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もって行き場のない感情 その1

 レオナールの暴走から2日が過ぎた。あの後は何事もなく変わらない日常が戻っている。

 暴走した張本人は珍しく外出している。諜報部に呼び出されたらしい。

 その手紙の差出人は店舗らしき名前で、文面は新装開店のお知らせだった。何の変哲もない文章が並んでいるけれどこの中に暗号が隠されているらしく、レオナ―ルとアレクセイは諜報部からの呼び出しだとすぐに理解していた。ちなみに魔術を使って遠方の相手と直接会話も出来るみたいだけど、探知されやすいのでこういった古典的な手法も使われている、と教えてくれた。

 ハル君はいつも通り学校に行っているので、家にはアレクセイと私しかいない。朝の掃除を終え居間に戻ると、アレクセイはいつもと変わらず読書をしていた。

 何も考えずに見惚れていると、不意に彼が本から顔を上げた。

 当然、目が合う。

「ナツキ」

「――何?」

  返事が遅れたのは、心臓の鼓動と呼吸を整えるのに必死だったから。

「クルエルアイは魔力補充の時機をいつと言っていた?」

 照れる様子も気負うこともなく、普段の会話と変わらぬ表情に少し落ち込む。

 アレクセイにしてみれば単なる人助け、いや召喚獣助けでしかない。義務での行為に感情は必要ない。

 真っ直ぐ見つめている薄青の瞳に気付き、すぐに思考を切り替えた。

「確か――」

 ウルリーカさんは必ず2、3日に1回は補充してもらうよう言っていた。

 今の状態なら1週間くらいは保つだろうけど、無理をすると症状が悪化する可能性があるそうだ。

 なるべく感情を押し殺して伝えると、アレクセイは「そうか」とだけ言って再び視線を本に落とした。


『本当は毎日でもいいし、口移しより情を交わした方が多く補充出来るのよ』と、補足されたことは言えなかった。


 恋人でもないのに。


 考えれば考えるほど落ち込む。

「どうした?」

 いつの間にかアレクセイがこちらを見ていた。気が付かないうちに大きな溜息を吐いていたらしい。

「あ、ううん、何でもない。お風呂に入ってくる」

 掃除の後はいつもお風呂に入る。出来るだけ普段通りに、でも逃げる様に居間を後にした。



 さっぱりした頭と身体で風呂場から出ると、開けっ放しの書斎でアレクセイが読み終わった本を棚に戻していた。

「もう読み終わったの?」

 さっきまで読んでいた本はかなり分厚かった気がする。自然とアレクセイの隣に立っていた。

「前に読んでいるから」

 アレクセイは視線を本棚に向けたまま口を動かす。

 部屋に沈黙が訪れた。

 お風呂に入りながら必死に決心したことを声に出した。

「あの――」

 アレクセイの動きが止まり、私を見下す。

「良ければ、魔力を、補充して欲しい、のですが――」

 視線に耐え切れず、恥ずかしさで火照る顔を隠すように俯いた。

「自分のことだし、また倒れる前にしておかないと大変だし、今なら誰もいないし――」


 言いながら、そうじゃないだろ、と心で突っ込みをいれている自分がいる。

 これからすることの言い訳にしか聞こえない。自分のことしか考えていないし、アレクセイに対して失礼で誠意のない言葉だ。おまけに言葉足らずだしつたない。会社でこんなプレゼンをしたら怒られる前にまず呆れられるだろう。

 

 上げた顔の前で両の掌を合わせた。

「ごめん。今のは忘れてください。もう1回最初からでいい?」

 アレクセイは口元に手を当て「どうぞ」と笑いを噛み殺して許可してくれた。

「アレクセイに言われる前に私からお願いするのが筋だし、また無理して倒れたら大事になるしそれこそ迷惑かけるし、今はハル君やレオナールもいないから、お願いできますか」

 アレクセイは色気の欠片もない決意表明を聞き終えると、柔らかく微笑んだ。

「良く出来ました」

 ごく自然な動作で右手を私の首筋に当て、顔を近づけてきた。気が付けば私の唇に彼の唇が重なっている。

 優しく温かい感触が、無理やり押し込めた私の感情を引きずり出した。


 恋人でなくてもいい。

 単なる義務でもいい。

 せめてこの時だけ。


 考えることを止めて瞼を閉じた。

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