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二つの歯車  作者: 愛田雅
4/7

真実

 私は、相変わらず個室に入院したままだ。松葉杖使いもうまくなり、大部屋にいけないのも不思議だけれど、退院できないのも不思議だ。

 両親が、私に転院と退院を提案したけれど、私はどちらも受け入れず、八雲先生もそれを受け入れることはなかった。

「先生、もう退院してもいいんじゃないかと思うんですけど」

 八雲先生の顔を見るたびに、私は繰り返し聞いた。

「・・・・・・もう少し、様子を見てみよう」

 八雲先生は、必ず答えを言う前に間を開ける。他の質問には、間髪を入れずに答えてくれるのに。本当に、このまま入院し続けるべきなのかと、私は毎回思った。

 両親が、洗濯物を取りに来るときに、八雲先生から退院の許可が下りないことを告げると、父も母も、肩を大きく落とし、私にも見てすぐにわかるくらいに落胆した。

 もちろん、両親は涙こそ流さなかったけれど、深く深く悲しがっているのがわかった。

 私は、理由を何度か聞いてみた。どうして、そんなに転院、退院したがるのか? と。

 何度聞いても、言葉を濁すばかりで、両親は答えてはくれなかった。兄にも念のために聞いてみた。兄も心当たりが全くないと言っていた。

 八雲先生も自分の母親に、私が個室にいる理由を何度か聞いてくれた。しかし、理にかなった答えは一度もくれなかったそうだ。

 みんな、何かを隠している。

 いつしか、私の心にその言葉は浮かび、今では確信に代わった。

 雨の振りそうな空をベッドから眺めていると、少しだけ空いた窓の隙間から入る生ぬるい風に、カーテンが揺らめいた。旗を掲げているかのようにゆらゆらとカーテンは揺らめいた。大きく揺れたカーテンが私の頬を撫でた。

 そして、また、窓の外に目を移した。

 真っ黒い雲が、遠い空にあるのがわかった。病院の上も灰色の雲で覆われていた。しかし、あの真っ黒い雲ではないので、まだ、雨が降っていないのだろう。今日は、きっと雨が降る。

 今日は珍しく午前中に兄が見舞いにきてくれた。ちょっと私の顔を見ただけで、兄はすぐに帰ってしまったけれど。

 午前中に兄が来たのは、正解だった。それは、この空を感じていたからかもしれない。

 兄は、昔から天気とは縁が深かった。

 どこに出かけるときも、兄が外にいるときは大抵晴れているか曇っていた。雨に降られることは、ほとんど記憶にない。兄が、建物の中に入ると、急に雨が降り出すことが少なくなかった。

 兄が、出かけたときに少し休みたいと言い、喫茶店などに入り、席に座って落ち着いたころになると、外が暗くなりだすことが多かった。それから数分後には、雨が降るのが当たり前のようによくあった。

 兄と雨の関係には、いつも驚いていた。

 今日だってそうだ。帰り際に寄っていたら、きっと雨に降られていただろう。兄は、晴れ男なのだ。それは、兄の性格から来ているのかもしれない。朗らかなしゃべり方をし、ジョーク交じりに滑稽なことばかりを話す。兄の周りには、笑いが耐えない。笑いに雨は似合わない。

 兄がいない今、雨が降ることは当然のことのように思えてきた。

 もうすぐ雨が降りそうだと思い、私は窓をしっかりと閉めた。窓際に立ち、遠い空のあの真っ黒い雲を見つめた。また、雷を落とすのだろうか? 今度は、あのときほど怖がったりはしないだろう。たとえ怖がったってかまわない。そばに、八雲先生がいてくれるのなら。


「ねぇ、先生。私は、いつ退院できるの?」

 八雲先生が回診に来たときに尋ねた。ここ数日、八雲先生の顔を見るたびに、同じ質問ばかりをして、八雲先生を困らせ続けている。別に、八雲先生を困らせたいわけではないが、個室に閉じ込められ続けていると、気味が悪くて仕方がないのだ。

「先生?」

「それが・・・・・・、退院できないんだ」

 青白い顔で、八雲先生は言った。

 退院できないとは、どういうことだろう? 何か、私の体によからぬ事態でも起こってしまっているのだろうか?

「先生・・・・・、私、大丈夫なの? もしかして、私の体に何かあったんじゃ・・・・・・」

「違うんだ」

 不安がる私をガシッと強く押さえつけた。必死の形相で、私を支えるように強くその瞳で私を抱きしめる。

「どういうこと?」

「実は・・・・・・、言いにくいんだが、僕の母が、退院させないで欲しいと言ってきているんだ」

 また、院長婦人が? 八雲先生の母親が?

