仮面の男 その3
「アリョーシカって腹黒でしょ?」
不意に振られた突拍子もない話にレオナールを凝視する。しかしそんな私の視線を気にすることなく彼は口元を緩めて話を続けた。
「第一印象は最悪で、こいつとは友達にはなれないだろうなって思った」
「水と油みたいだもんね」
そう言うとレオナールは「そうだね」と笑った。
「アリョーシカは他人を寄せ付けないし、何考えているかわかんないし、必要最低限しか話さないし、口を開いたと思ったらストレートな物言いだし。だけど顔と頭はやたら良い奴に良い印象を持つ訳ないよね」
その評価は悪口にしか聞こえない。
「えっーと、友達だよね?」
「そうだよ」
迷いなく答えるレオナールに無理やり自分を納得させた。
「でもブラッドはそんなアリョーシカとも普通に接して、気付けばアリョーシカも嫌がることなく受け入れていた。僕もブラッドと仲良くなって、いつしかブラッドがいなくてもアリョーシカと話をするようになっていた」
「ブラッドさんが2人を取り持ったのね」
レオナールは懐かしそうに微笑んだ。
「卒業後、僕とアリョーシカは帝国魔術士に、ブラッドはこの国有数の魔術士ギルドの一員になった。会う機会は減ったけれど3人の付き合いは続いていた――あの日までは」
レオナールは目を細めた。その視線の先には4つの大きな塔を持つ白亜の大城が厳かに建っている。この国の皇帝の城で、つまりレオナールの仕える主の住まう場所。けれどそれを睨んでように私には見えた。
しばらく沈黙が続く。聞こえるのは鳥の囀りと風になびく草のざわめきだった。
「ブラッドが禁術を使ったと情報を掴んだのは諜報部だ。そういう仕事だからね」
レオナールの心の奥底に沈んでいた回想を引き上げる作業に私の出る幕はない。第三者の私は、ただ耳を傾ける事だけしかできない。
「当然僕たちは担当から外された。だから捕まった後のブラッドとは会っていない。正直、どんな顔をしていいのかわからなくて会いに行けなかった」
泣いているのか笑っているのか、レオナールの表情が歪む。
「ブラッドが死んで間もなくあいつは帝国魔術士を辞めた。将来を嘱望されていた天才は世捨て人になった」
それまで積み重ねてきたもの全てを投げ捨ててしまいたくなるほどアレクセイも苦しかったのだろうか。
「昔以上に他人を寄せ付けなくなって、おかげで僕と会う機会もめっきり減った。今日会うのは5年ぶりさ」
そこでようやくレオナールは一息吐いた。
「あれで5年ぶりなの?」
ノックもせず部屋に入ってきた時の事を思い出した。どう見ても週1で会っている雰囲気でしょ、あれは。
「そうだよ」
またしても当然といった表情で頷くレオナールに、私は『変人』という言葉を思い出していた。
「でも久々に会って、大分まともになっていたから驚いたよ」
「まともって――」
あれでも? という最後の言葉はさすがに飲み込んだ。
「あの子やナっちゃんのおかげじゃないかな」
私は足元に視線を落とし、風になびく草のように首を横に振った。
「ハル君のおかげだよ」
本心からそう思った。心を閉ざしたアレクセイを癒したのはブラッドさんに似た、心優しいハル君のおかげだ。
私なんかに誰かを癒すことはできない。
「でも、だから不安なんだ」
低く押し殺した声にレオナールを見上げた。
「アリョーシカが捕まる直前のブラッドに会っている所を他の諜報部員が見ていた」
私の心に不安という雫が一滴落ちた。そしてそれはあっという間に全体に広がっていく。
「アレクセイが――情報をブラッドさんに漏らしたってこと?」
「もちろん本人たちは何も言わなかったし証拠もない。でもあいつならそれ位すると思う」
物事を客観的に、冷静に判断するあのアレクセイがそんなことをするだろうか? 戸惑う私にレオナールは迷いなく言い放った。
「普段は他人を寄せ付けないけれど一度懐に入れると驚くほど大事にする。だから大切な人の為なら平気で一線を越える。頭が良い割にそういう馬鹿な所がブラッドと似ている」
レオナールは一歩だけ私との距離を詰めた。
「大切なブラッドの甥や彼が大事に思っている君のためなら、あいつは何でもする」
「それは――」
ないよ。
そう言おうとしても声は出なかった。レオナールの表情があまりにも真剣だったから。
「僕はもう親友を失いたくないんだ。あんな思いをするのは嫌だからね」
その思いは痛いほどわかる。
「私も」
私も、もう大切な人を失いたくない。