」
店主と思しき老婆は上品に微笑んでいる。
「お気に召しまして?」
はやる気持ちを抑えて口を開いた。
「あ、あの、これ、レ、レイ――」
「レイゼクル」
アレクセイが溜息交じりにフォローしてくれた。
「そうです。それについて聞きたいのですけど」
「どうぞ。何でも聞いてくださいませ」
店主は口元を綻ばせ背筋を伸ばた。