「どうして、どうして先生のお母様が?」

「もちろん、理由を聞こうとしたさ。でも、どうしても教えてもらえないんだよ」

 ぞくっとした。背筋が凍るような思いがした。

 一度も会っていない院長婦人が、どうして? 理由を教えてもくれないなんて、気味が悪くて仕方がない。

 私の両親も、転院や、退院を強く希望していたことを思い出した。

 みんなどうかしてる。何かを隠していると思うけれど、何も思いつかない。

「おかしいわね。私の両親も私を転院させたがっていたし」

「あぁ、杏さんのご両親には、何度も転院か退院させるように言われたよ。お二人とも、何か焦ったような感じだった。僕に、必死に訴えかけて来るんだ。しかし、僕の母さんから杏さんを絶対に退院も転院もさせないようにと言われているから、毎回断っているんだよ。もちろん、母さんの話はしていないよ。僕が断るたびに、ご両親が今にも泣き崩れそうになってね。僕も、どうしたら良いかと思っているところなんだよ」

 八雲先生は平生を取り戻すように、ベッドの脇においてある椅子にどすんと座った。その顔は、青白く倒れてしまいそうだった。

「先生、大丈夫? なんだか、顔色が悪いけど」

「あぁ、僕なら大丈夫だよ」

 私の問いかけに、八雲先生はいつもの笑顔で答えてくれた。


 ずっと個室に入れられっぱなしで、私は誰からも忘れられたのではないかと思うようになってきた。これでは、まるで鳥かごの中に閉じ込められた鳥のよう。ギプスだって、もうじきはずせると八雲先生は言っていた。松葉杖を使う生活ももうじき終わる。

 いくらなんでも、おかしい。両親だって、何度も八雲先生に転院、もしくは、退院させて欲しいと言っていたのだ。

 両親のことを考えていると、両親が見舞いにやってきた。今日は、兄夫婦も一緒だ。一度に四人も来てくれたので、病室がとてもにぎやかになった。四人が、私のベッドの周りを囲んだ。両親は窓側、兄夫婦は廊下側。兄は、椅子に腰を降ろした。

「杏さん、体調はどう?」

「お姉さん、とってもいいですよ」

 兄の奥さんは、私の長期入院を一番疑問に思っている。だけど、そのことを私の前では、一切口には出さない。今の私への問いかけも、疑問を投げかけているように感じた。私は、それを全て打ち消すかのように、普通に答えたのだが。

 以前、兄から、兄の奥さんが不思議に思っていることを何度か聞いた事があった。兄は一人で見舞いにやってきては、兄の奥さんが私の体をかなり心配してくれていると話してくれた。

 私自身は、骨折を抜かせばいたって健康そのものだというのに、奇妙な入院生活をいまだにさせられている。

 兄は、ソファで休むことにした。兄の奥さんが一緒についていった。

 両親は、ベッドサイドを陣取っていた。兄の奥さんが、兄の横に座ると、両親は私をじっとにらみつけた。母は、持っていたハンドバッグから折りたたんである布製の袋を取り出して、広げた。

「杏、早くこの病院を出ましょう」

 母が、必死の形相で私に言ってきた。

「そうだよ。病院が退院を許可しないのなら、自分たちで出て行けばいい」

 父も鬼気迫る声で私に言った。

 そして、母が荷物をまとめようとした。私の横で、母が先ほど広げた布製の袋の口を開け、荷物を中に入れようとしたので、私はそれを静止するように母をなだめた。

「お母さん! 何してるのよ。まだ、退院の許可は出ていないのよ。そんなこと、許されないわ!」

 それでも母の手は止まらないので、私は、母の腕をつかみ、そんなことは止めてと言わんばかりに力いっぱい、母の手を押さえつけた。

「杏、離しなさい!」

 父が、私を静止しようと私の腕を掴んだ。それを見ていた兄夫婦が、驚きの表情で急いで立ち上がり、兄の奥さんが兄を支えながら、こちらへやってきた。

「どうしたんですか? まだ、退院の許可は出ていないんですよ」

 兄の奥さんが、母の肩をつかんで、そう言った。

「そうだよ、どうしたんだよ。父さんも、母さんも。今日は、変だぞ」

 兄夫婦が、両親を説得し始めた。それでも、母はその手を全く止めようとしない。

「お母さん! もう止めてよ! どうして、そんなに私を病院から遠ざけたがるの?」

 目に見えない恐怖を抱きながら、半ば怒りを交えつつ、私は母に強くその言葉を投げつけた。すると、母の手はぴたりと止まった。かすかに、母が冷や汗をかいているように見える。母は、手どころか微動だに動こうとはしない。

 してはいけない質問だったのか? 私は、何がいけなかったのかを考えた。そして、申し訳ない気持ちになった。

「どうしたんだよ、母さん」

 兄も心配になったのか、母に言葉をかけた。気がつくと、父まで息苦しそうな表情をしていた。窓際で、紺のポロシャツの襟に手を当て、父は目で何かを探しているようだった。見つからない答えを必死に探しているように見えた。

