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傾向と対策

 試合なんて名の付くものには全く縁がなかった。部活動は中学校が美術部で高校は帰宅部という完全なインドアだったし、あるとすればクラス対抗のドッジボールとかバスケットボールやバレーボールだけど、一対一は初めてで、まさか社会人になって、しかも異世界で体験するとは思わなかった。


 対戦相手は浅黒い肌に燃えるような赤毛をツンツンさせているマッチョなお兄ちゃんだった。

「おい、チビッ子」

 誰に向かって言っているのかわからず辺りを見渡していると「あんただよ! 他に誰がいるんだ?」と呆れられてしまった。


 確かに今の私は15歳だけど、チビッ子といわれるような年齢ではないと思うけど?


 「悪いが勝たせてもらうぞ」

 言葉とは裏腹に筋肉男はものすごい速さで突進してきた。

 私は横目で場外のアレクセイを見遣る。アレクセイは腕組みをして余裕の表情だ。


 信じているわよ、天才。



******



 項垂れるハル君と驚く私を余所に、アレクセイだけは「やっぱりな」と呟いた。こうなることは想定済みだったようだ。

 フィル=エディターの目的はハル君を術界から永久追放するために禁術を使わせて陥れ、それを証明しなくてはいけない。

 召喚させた後にリアニークスだと証明するには召喚試合すればいい。リアニークスは魔力を持っていない。試合を見ればすぐにわかる。

 試合で魔力を使わずに負ける。そしてフィルはその時にこう告げる。

 

 あれはリアニークスじゃないか、と。


「言われただけで信じる?」

「普通は信じないが調べればわかる」

 他人の召喚獣を召喚者の許可なく調べることはできないけれど、帝国魔術士の令状があれば可能になる。おそらくフィルは試合の場に帝国魔術士を連れてくるはずだ、とアレクセイは冷静に説明してくれた。

「だからこれ付けていろ」

 そう言って赤い石のはめ込まれた細身のブレスレットを差し出した。今日の訪問はこれが目的だったようだ。

 私の視線で考えていることが分かったのか「だからついでだと言っただろう」と呆れた様に呟いた。

「これは魔力を放出する。着けていればお前は魔力を持っているように見える」

 右腕に通すと二の腕でピタリと嵌まった。金属のひんやりとした感触以外に何も感じない。

「これだけでいいの?」

 アレクセイは頷いた。

「これで魔術が使えるようになる?」


 異世界と言ったらやっぱり魔法でしょう? これで私も魔法が使えるようになるとか?


「魔力もないのに使えるわけないだろ? その奇天烈な発想はどこからくるんだ?」

 テンションの上がった私に、アレクセイ呆れを通り越して憐れみの眼差しを向けた。

 元々の魔力がゼロなので付与できたとしてもたかが知れているらしく、今から魔術を覚えられたとしても初級、子供のお遊び程度の魔術しか使えないと一刀両断された。魔力の基礎が少ないとそれ以上の魔力は与えられないらしい。

 アレクセイはどこか小馬鹿にしたような笑顔でとどめを刺した。

「見た目が完全に子供だから魔力の少なさは怪しまれない。安心しろ」

 

 本当に一言余計なんだよね、この人。


「手を出して」

 私は溜息を吐いて言われるがまま掌を上に向けて両手を差し出した。

 アレクセイは召喚印の付いていない方、私の左手を自分の両手で挟み込むと何か呪文を唱えた。


 男の人の割に綺麗な手だ。

 そんな事を思っていると徐々に包まれていた掌が熱くなっていく。彼の手が離れてから見てもそこには何の変わりもない自分の手があった。

「何をしたの?」

「見えないように細工してあるが、そこに魔術の印をつけた」

 甲も手のひらには何もない。

「左手を出せ」

 顔を上げるとアレクセイはさっきも出した光の玉をすでに作り出している。

「なな、な」

「そのまま動くな。目を瞑らないでしっかり見ていろ」

 壊れた人形のように首を二三度縦に振った。そして言われるがままに左手を突き出した。

「いい子だ」

 アレクセイは口の端をつり上げ、今度は本当に光の玉を投げてきた。

 光の玉はすごいスピードで私に向かってくる。けれど私の左手に触れる直前に跳ね返り、そのままの勢いでアレクセイに返っていく。

 私の狼狽を余所に、アレクセイはその光の玉を片手であっさり捕まえる。

「何、今の?」

「左手に相手の力を跳ね返す術を仕込んだ」

「跳ね返す?」

 用済みになった光の玉はあっという間に握り潰された。

「左手で受ければある程度の力なら跳ね返すことができる」

 炎の渦だろうが岩の塊だろうが跳ね返すらしい。

「すごい」

「ただし左手だけだ。他の部分は無防備だからな」

「魔力が少ないから全身を覆うより一点に集中して強度を強めたの?」

「そういうこと」

 アレクセイはできの良い生徒を褒める先生のような笑みを浮かべた。

「で、攻撃の方法は?」

「ない」

「え、ないの?」

 不平顔の私をアレクセイは呆れた様に見下ろした。

「さっきも言ったが基本魔力ゼロの奴が攻撃したところでたかが知れている」

 この世界は魔力の強さがその人の強さとして認識されるらしく、従って今の私は元の世界で言えばミジンコ以下らしい。

「弱い奴が攻撃しても無駄だ」

「じゃあどうすればいいの?」

「そのよく回る口で相手を言いくるめろ」

「人を詐欺師みたいに言うの、やめてくれます?」

 私のふくれ面にアレクセイもハル君も笑っていた。


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