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師匠と弟子と召喚獣と―― その2

 アレクセイの家は少しも変わっていなかった。扉を開けて目に飛び込んできた家の中の様子や、肌で感じる空気も同じだった。

 ようやく戻って来られたという実感が湧いてきて、ものすごくほっとした。


 アレクセイに案内された部屋は書斎の隣だった。8畳ほどの大きさに鏡台とタンスとベッドだけが置かれている。家具は年季が入っていたけれど、目立った傷や痛みはなく綺麗だった。

「しばらく使っていない部屋だから後で掃除してくれ。ある物は好きに使っていい」

「この部屋は?」

「お袋が使っていた」

「お母さんは?」

「親父と田舎で暮らしている」

 数年前に仕事を引退した旦那さんとのんびり田舎で暮らしているらしく、滅多にこの家には戻ってこないのだとか。ちなみにハル君は書斎を挟んだお父さんの部屋だ。


 姿勢を正すとアレクセイに向かって頭を下げた。

「これからしばらくお世話になります」

「特別にもてなすことはしないから気にするな」

 言い方がとてもアレクセイらしい。顔を上げると彼は柔らかい表情で微笑んだ。

「――だが」

 声を一段低くして眉間に皺を寄せる。顔が良いだけに妙な迫力がある。細めた目から発せられる氷の視線に射抜かれまいとして首を竦めた。

「お前を呼んだ覚えはないぞ、レオナール」

「僕もアリョーシカに呼ばれた覚えはないからね。ま、気にしない、気にしない」

 私の後ろに影のようにぴったりと張り付いていた私服のレオナールは、それはそれは楽しそうに笑っていた。



******



 私がアレクセイの家に身を寄せることになったと聞いたレオナールは、何故か自分も厄介になると言い出した。家主アレクセイは「世界が滅亡する方がマシだ」と壮絶な拒絶を示したけれど、レオナールは全く聞く耳を持たなかった。

「僕、ナっちゃんの監視兼護衛になるから一緒にいないと、ね?」

 私とハル君は唖然とし、アレクセイは「やはりな」と吐き捨てて盛大に顔を顰めた。

 対象の監視は本来『草』の役目だけれど、今はエデュター家の外堀壊しの証拠集めを最優先に奔走しており、また今回のように何かあった場合は対処出来ないだろうと判断されたようだ。

 諜報部員が私の傍にいれば、リアニークスの存在を諜報部が知っているという証拠をエデュター家に握られることになるのではないか。そんな私の疑問にレオナールは立てた人差し指を横に振った。

「今は謹慎処分中だから大丈夫だよ」

「あぁ謹慎中なのね――って、大丈夫じゃなーい!」

 ついお手本のような一人ボケ突っ込みをかましてしまった。

 レオナールは今回の事件の責任――被疑者を逃して死亡させたこととそれによってエデュター家関与の証拠を掴めなかったこと――を取って謹慎処分になってしまった。

 私が勝手に動いたせいで迷惑を掛けてしまった。申し訳なさで彼を見上げる。レオナールが私の視線に気付き口を開きかけたところで声を発したのはアレクセイだった。

「どうせ表向きだ」

 謹慎中の諜報部員が旧友の家に泊まっているだけで、リアニークスがこの世界に呼ばれていたことも諜報部は知らないし、そもそも公務ではないのだから無関係である――というのが事前に用意された回答で、謹慎処分はレオナールが監視兼護衛に就くための建前らしい。

 レオナールはアレクセイの完璧な説明に肩を竦め「ま、そういうことだからナッちゃんは気にしないで」と笑った。



******



「もう帰っていいぞ」

 アレクセイは一切の反論は受け付けないといった口調で言い切った。

「監視兼護衛が対象から離れたら意味ないでしょ?」

「だからそれがどうして俺の家に住む話になる?」

「一緒の方が安心安全、無駄がない」

 何かの安全標語を読み聞かせる様にレオナールの口が動く。

「一緒の方が楽しいし」

 アレクセイは諦めたのか深い溜息を吐いた。

「お前の部屋はないからな」

「しょうがない。じゃあこの部屋でいいよ」

 レオナールは口を尖らせると、驚くほど自然な動作で私の背中を押して一緒に部屋に入ろうとした。

「「良くない!」」

 珍しく私とアレクセイと息が合う。


 突然、胸に鋭い痛みが走った。息を吸う度にグサグサと刺されているようで呼吸がままならなくなる。同時に視界が歪み、頭は何かで叩かれているように痛みだす。

 あまりの苦しさに立っていられず部屋の戸口に寄り掛かった。けれど体を支えきれなくなりその場に崩れ落ちた。レオナールとアレクセイが掴んでくれていなければ倒れていただろう。

「大丈夫か?」

 顔を上げると、心配そうに覗き込んだアレクセイの端整な顔が間近にあった。顔が一気に熱くなる。

「あ――うん、大丈夫」

 レオナールとアレクセイにお礼を言いながら立ち上がる。

「本当に大丈夫か?」

 アレクセイは手を掴んだまま再び聞いてきた。

「平気、平気。嬉しくて、ついはしゃぎ過ぎたかな?」

 恥ずかしさを誤魔化すように笑顔で答える。本当はまだ少し苦しかったけれど、心配を掛けたくなかった。

 薄青の瞳が私の心を見抜く前にその視線をかわした。


「心配だから僕が添い寝を――」

「お前はこっちだ」

 大家兼保護者のアレクセイは、いつのまにか背後から抱きついていたレオナールを引きはがして居間へ戻って行った。


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