 凍りついた空気だけが流れる中で、私は枕もとにおいてあるぬいぐるみの頭を撫でた。それを見た兄が、どこか昔を振り返るかのような穏やかの表情を見せた。

「杏は、そのぬいぐるみが本当に好きなんだな」

「うん」

 沈黙から抜け出した個室。母は、はっとしたのかまた、その手を動かし始めた。

「お母さん・・・・・・」

 私の真横で、母が荷物の整理を再開してしまった。手際よく、てきぱきと動く母の手に、もう止めることは出来ないのではないかと思ってしまった。それでも、私はその手を止めようと、母の手首をつかみ、振り払われようが何をされようが、この手を絶対に離さないとばかりに力をこめた。

「止めてったら! どうかしてるわよ!」

 想像以上に、私は大きな声を出していた。

「杏、止めるんじゃない!」

 父が、母の手をつかんでいる私の手を振り解こうとした。兄の奥さんが、父の後ろに回り、父を説得しようと父の腕をつかんでいた。

「お父さん、よしてください。杏さんだって、こう言っていますし」

 兄の奥さんは、父の顔色をうかがいながら、やさしい口調でなだめようとしていた。しかし、父は全く顔色ひとつ変えずに、私の腕を取り、母からその手を離そうとした。

 その光景を迷いながら、ただ呆然と兄は見ているだけだった。あたふたしてベッドの足元で、ただ、立っていることしか出来ないことに、いらだっているように見えた。

「みんな、おかしいわよ! どうしたって言うの? みんな、何かを隠してるんじゃないの?」

 一所懸命に、私は声を張り上げた。それでも、誰一人としてその手を止めようとはしなかった。

 突然、沈黙が走った。勢いよく誰かが個室のドアを開けた。その場にいる全員がドアの方を見ると、八雲先生と看護士が一人入ってきた。八雲先生が、血相を変えて父を通り越し、母の腕を取って、その手を静止した。

「一体、何をしているんですか! 杏さんが、不安がっているではないですか」

「離してください! 今すぐ、杏を連れて帰ります!」

「連れて帰るって・・・・・・。お母さん! 退院の許可は、まだ、出していないんですよ!」

 目を真っ赤にして、母は八雲先生を強く威圧して言った。八雲先生は、それに慣れているのか冷静な表情を崩さなかった。

 八雲先生と一緒に入ってきた看護士は、兄をソファに落ち着かせ、父をなだめていた。父は、簡単に落ち着くことはなく、看護士の静止を聞こうとはしなかった。それどころか、父は看護士を怒鳴りつけていた。

 混乱する病室に、もう一人、静かに入ってきた。金色の派手なイヤリングを重たそうにつけ、指には大きな石がついた指輪をいくつもはめ、赤く派手なワンピースを身にまとった婦人だ。彼女は、腕を組み、猛然と歩いてやってくると、両親は真っ青になった。八雲先生もそちらを見ると、口を大きく開けて驚いていた。

