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崩れて落ちる

 レオナールをその場で見送った私はアレクセイの家に戻った。

 玄関の扉を開けるとハル君が心配そうに、部屋に入るとアレクセイがはいつもと同じように――何事もなかったように迎えてくれた。

 もう失いたくない。

 そんな思いが強く沸き上がったせいか、最後の日の兄の心配そうな顔や笑顔が頭から離れない。その姿がアレクセイと重なってしまう。

 私のせいでアレクセイを巻き込んでしまったという罪悪感と、私のせいでアレクセイを失ってしまうかもしれないという恐怖感が入り混じりどうすればいいかわからなくなっている。巻き込んだことを謝らなければと思うほど声は出ず、どうにかして言葉にしなければと思うほど喉が詰まる。

 あの時と同じように声は出ない。

 項垂れ肩を震わせる父親と冷たくなった兄に縋りつき泣き喚く母親に「私のせいだ」と言えずにいる15歳の私がそこにいた。そして今も「自分のせいだ」と言えない弱い私がここにいる。


「ナツキ」

 帰り際玄関前で声を掛けられ、振り返ると真顔のアレクセイが私を見下ろしていた。

 返事をしたかったけれどやっぱり声は出ない。諦めて口を閉じた。

「さっきも言ったが俺は全てを理解した上でこの件に関わっている。だからお前が気に病む必要はない」

 お兄ちゃんもきっとそう言うだろう――と不意にそう思った。

 アレクセイに対する申し訳なさと自分に対する情けなさで、私は彼から視線を逸らしてしまった。

 アレクセイの漏らした小さな溜息に胸が苦しくなる。

 呆れられた。

 失望された。

 嫌われた。

 勝手な妄想が止まらない心はどんどんと大きくなっていく。

「それに」

 アレクセイは外からこちらを見ているハル君に視線を合わせる。

「これはハリーのためだ」

 その言葉が突き刺さり、負の感情で肥大する心にひびが入る。何かがぼろぼろと崩れて落ちていく。

 わかっている。

 私が何かをしなくてもアレクセイはこの件に関わったであろうことはわかっている。普段ならこの言葉が「お前のせいじゃない」と、私の重荷をおろしてくれるものだと言うこともわかっている。でも今の私には「どうでもいい、お前のためじゃない」と言われている気がして、目の前のアレクセイをものすごく遠くに感じていた。


 いなくなればいい。

 もう何も失わない。もう誰も傷付かない。 


 誰かの声が穴の空いた心の奥底から響いてくる。

「おやすみなさい」

 逃げるようにアレクセイに背を向けた。


 帰り道、ハル君はいつも以上に口を動かしていた。内容は他愛もないことだった。13歳の少年に気を使わせているとわかっていても、今の私には相槌を打つことだけで精一杯だった。

 ハル君を羨ましいと妬む自分に気付き、ますます自己嫌悪に陥っていたから。


 夜、いつもと同じように文字の勉強をしても全く頭に入らない。気が付けば万年筆の先は紙の上に留まり、インクの染みが水たまりのように広がっていた。まるで心に広がる不安のように見える。その紙は丸めて捨てた。

 無音の世界がいつも以上につらい。頭に浮かぶのは亡くなった兄や両親、アレクセイ、ハル君のことばかりだった。

 窓の外に視線を逃がした。深夜を少し過ぎた時間だからか人々は寝静まり、窓から明かりが漏れている家はない。おかげで漆黒の景色に大きな青白い月と星の輝きが一層映える。

 青白い月明かりの中、その人がこちらを見上げて立っていた。3階から見下ろしているため表情まではわからない。けれどリヴァイスがあの昏い瞳でこちらを見ているとわかっていた。


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