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 獣車の中は静かだった。空気が重く沈んでいて息苦しい。

 早く目的地に行かなければという焦りと、僕に躊躇なく炎を投げ付けてきたあの魔術士と再び対面するという恐怖で雁字搦めになっているのかも知れない。

 レオナールさん達は屋敷の見取り図らしきものを囲み、小声で何か話し合っている。

 師匠は考え事をしているらしく、視線を俯かせ微動だにしない。

 僕が視線を寄越す先は、窓の外しかなかった。外は黒一色の森の中で僅かな灯りも無い。どこに向かっているのか、今どの辺りなのか全く見当がつかない。

 全てが僕を不安にさせた。


 頭の上に何かが乗せられ、振り返るとそれは師匠の手だった。

「大丈夫か?」

 息苦しさが楽になる。心配そうに見つめる師匠に僕は力強く頷いた。

「俺が守る。お前もナツキも」

 師匠は自分に言い聞かせるように呟いた。



******



「私」は両方の手を私の両肩に置き、ものすごい力で押してきた。私はもう胸まで沈んでいる。


『やめて!』


 必死になって「私」の腕を引き剥がそうとしてもびくともしない。


『苦しいのは一瞬だけ。後は何も、悲しみも辛さも感じない』


「私」は能面の様に無表情だ。


『楽しいとか嬉しいとかも感じないなんて、そんなの嫌!』


 私は叫んだ。


『楽しい? 嬉しい?』 


「私」の顔に無数のひびが入る。


『周りを不幸するだけのお前が、そんな事を言うのか!』


「私」の顔はひびからぼろぼろと崩れ落ち、その下に現れた顔は「母」だった。



『どうして死んだの! ねぇ、教えてよ夏樹! あなた知っているんでしょ!』


 それは冷たくなった兄に縋っていた母が、何も言わない私に向かって叫んだ言葉だった。

 泣き喚く「母」の顔が崩れ、次に現れたのは憮然とした「父」の顔だ。

「父」は無言で私を見下している。けれど私と視線は合わない。

 父は今も昔も私に何も言わない。でも跡取りを失った喪失感を家族の中で一番抱えている。何故なら、あの日からその視線を私に向けてくれないから。


「父」の顔が崩れ、現れたのは「黒」だ。目も鼻も口も無く、黒で塗りつぶされた顔だった。

 でも私にはそれが「兄」だと分かる。


『お前のせいだ。お前のせいだ』


 呪詛の様に低く繰り返される言葉に力が抜けていく。


 あの日から私たち家族は変わった。

 兄が亡くなった年はよく覚えていない。受験生だったこともあり、誰かの誕生日を祝うことも、クリスマスやお正月を家族みんなで囲むこともなかったように思う。ただ家の中は暗く、家族の誰一人として笑顔がなかったことだけは覚えている。

 高校に入学した後は部活にも入らず、家に帰ってすぐ自分の部屋にこもり、授業に遅れないよう必死に勉強だけをしていた。

 今考えれば、あれは家族と顔を合わせたくなくて、何も考えたくなくて、勉強を理由に逃げていただけだった。


『全部お前のせいだ。兄が死んだのも、家族がバラバラになったのも』


 目の前の顔はいつの間にか「私」に戻っていた。


『お前は代わりにはなれない。どんなに努力しても誰もお前を許さない』


 もう私は「私」に抵抗できなかった。血溜まりから出ているのは顔だけになった。「私」の顔はまた崩れ、そして――。


『お前はいらない』


「アレクセイ」が見下している。薄青の瞳には拒絶と軽蔑がにじみ出ていた。

 その視線に耐え切れず目を閉じた。目を閉じる瞬間に「アレクセイ」の顔がにやりと笑う。勝ち誇ったようなその顔は老婆のものだった。


 どこかで見たことのある顔だ。けれど血溜まりに沈んでしまった私は、確かめることも思い出すこともできなかった。



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