「母さん!」

 八雲先生が、驚き混じりに大きな声で言った。彼女は、八雲先生のお母さんで、院長夫人なのだ。私をこの個室に入れた張本人。

 院長婦人は、父をなだめていた看護士を外に出し、病室の扉をぴたりと閉めた。

「野高さん、こんなことをされては困りますよ。杏さんは、まだ、入院していてもらわなくてはならないのですから」

「し、しかし・・・・・・」

 父が、院長婦人の言葉を打ち消そうと落ち着きのない声を出した。

「野高さん、わかっておられるんでしょう? なぜ、杏さんがここにいるのか。どうやら、約束どおり、誰にもあのことは話していらっしゃらないようね」

 上からものを言うように、胸を張り堂々と院長婦人は話し続ける。両親は、困惑している。

「あのこと? 母さん、何のことだ?」

 八雲先生が、訝しい顔で院長婦人に尋ねた。待っていた言葉だったのか、院長婦人は不適な笑みをこぼし、ゆっくりと私の方へと歩を進めた。

「健太郎、あなたにもいずれ話そうと思っていたのよ」

「僕に? 一体、何を話そうと思っていたんだ?」

 気味の悪い鮮やかな赤い口紅が、艶やかに光る唇の口角を限界まで上げ、目じりの上がった鋭い瞳を八雲先生に押し付けた。

「杏さんはね、あなたのクローンなのよ」

 冷静に、かつ大胆に院長婦人は理解できない言葉を吐き出した。

 私が、八雲先生のクローン? 一体、何の話だろう? 第一、私と先生が出会ったのはついこの間のこと。その私たちが、クローンですって? 全く話がわからない。

「母さん、杏さんがクローンだって? 何をわけのわからないことを言っているんだ?」

 八雲先生も院長夫人の言葉をどう理解して良いのかわからないようだ。

 兄の座るソファに、兄の奥さんも並んで腰をおろし、院長婦人の話を見守っていた。

「院長婦人、その話は・・・・・・」

 母が、泣き崩れそうになりながら、院長婦人にすがりつくように言った。院長婦人は、母を切り捨てるような冷ややかな視線を送るだけだった。

「奥さん、約束を忘れたんですか? 忘れるはずがありませんよね。こんな大事な話ですもの。いずれは、話さなければいけないことは、おわかりでしょう?」

「・・・・・・はい」

 院長婦人は、なぜか両親に対して上から物を言い続けた。軽蔑するかのような目で、両親を見ている。その瞳は冷たく、血が通っていないかのようだった。

「杏さん」

 院長婦人が、突然、私に話し掛けてきた。私に対しても血の気のない鋭い視線を送った。

「あなたは、私の息子、健太郎のクローンなのよ」

「・・・・・・」

 口をぽかんと開けて、その言葉を聞いた。何度聞いても、皆目見当がつかない。

「突然、こんなことを言われても、わからないのは無理ないわね。実はね・・・・・・」

 院長婦人は、誰もいないような静まり返ったこの病室で、一人、ゆっくりと話し出した。

 母は、この病院で兄を出産したそうだ。このことは、私も小さいころに聞いていた。兄は、生まれつき、手足に障害を負ってしまい、この病院での入退院を繰り返すことになってしまったのだ。

 我が家は、決して暮らしが豊かとは言えず、どちらかと言えば貧しい方だった。兄の介護をしなくてはならないので、母は働きに行くこともせず、父だけの収入で何とかしようとしていたのだ。

 しかし、父の会社はあまりうまくいっておらず、収入は増えるどころか減ってしまった。その上、兄の手術の費用などもかさみ、生活は苦しくなる一方だった。

 もう手術費用を払うことは出来ない。治療費を払うことが出来ないと、そう思っていたときに、院長婦人がある話を持ちかけてきた。

――私の子供のクローンを産んで頂戴

 クローンを産んでくれれば、治療費は一切もらわないと。それだけではない。生活費も援助しようと言ってきたのだ。

 もちろん、この話を最初は断ったそうだ。しかし、どうしようもなく生活は切り詰められ、兄の介護に疲れ果てた母は、決心したのだった。

 父は、そんなことをする必要はないと母を説得したのだが、苦しい生活を考えると、受け入れざるを得ないと判断し、院長婦人の話を受け入れることにしたそうだ。

 そして、無事に私を出産した。

「ちょっと待ってくれ、おかしいじゃないか。彼女が、僕のクローンであるとしたら、僕と同じ男性でなくてはならないはずだ」

 院長婦人の話をさえぎり、八雲先生が疑問を呈した。右手を上げて、院長婦人の注意を仰いでいた。それを見た院長婦人は、待っていたようにその疑問に答えた。

 生まれてきたのが、男の子ではなく、女の子。つまり、私が生まれてきたことに、院長婦人は激怒したそうだ。

――私を馬鹿にしているの! クローンを産んで頂戴と言ったはずなのに、これはどういうことなんですか! 自分たちの子供を産んで、その費用を私に払わせるつもりですか!

 両親は、死ぬほど驚いたそうだ。男の子が生まれるはずなのに、女の子が生まれたのだから。しかし、どう考えてもクローンに違いないと思い、反論したそうだ。

 そこで、ありとあらゆる検査をすると、私はどう考えても八雲先生のクローンだと考えざるを得ないと言う結論に達した。

「男から女のクローンが生まれることは、全く考えられないとは言えないでしょう? Y染色体がなければ、女が生まれてしまうのだから」

 院長婦人が、落胆しつつ穿き捨てた言葉に、八雲先生は返す言葉がなかった。

 私には、Y染色体と言われても、何のことだかわからない。ただ、これだけはわかった。私は、間違いなく八雲先生のクローンである。

 私は・・・・・・クローン・・・・・・。

 母は、唇をかみ締め、自分のハンドバックから薄いピンクのハンカチを取り出し、目頭を強く押さえつけた。父は、母の肩を抱き、ぽんぽんと叩いた。かすかに、父の目じりから何か光るものが見えたような気がした。

 兄夫婦は、ソファに座りながら、お互いの顔を突き合わせていた。

 兄は、目からあふれんばかりに涙をためていた。それに気づいた兄の奥さんが、目の前のテーブルに置いてあるティッシュを取り、兄の涙を優しくぬぐった。肩が震える兄を私は、黙って見ることしか出来なかった。

 八雲先生は、上げていた右手を下ろし、ベッドに両手を押し当て、頭をもたげていた。院長婦人は、勝ち誇った顔で、その場に立ち続けていた。

 私は、一寸も動けず、ベッドに座り、周りを眺めた。

 まだ、その言葉を受け入れることが出来ていない。私が、クローンだなんて、どう信じろと言うの?

