すれ違う想い
リヴァイスもレオナールもアレクセイも、どうして私の周りはこんなに強引で、こんなに無駄に色気を振りまくの?!
この世界の美男美女は、これがテンプレなの?
せめてハル君だけは健やかに、真っ直ぐに育ちますように!
ハル君の屈託のない笑顔で会ったことのないブラッドさんを不意に思い出した。
「ブラッドさんは何て言ってた?」
意表を突かれたのか、アレクセイの表情が強張った。
「拘束される直前のブラッドさんに会ったでしょ?」
「何故それを――」
驚いた表情から言葉が漏れる。けれどすぐに何か思い当った様で、小さな舌打ちの後「あいつか」と吐き捨てた。
ごめん! また半殺しになったらその時は介抱する!
この場にいないレオナールに心の中で謝った。
「ブラッドさんには何て言ったの? 逃げてくれって言ったの? それとも」
「――関係ない」
アレクセイは唸るように言葉を遮った。明らかに表情が険しい。纏う空気が感じたことのないほど張りつめている。
きっとこれ以上踏み込めば、逆鱗に触れる。でもそこまでしないと彼を止めることはできない。
無意識なのか彼の指が腕に食い込む。
痛みを顔に出さない様にした。全てを受け止めようと覚悟を決めた。
「関係あるよ!」
声を振り絞る。
「だって、また同じことを繰り返そうとしているじゃない!」
アレクセイの眼光が鋭くなる。
お前に何がわかる――薄青の瞳はそう叫んでいる。
「アレクセイは救えなかったブラッドさんの代わりに私を助けようとしている」
ふと眼光から鋭さが消えた。
「――違う」
「違わないよ」
迷いを見せた彼の言葉を間髪入れず否定した。アレクセイは少し怒ったような表情になった。
「俺はお前を――」
「大切に思ってくれていることはわかっている、つもり、ですけど――」
つられたように私の語尾が迷走してしまったのは許して欲しい。自分では何となく言い難い台詞だ。
「だから無意識にブラッドさんと重ねてしまっていると思う」
少し口調を和らげた。
「結局ブラッドさんは、アレクセイの助言を受け入れなかったでしょ?」
ブラッドさんはその後拘束されて、そして――。
「私も同じ。アレクセイの提案は受け入れない」
否定された子供の様に彼の瞳が揺れる。彼は掴んでいた私の腕を離した。
「だって大切な人が自分のせいで罪を犯したり、死んでしまったりしたら嫌だから」
反対に私がアレクセイの腕を掴み、彼を見上げた。
「きっとブラッドさんは自分のしてしまったことを後悔していたと思う」
アレクセイは驚いたような表情になった。それは私が腕を掴んだからか、それとも私がブラッドさんの気持ちを勝手に述べたからかはわからない。
でも思うがままに言葉を続けた。
「その時は必死で周りも見えなくて、だから無茶して、暴走して、行くとこまで突き進んじゃって。でも冷静になった時、自分の手には何が残っているの? 本当にしたかったことって何?」
アレクセイは視線を落とした。何かを思い出しているのかもしれない。
「ブラッドさんは彼女の命を助けたかった。その根底にあるものは、彼女が幸せでいてくれたら、っていう気持ちじゃないの?」
会ったことのない人だけど、ハル君を見ているとそんな風に自然と思える。
「でも自分の大切な人が、自分のためにって禁術を使って、罪を犯して、死んじゃって、その消えない事実を抱えて独りで生きていかなくちゃならない彼女は、どうすれば良かったの?」
愛しい人の墓前で幼いハル君に、自分のせいだ、と謝ったその人は、今どうしているのだろう。
「きっと苦しんだはずだよ。生きていることが辛いと思うくらいに」
ブラッドさんの恋人のことなのに、感情がぐちゃぐちゃになって、いつの間にか自分のことを言っている。
「生きてさえいればいいなんて思っているなら単なる自己満足だよ」
涙で霞む瞳でアレクセイを睨みつけた。
「助けられた残りの人生が泣いて後悔して苦しむだけなら、こんなに酷い仕打ちはないよ」
落ちていく涙の重さで顔が俯いてしまう。
「私は耐えられない。例え試合が中止になったとしても、例え元の世界に戻れたとしても、アレクセイを犠牲にした現実を抱えて生きていく自信はない」
顔を上げる。
「そんな思いをするくらいなら――」
そこには私の大切な人がいた。
「お願い。今ここで私を殺して」




