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初めての試合

 筋肉男が猛然と突っ込んできた。慌てて左のてのひらを前に出した。

 男の巨体は左手に触れる寸前で向かってきた時と同じスピードで弾き返され、私も強力な磁石が反発し合うような抵抗感に襲われ、アレクセイの光の玉よりも重くて強い衝撃に思わず蹌踉よろけた。

 吹き飛ばされ尻餅を着いた男は驚いた顔をしていたけれど、すぐに先ほどよりも低い姿勢でこちらへ向かってきた。試合が始まる前の余裕は表情から消え失せ、唸り声を上げて真っ直ぐに向かってくるさまは野獣そのものだ。恐怖心を悟られぬよう奥歯を噛んで男を待ち構える。

 大きく振り上げられた拳に対して左手をかざす。先ほどよりも強い衝撃と手応えを感じたのに、男は驚くことに歯を食いしばり踏ん張っていた。逆に私の左手が拳の力を返せずにぐらぐらと揺れ始めた。

 左手がずれたら岩のように硬そうな拳を顔面で受け止めることになる。一応女性なのでそれだけは何とか避けたい。左手の甲に右手を重ねて必死に踏ん張った。

 踏ん張り合いの結果、男はまた吹き飛ばされた。最初の時より力を出している分、より後ろに、より勢いよく弾き飛ばされてしまったようだ。彼の体は弾き飛ばされた時の衝撃と地面に打ち付けられた事によって傷だらけになっていた。痛々しさについ顔をしかめてしまったが、相手に悟られないようすぐに表情を戻した。

 男はふらつきながらも体を起こし、まるで自分への苛立ちを吐き出すように雄叫びを上げた。あまりの音量に思わず両手で耳を塞いだ。空気が振動し声が肌に刺さるようだ。

 次の瞬間、男の体は赤い炎に包まれた。驚き戸惑う私に大きな炎の塊となった男が熱風と共に向かってきた。

「これでも喰らえ!」

「何度やっても無駄よ!」

 逃げ出したくなる気持ちを必死にこらえ、私は三度みたび左手を構えた。

 熱い、と思ったのは一瞬で、男と試合場の端へはじき飛ばされてた。

 途端に強烈な疲労感に襲われる。立っているだけで精一杯だ。


『跳ね返す度に腕輪の魔力は消費される。元々魔力のないお前が使えるのはせいぜい3、4回だ。それ以上使うと体に負担がかかる。その前に負けを認めさせるんだ』


 試合前にアレクセイに言われたことを思い出した。きっと、これが限界だ。


 攻撃を受け続けた左手は三度の衝撃のせいか少し痺れていたけれど、火傷や怪我はなかった。何度か動かし無事を確認すると、立てずに座り込んでいる男へ歩み寄った。疲労と緊張で震える足を悟られないよう、蹌踉けないようゆっくりと進む。

 ロングスカートで良かった。足がむき出しになっていれば震えがばれてしまう。

 緩慢な動きで私を見上げる男の目の前で口の端をつり上げた。

 お手本のアレクセイにならって、なるべく不敵に見えるように。

 男がもう立ち上がらないことを、向かってこないことを祈りながら。


「貴方に私は倒せない。どうする?」

 沈黙が永遠に続くのではないか、そう思えた。早打ちする自分の心音しか聞こえない。


 男は纏っていた炎を一瞬で消すと急に笑い出した。何がそんなにツボだったのか、お腹を抱えて笑っている。

「頭の打ちどころでも悪かった?」

「俺がこんなチビッ子に――」

 どうも『チビッ子』に負けたことが相当ショックだったようだ。

「召喚獣は見た目どおりじゃないでしょ?」

「それはそうだが、それにしても――ククッ」

「どうせチビッ子ですよ」

「いやぁ、悪い」

 素直に謝ると男は両手を上げた。

「参りました。俺の負けだ」

 安堵感に大きく息を吐く。けれど安心してはいられない。ここからが本番。私はこの為に勝負に勝たなくてはいけなかったのだから。

 召喚獣の印が付いている右の掌を前に出し、ハル君に教えてもらった、昨晩から頭の中で復唱していた台詞を口にした。

「我が名はナツキ。掟の行使を望む者なり」

 男は表情を一変させ、真剣な表情で同じく右の掌を前に出した。

「我が名はクムル。掟に従う者なり」


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