 今まで、ずっと両親と兄の四人でつましく暮らしていた。裕福とは言えないけれど、私は幸せだった。それが、どういう意味なのか説明は出来ないけれど、とても人間らしい生活を送ってきたと思う。

 ともに笑い、泣き、怒られることもたくさんあったけれど、この生活をずっと続けていけたらと思っていた。兄が、結婚し独立した後も、私はみんなに包まれて、毎日を楽しいと感じていた。

 クローンが、こんなに人間らしい生活を送るだろうか?

 全く的外れな考え方かもしれない。例えそうだとしても、そういう考え方しか、今は出来ない。

 ポタポタと床に何か、水滴が落ちる音がかすかに聞こえた。どこからするのだろう? 私は、水滴の落ちる場所を目で探した。それは、意外にも近く、八雲先生の真下にあった。

 八雲先生が、ベッドに両手を押し当てて、床に顔を向け、誰にも涙を見られないように涙を流している。私からは、全く八雲先生の表情を窺い知ることは出来ない。しかし、確実に言えることは院長夫人の言葉に、深く傷を負ったと言うことだ。八雲先生は、院長夫人の言葉を受け止めている。そして、その悲しい現実に涙を流したのだ。

 これが、普通のことなのだ。これが、当たり前の反応なんだ。

 八雲先生の姿を見ていたら、私まで体の奥底から熱いものを感じてしまった。

――受け入れなくてはならない現実なんだ

 一人だけ、悲しい表情をしていない院長婦人は、少し不満げな表情で、あたりを見回した。何を湿っぽいことをみんなでしていると言うの? とでも言わんばかりの強気の表情だった。

「杏・・・・・・、ごめん」

 それは、とても小さく、ハエでも飛んでいたらかき消されてしまいそうなほどの声だった。父が、母の肩を抱きながら、天を仰いで無念そうに言ったのだった。俯き、父は目を強く瞑って涙をこらえている。

 何か、言葉を返したい。そう思うのに、適当な言葉が浮かんできてくれない。私は、ゆっくりと首を横に動かした。父が、それを見ていないことはわかっていたが。

 廊下からは、相変わらず足音ひとつ聞こえない。誰もこの病室に近づこうとはしていないようだ。院長婦人が、看護士にここには近づかないように耳打ちしていたのかもしれない。

「このことを知ってしまった以上、野高さんたちに杏さんを預けることは出来ません。これからは、私たちが杏さんを引き取りたいと思います」

 院長婦人は、表情ひとつ使えずに、淡々と言った。それを聞いた八雲先生は、院長夫人に強い視線を送った。

「母さん、それはどういうことだ? 私たちが引き取るって、杏さんを一体どうするつもりなんだ?」

「私たちの家に来てもらうんです。そして、自由な行動は一切禁止します。大事な人ですからね。逃げられでもしたら大変じゃないの。杏さんは、大事なクローンなんですから」

 私から、一切の自由を奪う発言。それは、とても冷酷で残忍な言葉に聞こえた。

――私は、大事なクローン。

 その言葉が、私の中で駆け巡る。

 私が、俯いていると、院長婦人が右手で私のあごを持ち上げた。

「杏さん、あなたは私たちの大事な跡取息子のクローンなんですからね。良いですか、これからは、決して自分勝手な行動は許しません。逃げようとしたって、すぐに捕まえますから」

 院長婦人の顔が、鬼に見えた。人とは思えない表情で、私を一括した。

 その言葉は、ただの脅しだろうか?

 しかし、両親の顔を見ると、脅しとは到底思えなくなった。二人とも顔を真っ青にし、大きなショックを受けているようだった。

 私は、これから一体どうなってしまうのだろう?


 みんなが、出て行ったあとの個室は、いつも以上に悲しみに満ち溢れていた。さっきまで、兄夫婦が座っていたソファも、父が閉じた窓もカーテンも、八雲先生が握り締めたシーツも、全てが悲しみの色に染まっている。

 枕もとにあるウサギのぬいぐるみだけが、笑顔のままだ。小さな目、垂れ下がった耳、愛らしい口。ぬいぐるみを抱きしめずにはいられなくなった。枕もとにあるぬいぐるみを手にとると、すぐにぎゅっと抱きしめた。まるで、八雲先生が、私にしてくれたように。押しつぶれてしまいそうなくらいにぬいぐるみを抱きしめ、眠るように目を瞑った。

