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彼の事情

「願う事はただひとつ」の話がでてきます。

 出自や血のつながりや過去は決して変えられない。

 血の滲むような努力しても八つ当たりで他人を恨んでも自分が死んでも、どう足掻いても変えようがない。

 日本で暮らすOLでも異世界で暮らす召喚士でもそれは同じだった。



「大体さ、何でハル君はそのバハ何とか、を呼ぼうと思ったの?」

 相手は幻獣の王と呼ばれる、言わばラスボスだ。初めて狙う獲物にしては大物すぎる。最初は手堅いところから、例えばスライムのようなところから攻めるのがセオリーだと思う。

 頭の中にあの青いしずくのような可愛らしい物体が現れた時、ハル君は口を開きかけて視線を落とした。言いにくいことなのだろう。

「まさか――」

 芝居がかった私の低い声にハル君の肩は小さく震えた。

「バハ何とかで世界を征服しようとか? それとも女の子にモテようとか?」

 軽い口調に気が付いたハル君が顔を上げた。

 不安に揺れる緑の瞳に、私は冗談だよ、と笑いできるだけ明るく声をかけた。

「言いたくないなら言わなくてもいいよ。誰にだって言いたくないことはあるもんね」

 

 ――そう言う私にも。

 

 ハル君が邪な考えで召喚しようとしたのではないとは思っている。出会って間もないし明確な根拠も理由もないのだけれど、でもよこしまな召喚術士なら、失敗したと判った時点で私は始末されているはずだ。

 これでも人を見る目はあると自負している。だから余計にこの少年がそんな無謀な召喚をしようとしたのかが気になった。

 ハル君はしばらく思案し、ゆっくりと事情を話してくれた。


 レイス家は代々優秀な魔術士や召喚術士を輩出しており、特に伯父――ハル君のお父さんの兄は若くして国でも有数の魔術士だったらしい。

 伯父には結婚間近の薬師の恋人がいた。その彼女が不治の病に罹り余命幾ばくもないと知ると、彼は助けたい一心で禁術とされる魔術に手を出したのだという。

 禁術というからには使用を禁じられている。しばらくして禁術行使の罪により伯父は捕まり、刑に処される前に冷たい牢獄の中で息を引き取った。


「恋人はどうなったの?」

「命は助かりましたが、多分一番辛いのはその人なのではないでしょうか」

 

 父親に連れられた伯父の墓前で、ハル君はその彼女に一度だけ会ったことがあるらしい。幼い頃の記憶でも、見たこともない銀髪の美しい女性の寂しそうな表情だけは微かに覚えていたようだ。

 父親の話では、全て自分のせいだと身を小さくしてずっと謝っていたという。


 伯父の事件以降レイス家の名声は地に墜ち、術士だった者は強制的に一線から退けられた。実弟であり、当時帝国魔術士に任命されたばかりのハル君のお父さんもすぐに閑職に追いやられた。現在は魔術書の古本屋を営んでいるという。

 伯父に似て強い魔力を持つハル君自身も魔術学校では肩身の狭い思いをしているようだ。それでも彼は術士になることを選んだ。

「でも僕は術士になりたいんです」


 ハル君の瞳には、強い決意が表れていた。


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