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それぞれへのお願い

 朝食の後に、学校が休みのハル君にお願いをした。


 クムルと話がしたい。


 クムルは以前エデュター家のバカ息子のせいで試合をさせられた召喚獣で、召喚者はハル君のクラスメイトだった。

 試合が終わった直後に教えて貰った話がずっと気になっていたからだ。


『もしもあいつに返還術を使わせたいのなら解放しなきゃだめだ』

『解放? 何から?』

『エデュター家の呪いから』


 その呪いは何なのか、上覧試合までにどんな些細なことでもいいから、リヴァイスに関することを知っておかなくてはいけない。

 リヴァイスとまともに戦っても勝てないことはわかっている。ラスボスに『ひのきの棒』と『布の服』で挑む様なもので、そのイメージを想像して無謀だ、と改めて痛感した。

 だからと言って何もせずただ嘆いて恨んで諦めるより、負けないために死なないために出来ることはしたい。


 ハル君は少し悩んだけれど了承してくれた。すぐに自分の部屋に戻り、早速ランディと会う約束を取り付けてくれた。

 直接会って約束するものだと勝手に思っていたので驚いた。ハル君に尋ねると魔道具の一種である小さな水晶玉で連絡を取ったと教えてくれた。

「あぁ、携帯電話みたいな」

「ケータイデンワって何ですか?」

 逆にハル君から質問された。拙い説明しか出来なかったけどそれでもハル君は目を輝かせて聞いていた。



******



 ハル君と出掛けたいから付いて来て欲しい。


 アレクセイに理由を説明するとあっさり了承してくれた。

「ありがとう」

 気にするな、と何気なく彼は言う。

「天気も良いし、家に籠ってばかりだから気分転換になる」

 まるで自分の事の様な言い回しだけど、アレクセイはウルリーカさんが来てくれた日に仕事に出掛けていた。だからこれは私を慮っての言い訳だ。

 普段は素っ気ない癖に、ここぞという時に出す何気ない優しさにひとり悶える。しかもこのタイミングで昨晩のことを思い出してしまった。

 あっという間に火照りだした私の顔を見て、アレクセイは笑った。



******



 レオナールに外出の件を伝えると、案の定、自分も行くと言い出した。

 ――まぁ、わかっていたけど。


「ナっちゃんがいないとつまんない」

 それは何かが違うのでは、と思いながらもレオナールにもお願いをしなければならなかった。


 リヴァイスやその周辺、過去から現在に至るまでを出来る限り教えてほしい。


 レオナールは少しだけ目を瞠り、次の瞬間、愉快そうに笑った。

「それは機密事項も含めて、って意味だよね?」

 理解の早いレオナールに感謝しつつ頷く。

 諜報部員は一般には知られていない情報や秘匿された真実も知っているし調べられる、と考えた。でもそれらの情報は他者に漏らしていいものではないはずだ。普通なら断られる。


「いいよ」

 あっさりと快諾され肩の力が抜ける。と同時に急に心配になった。

「お願いしておいて言える立場じゃないけど、あまり無理しないでね。自分の立場を優先して」

 これでレオナールの立場が危うくなったり、命を狙われたりすることは嫌だ。元の世界に帰るにしろ消滅するにしろ、いずれ私はこの世界から消えるのだから。

 

 レオナールは意外そうな顔で私を見下していた。目が合うと嬉しそうに微笑む。

「わかった。じゃあ、ナっちゃんも僕のお願い聞いてくれる?」

 レオナールならそう言うと思っていたのに今まですっかり忘れていた。予想通りの返事とはいえ、私は小さく肩を落とした。

「出来る範囲でお願いします」

「それは大丈夫」

 にっと笑うレオナールに、もはや嫌な予感しかしない。

「僕に魔力補充させて」

 このお願いは何となく想像していたから、出来るだけ冷静に対応しようと表情を引き締める。

「それはこの前お断りし――」

「口以外で」

 想定外の言葉に冷静さの装いがあっさり剥がされる。見上げたレオナールの瞳は、あの時と同じ無慈悲で鋭利な光が宿っていた。

「俺への感情はいらない。昨日のあいつだと思ってくれれば良いから」

 メチャクチャなこと言っているとか、いつからその補充の仕方を知っているのかとか、一人称が違うとか、昨日のこととか、アレクセイの部屋に行ったことがばれてるとか、とにかく突っ込みどころが満載で処理が追いつかない。


 火照った顔で口をぱくぱくさせているだけの私を見てレオナールは少し表情を緩めた。

「危険な橋を渡るためにそれなりの褒美が必要でしょ?」

「それは――」


 そうだけど、それは無理!


「それ以外のご褒美で――」

「いらない」

 あっさりと却下したレオナールの顔がゆっくり近づいてくる。意地悪そうな表情を浮かべているのにどこか苦しそうで、目が離せない。

「味見はもうしない。だから――」

 言い終わる前にレオナールの顔が一気に離れ、さっきまで彼の顔があった私の目と鼻の先を、何かが勢い良く通り過ぎていく。

 壁に当って床に落ちたそれはクッションだった。

「レオナール」

 身支度を終えて戻ってきたアレクセイがものすごい形相で睨んでいる。レオナールは表情を一瞬で元に戻した。

「何をしている?」

 地の底から響いてくるような低音に、レオナールはへらりと笑い返した。

「リヴァイスのことを調べる様にお願いされたから、僕もご褒美のお願いをしていただけさ」

 アレクセイはさらに顔を顰めた。

「その件は、俺が昨日頼んでいただろう」


 え、そうなの? つまり、ダブルブッキング?


 レオナールはいつもの調子で笑った。

「だってナっちゃんからお願いされれば遣り甲斐もでるし、ついでにご褒美もおねだりできるかな、って」


 一瞬でも心配した自分に腹が立ち、言いように振り回された恥ずかしさとからかわれたことへの悔しさと込めて右ストレートを放った。

 油断していたレオナールの鳩尾に綺麗に入ったけれど、この件に関しては絶対に謝らないと心に誓った。

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