 運命が、私を交通事故に遭わせたことは、間違ってはいなかった。

 だけど、私は誤った解釈をしてしまった。運命の赤い糸が、私をここへ呼んだのだとばかり思っていた。

 本当は、そうではなかった。私と八雲先生が、同じ歯車を持っているからだ。私たちは、会うべくして会った。しかし、決して結ばれてはいけないのだと。

 こんなに強く、情熱的に人を想った事はなかったのに。

 ぬいぐるみを抱いている手に、ぽたぽたと熱いものが流れていることに気がついた。私は、泣いているんだ。

 それが、八雲先生と結ばれてはいけない運命だからなのか、自分が八雲先生のクローンだからなのかは、わからない。

 理由もわからないまま、私の目からは涙が絶え間なく零れ落ちた。

 もう一度、自分を取り戻すかのようにぬいぐるみを強く抱きしめた。零れ落ちる涙で、シーツがぬれていく。私は、それを見たくないわけではないのに、ぎゅっと硬く目を瞑った。

 ソファもカーテンもシーツでさえも、私を哀れんだ目で見ているような気がした。ウサギのぬいぐるみだけが、私に温かいまなざしを送ってくれる。

 シーツの同じ場所に零れ落ちた涙で、ぐっしょりと一箇所だけぬれてしまった。じんわりと、私のパジャマのズボンを通し、私はそれを感じた。

 急いで、顔をあげて、シーツのぬれた場所を見ると、楕円の形にぬれた後がくっきりとついていた。

 強く抱きしめ続けたウサギのぬいぐるみを見ると、少し薄っぺらくなったような気がした。やさしく耳をよけながら頭を撫でて、枕もとにおくと、ようやく涙が止まった。

 ベッドの横の台に置いてある手鏡を取り出し、自分の顔を確認した。案の定、私の目は一目で泣いていたのがわかるくらいに真っ赤に腫れていた。

 誰も来なければ良いけれど。まだ、面会時間は少し残っている。パン屋の仲間が来たらどうしよう。泣いていたことが、すぐにわかってしまう。

 今日は、誰も来て欲しくないと思っていたけれど、面会時間が残りわずかになったところで、両親がやってきた。

「どうしたって言うのよ、こんな時間に」

 すでに、声は落ち着きを取り戻していた。しかし、まだ、私の目は完全に回復しておらず、両親は、私の顔を見るなり、驚愕の表情を見せた。

「杏! どうしたんだ? 泣いていたのか?」

 父が、崩れ落ちるようにベッド脇においてある椅子に座った。

 カーディガンをシーツのぬれた場所に置いたので、両親はシーツがぬれていることには、全く気がついてはいないようだ。

「お父さん、心配しないで。それより、どうしたのよ。いつも、こんな遅い時間に来たことなんてなかったじゃない」

 私の方が親になった気分で、父に言った。母は、父の後ろで全てを父に託すと言う目で父の背中を見ていた。

「杏、逃げよう。これ以上、ここにいるべきじゃない」

 父は、身を乗り出した。今すぐにでも、私の手を取って、ここから私を連れ出したいのだろうと言う思いが伝わってきた。

「お父さん、私は逃げるつもりはないわ」

 父の気持ちは、よくわかる。きっと、母も同じ気持ちに違いない。私が、両親の立場だったら、同じ事をしていただろうとも思う。

 でも、私はどこにも逃げたくはない。悲しい気持ちは持っているけれど、ここを逃げたいと言う気持ちは持っていない。なぜか、私は、院長夫人の言葉に従うと言う気持ちを持っている。

「どうしてだ? このまま、杏がここにい続けたら、どうなるかわからないんだぞ! 万が一、八雲先生の体に何かが起こってしまったら、杏はただじゃ済まされないんだぞ!」

 よほど緊張していると見られ、父は額にびっしょりと汗をかいていた。息は荒く、必死さが痛いほどに伝わってきた。

「そうかもしれないけれど。八雲先生が、一生健康で、私の体を必要としないかもしれないじゃない」

「例えそうだとしても、杏の自由は一生奪われてしまう。父さんたちは、杏に幸せになって欲しいんだよ」

 私の手を父は、がっしりと握り締めた。温かい手、熱い手と言った方がいいかもしれない。どれだけ、父が興奮しているのかを強く感じた。

 母が、反対側に移動して、私の肩を温かい手で、優しくさすってくれた。

「杏。今、ここを出なければ、私たちは二度と会えなくなってしまうかもしれないのよ。確かに、私たちは院長夫人にクローンを産むことを約束したわ。そして、あなたを産んだ。あなたは、確かに八雲先生のクローンよ。でもね、私たちの子供でもあるのよ。杏を院長婦人に渡さなければ、約束を破ることになる。恩を仇で返すことになってしまうけれど、その方が良いと思うのよ。杏には、杏の人権がある。クローンとは言え、ひとりの人間なのだから」

 母の説得は、温かく、愛情に満ち溢れていた。私の幸せを両親ともに願っているのだと。その気持ちは、とてもうれしい。こんなにも、私を思ってくれているのだから。

 母の手は、相変わらず私の背中を優しくさすってくれていた。父は、椅子に座ったままで、目で私を訴えていた。

「気持ちは、とてもうれしいけれど。ここを逃げても、無駄なような気がするのよ。もし、今、ここを出たとしても、また、すぐに院長婦人や八雲先生と出会ってしまうような気がする。偶然とは言え、事故に遭ってこの病院に運ばれてしまったんだし、それが、私の運命だと思う」

