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「リヴァイスよ、儂は一人のほうが集中できる。全て任せてはくれまいか」

 リヴァイスは老女を見遣り、しばらくして「わかった」と無感情に了承の言葉を口にした。

 馬車が蹄の音を残して去った後、ランプを持ったソミルと私を抱えたリヴァイスは屋敷へ歩き出した。

 大きな玄関扉の細やかな装飾は欠け落ち、塗料は禿げ、元の形や色がわからない程だった。先導するソミルが迷いなく扉を開ける。錆と砂埃にまみれた蝶番が屋敷に来訪者を告げた。

 室内の空気はよどんでいて、埃っぽさとかび臭さが充満していた。この空気を吸うことにためらいを感じていることもあり息苦しかった。

 屋外同様、室内も荒れていた。エントランスに敷き詰められたカーペットは歩くたびに埃やちりが舞い上がり、砂浜を歩いているような足音を響かせる。天井や壁からぶら下がっている蜘蛛の巣は、私たちの起こす僅かな風でカーテンのようになびく。廊下の板張り床は今にも抜け落ちそうな音を軋ませている。けれどソミルとリヴァイスは全く意に介さず、暗く広い室内を手に持った小さな灯りだけで進んでいった。


 長い廊下には等間隔に並ぶ大きな窓から月明かりが降り注ぐ。窓から見える外の景色は私の知っている世界で少しだけ安心する。

 ハル君は大丈夫かな。

 アレクセイはどうしているのかな。

「大丈夫。すぐに気にならなくなる」

 抑揚のない声で呟くリヴァイスを睨みつけた。でも彼女は私と視線を合わせることなく、真っ直ぐ前を向いていた。

 廊下の奥の鉄扉を開けると湿っぽく冷たい空気が這い上がってきた。人一人しか取通れない狭い石階段の下には、私の知らない闇と静寂の世界が広がっているようで薄気味悪い。

 2人は無言で降りていく。降りていく度に月光や風の音は遠ざかり、もう戻ってこられないような恐怖を感じていた。


 階段の奥も真っ暗だった。灯りはソミルが持つ小さなランプだけなので、まるで洞窟の中にいるような感覚だった。

 地下室なので窓がない。光は届かず風も流れない。嫌な湿っぽさが体に纏わりつく。腐った水の臭いが鼻の粘膜にこびりつくようで、屋敷内に入った時とは違う息苦しさを感じていた。

 ソミルは慣れた様子で壁にかかっていたランプに光を灯していく。六つの明かりが灯ると、石づくりの何もない殺風景な小さな部屋が照らし出された。

 床には見たことのない大きな魔法陣のようなものが描かれている。ソミルはその魔法陣の近くに手にしたランプを置くとこちらを見上げた。

「真ん中へ寝かせておくれ」

 リヴァイスは暗く不安定な足場を気にすることなく優雅に歩くと、指示通り魔法陣の中心に私を横たえた。

 濡れるような不快な冷たさを背中に感じ、リヴァイスが腕を離した。気付かれないように手や足の指に力を入れてみた。

 頭痛や吐き気は治まらなっていないけれど疲労感は薄らいでいる。まだ力は入らないけれど何とか動かすことはできそうだ。

 リヴァイスがいなくなったら逃げる。

 そう思った瞬間、リヴァイスは私に微笑んだ。

「大人しくしていて頂戴」

 首筋にリヴァイスの薄い唇が触れた。柔らかな感触の後に鋭い痛みと冷たい液体が体の中に流し込まれる感覚が同時にやってくる。

 リヴァイスをから逃れようとしたけれど、体が痺れてきて指一本すら動かせなくなっていた。口を開けても声すら出せなくなっていた。

 唇を離したリヴァイスは妖しく微笑んでいた。

「これはあまり使いたくなかったのだけれど、貴女が逃げようとするからよ」

 私の首筋を白く細い指でなぞり、指先に着いた血を舐めた。

「待っているわ」

 悔しさと不安と絶望が涙となって頬を零れ落ちた。どんなに涙を流しても、毒も感情も薄まってはくれなかった。

 リヴァイスは涙を掬うように頬を撫でるとゆるりと立ち上がった。それまでの蕩けるような笑みは消え、威厳のある鋭い瞳でソミルを見下す。

「失敗は許さない」

「わかっておる」

 老女はたじろぐこと無く、不敵な笑みでリヴァイスを見返した。


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