召喚獣の掟
ハル君の説明によると、どんな形であれ召喚獣同士が戦った場合、勝者は敗者に対して何かをすることができるらしい。
らしい、というのは『掟』の詳細がわかっていないからだ。『掟』の行使中は外部から遮断されていて、その内容は当事者、つまり召喚獣同士にしかわからない。だから『掟』を知るには召喚獣である私が戦うしかない。
「私が召喚試合で勝って『掟』を使えば、もしかしたら帰れるかもね」
「その可能性もあるかもしれません」
「よーしっ! 試合頑張るよ!」
浮かれる私と少しだけ元気になったハル君は、一人神妙な顔をしていたアレクセイには気付かなかった。
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筋肉男――クムルが了承を口にした途端、私とクムルの体が光に包まれる。そしてあっと言う間に、何にもない白一色の空間に立っていた。さっきまで目の前にいたクムルの姿は見当たらず、代わりに真っ赤な炎を纏う、闘牛のような逞しい黒い牛のような生き物がいる。
真っ白な空間に映える大きな牛は6本の太い足を器用に動かしこちらへ歩み寄ってくる。反射的に後ずさる。蹌踉けた拍子に足下に視線を落とすと、黒のハイヒールを履いていてグレーのスーツを着ていた。
「あれ? も、戻って――る?」
自分の体をぺたぺた触る。髪の長さや体つきからして召喚前の27歳のようだ。
「チビッじゃねぇな――姐さん、人間みたいだなぁ」
牛の口が滑らかに動いた。その顔は立っている私の胸と同じ位置にある。
牛ってこんなにでかいの? そもそもこれは牛で合ってるの? いやいやいや、そんなことより今、しゃべったよね?
混乱して思考がまとまらない私に牛(?)は普通に話かけてくる。
「ここは初めてかい?」
あ。この声はあの筋肉男じゃない?
「もしかしてきん――クムルさん?」
クムルは肯定するように尻尾を振った。
私が頷くと「そうか。じゃあご祝儀代わりに教えてやるよ」と得意げに尻尾をグルグルと回し始めた。
『掟』とは召喚獣同士で行う『1回限りの問答』のことだそうだ。行使者である召喚獣の質問には嘘偽りなく答えなくてはいけないらしい。
願い事を叶えるものではなく正直がっかりしたけれど、それなら返還術を使える召喚獣をクムルに聞けば良い。何もわからないよりはいい。
掟には3つの原則があることも教えてもらった。
掟の行使中は召喚された世界の時間は止まること。
この空間では召喚獣本来の姿に戻ること。
掟の内容は召喚された世界では口にできないこと。
「口にできないっていうのは?」
「話したくても通じない」
『掟』の内容は自分の元の世界の言語(私の場合は日本語)でしか話せないらしく、召喚された世界ではどうやっても通じないのだという。
「書けばいいんじゃない?」
「姐さんはこの世界の文字を読み書きできるのかい?」
そう言われてこの世界にきて文字が全く読めないことを思い出した。読めないので当然書けない。
「召喚獣は文字の読み書きができない」
「そうなんだ」
会話は全く問題ないから不思議に思っていたけれど、まさか召喚獣だからという理由だとは。
「でも文字を習得した奴がいたって聞いたなぁ。あれは何ていう種族だったかなぁ」
クムルは首を傾げながら考えているようだ。
「幻獣じゃないの?」
「あいつらは文字を必要としないからな」
クムルと同じ『魔獣』や高い知能を持つ『幻獣』や『精霊』なども文字は読めないらしい。
必死のアシストも虚しく、クムルはしばらくして「忘れた」とあっさり諦めてしまった。
「何故できないの? 必要ないってどういうこと?」
動き続けていたクムルの尻尾がぴたりと止まる。
「それは『掟の行使』として聞くのかい?」
聞きたいことはこれじゃない。慌てて首を横に振るとクムルは白い歯を見せた。おそらく笑っているのだろう。
「『掟』の行使は1回だけだ。自分にその気がなくても相手が『掟』と認識して質問に答えれば、それで終わってしまうから気をつけろよ」
「ありがとう」
わざわざ教えてくれたクムルに頭を下げた。