 両親は、それでも説得を止めようとはしなかった。しかし、面会時間が終わってしまい、さすがの両親も帰っていった。

 ここを出ることが、一番よかったのかもしれない。

 そう思うのに、なぜかまったく後悔はしていない。これでよかったのだと思うくらいだ。

 昼間の院長婦人の顔が、急に私の頭に浮かんできた。人間とは思えないような表情。夢に出てきそうなくらいに怖くなった。

 電気を消し、ベッドに横になり、枕もとのぬいぐるみをちらりと見て、静かに目を閉じた。

 眠りに入ろうとしたときに、誰かが扉をノックした。ノックしたと思うと、すぐに扉は開き、八雲先生がこっそりと中に入ってきた。

 肩を縮め、外に誰もいないことを確認したのか、すぐに扉を閉めずに、外をきょろきょろと見回してから、音がしないように丁寧に扉を閉めた。

「先生、どうしたんですか?」

 足音を立てないように慎重に急いで八雲先生が私のもとへ来ると、私は体を起こした。八雲先生は、私に顔を近づけ、小声で話し始めた。

「退院の許可を出す。だから、すぐにここを出るんだ」

 真剣な眼差しで、私をまっすぐに見つめる瞳。その瞳に導かれるように、私はここを出てしまおうと言う気持ちになりかけた。しかし、ここを出ても無駄だろうと言う思いが私を冷静にさせてくれた。

「それを言いに、やってきたんですね。両親も同じことを言っていました。早く、ここを出るべきだって。でもね、先生。私は、ここを出る気はありませんから」

 八雲先生は、息を飲み、赤くあとがついてしまいそうになるくらいに私の両肩をつかみ、より一層顔を近づけた。

「何を言っているんだ! このままここにいたら、母さんに自由を奪われてしまうんだ。それに、僕は、健康には気を使ってはいるが、小さいころから心臓があまり強くはない。移植するほど弱くはないが、これから先、どうなるかは全くわからないんだ。杏さん、やっぱり、ここにいてはいけない」

 八雲先生の心臓は、あまり強くない。小さいころからと言うことは、院長婦人はそれを知って、私を作ったのかもしれない。

 何も言わない私に、八雲先生はいらついているように見えた。

 灯りのない病室に、カーテンの隙間から月明かりが入ってきた。月明かりは、ソファの方を照らしているので、八雲先生の表情を正確に知ることは出来ない。

「不思議です。その言葉を聞いても、私はどこかへ逃げたいとは思えません」

「そんな事を言っている場合か! 駄目だ。ここにいるべきじゃない! 実は・・・・・・本当は、ずっとそばにいて欲しいと思っていたんだ」

 力強く私の肩をつかんでいた手を離した。

「杏さんに、僕は運命を感じたんだ。僕をこんな気持ちにさせてくれた人は、今まで一人もいなかったからね。きっと、僕たちは結ばれる。ずっと、一緒にい続けるだろうって思っていたんだ。その気持ちも、母さんの言葉で全てが水の泡となってしまった。今でも、信じられないんだよ。杏さんが、僕のクローンだって言うことを。しかし、それは紛れもない事実だ。こんな現実、受け止めたくなんかない。そう思っても、現実を受け止めなくてはならないんだ」

 八雲先生の声が震えている。その瞳に、涙のしずくが光っているのがかすかに見えた。

「受け止めたくないけれど、受け止めざるを得ない。もう僕たちは、会わない方がいいんだ」

 八雲先生の頬を涙が伝った。あごにたまった涙が、くっついてはなれない。悲しい現実を自分に受け止めさせるように八雲先生は、私に訴え続けた。。

「確かに先生の言う通りかもしれないけれど、私の気持ちは変わりません。私はここにいます」

 何を言われようと、頑として動かない私の気持ちに、八雲先生は手詰まりを感じているらしい。

 みんな、私をここから逃がそうと思っている。八雲先生に何かあってからでは遅いと。

 例え、私がここから遠いところへ行ったとしても、クローンであることには変わりない。だけど、どうしてここから逃げたくないのか、理由を聞かれても、それはわからない。

 改めて思うことは、私は、想像以上に、周りの人から愛されていると言うこと。普段、何気なく生活しているだけでは、こんなに温かい愛情に気が付くことはなかっただろう。生まれたときから、ずっと一緒にいた家族、そして、最愛の八雲先生。

 みんなが、院長婦人の理不尽な提案を必死で、拒否するように訴えてくれる。

 しかし、私はこれも運命なのだと思うと、こんなにも愛情を感じているのに、そちらを受け入れようとは思えない。


 とうとうギプスをはずす日がやってきた。八雲先生が、私の右足にはめてあるギプスを丁寧にはずしてくれた。ずっと、痒くてたまらなかった。八雲先生はギプスをはずすと、難しい顔で私の方をじっと見つめた。私は、その意味を知りたいとは思わなかった。きっと、私に伝えたいことがあるはず。でも、それを受け止めたくはなかった。

 ギプスの外れた右足。久しぶりに見た、私の右足。左足なら、ずっと見ていたと言うのに、久しぶりの右足とのご対面に、何か懐かしさを感じてしまった。


 ギプスが外れるまで、まさか入院しているとは想像もしていなかった。普通は、こんなに長く入院なんてしないんじゃないかと思う。

 久しぶりに洗った右足。やっと、さっぱりした。ギプスをはめているときは、気にしないようにはしていたけれど、痒いしなんだか気持ちが悪かった。右足だけが、自分の体と切り離された妙な感じがしていたが、ようやく自分のところに戻ってきた気分だ。

 もう大分右足はよくなっている。となると、退院の日も近いはず。院長婦人は、私をどうするつもりなのだろう?

 八雲先生の母親だと言うのに、そこには全く血のつながりを感じられないくらいに、院長婦人は冷酷な顔をしていた。でも、二人は親子なんだ。血のつながりだってある。

 そして、私と八雲先生は全く同じなんだ。一目見て、全身に電気が走ったと思ったのは、恋ではなかったのだろう。この人が、運命の人なんだとさえ思ったけれど、八雲先生と私が、全く同じ人間だから、何か他の人とは違うものを感じたのだろう。八雲先生も私を一目見て、何かを感じ取っていたと言っていた。

 二人とも勘違いをしていたのだ。それを恋だと思ってしまった。本当は、違うのに。

 それがわかったと言うのに、私の中では、まだ、八雲先生を恋愛対象として見てしまっている。


 ギプスをはずして最初の見舞い人は、兄だった。個室に入ってきては、すぐにベッドの横においてある椅子に座り、ギプスの取れた私の足を、兄は、自分のことのように嬉しそうにじっと見ていた。

「よかったよ。本当に、安心したよ。やっと、ギプスが外れたんだな」

 兄が、一番心配していたのだろう。兄の心から喜んでいる笑顔に、私までつられてうれしくなってしまった。

「ずっと、右足が痒くてね。やっと、これで右足の痒さから開放されたって感じだよ」

 右足を少し上げ、兄に見せ付けるように右足を兄に向けた。ニコニコしながら私の足を眺めていたのに、兄は突然、表情を曇らせてしまった。

「お兄ちゃん? どうしたの?」

 兄は、涙を隠すように俯いた。しかし、すぐにゆっくりとけだるそうに頭を上げ、私をまっすぐに見つめた。

「杏、ごめんな。お兄ちゃんのせいで、杏を苦しめてしまって・・・・・・。僕が、こんな体でなければ、杏がこんな苦しい思いをしなくてすんだのに」

 それが、何をさしているのかは、すぐにわかった。兄は、私がクローン人間として生まれてきたことを、自分のせいにしているのだ。

「お兄ちゃん、何を言っているの? お兄ちゃんのせいなんかじゃないわよ。これはね、誰もせいでもないのよ。そういう運命なんだから」

 自分のせいにしないで欲しい一心で兄に言ったのだが、かえって兄はその表情を曇らせてしまった。

「良いんだよ。お兄ちゃんにそんなに気を使わなくても。僕は・・・・・・なんて、兄なんだ」

 兄がまた俯いた。頭を上げる元気すらないのかもしれない。あまりにも受け入れがたい現実を知り、精神的に兄はかなりのショックを受けているのだろう。どす黒い雨雲が兄の頭上を襲っているのか、兄からは悲痛な叫び声を揚げているように見えた。

「別に、気なんて使ってないわ。仕方がないことだもの。いまさら、文句を言ったところで、この運命は変えられない。クローン人間として生きていくしかないじゃない」

 自分でもこれが本心だと断言は出来ないでいる。本当の自分の心なんて、どこにあるのかはわからない。

 兄が上目遣いで私の顔を見つめた。その瞳は、とても悲しい表情を浮かべていた。

「杏、もう受け止めてしまったのか?」

 たった一言、兄は冷静に、悲しげに兄の感情を集約して言葉を発した。

「どうやら、そうみたいよ」

 私は、苦笑した。

 兄は、ここから逃げ出すべきだとは、一言も発しなかった。ただ、謝罪するだけだった。兄は、私のこれからの運命を予想しているのだろうか? ただ、クローン人間として生まれてしまった私に、謝りたいだけなのだろうか?

 当り障りのない話をしたいと思っていたけれど、兄はすぐに帰ってしまった。兄の心の傷は、私より深いようだ。

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