僕のはなしを、きいてくれる? episode002
年末年始に向けて、食料でも買おうと、僕は上野に行った。
アメ横って正式には「アメヤ横丁」って言うんだ・・・。
なんてアメ横の入り口の看板を見ていると、
人ごみの中から誰かが声をかけてきた。
「ねぇ、ねぇ、おじさん。僕のはなしを、きいてくれる?」
僕ってそんなに、一目見ておじさんってわかるような格好しているのかな。
なんて思いながら声がした方を見た。
ざっと見た感じ、僕の事をみている人はいなさそうだった。
魚屋の軒にぶら下がっている、新巻鮭を除いては・・・。
「そうそう。僕だよ、おじさん。ロープでぶら下がっている鮭の中で一番小さい僕。」
『やっぱり君だったのか・・・。
話を聞くのはいいのだけれど、僕は今まで鮭と話した事がないから、自信がないなぁ。』
「いいんだ。僕の話をただ聞いてくれれば。
ところでおじさんは、僕のことをどう思う?」
『そうだなぁ・・・。美味しいと思うよ。
鮭って、焼いても、生でも、加工されてても、美味しいよね。』
「そうなんだ。僕ってこう見えて、けっこう人気者なんだ。
回転寿司でも常に人気の上位にいるし、
魚屋でも、甘塩とか生食とかいろいろ種類もあるしね。
値段は鯖と比べたら安くないかもしれないけど、
鯖と鮭とどっちが好き?って聞かれたら、7割ぐらいの人は鮭っていうんじゃないかな。」
『確かに僕も、鯖の味噌煮とか、塩焼きとか大好きだけど、
どっちが好きか聞かれたら鮭って答えるかも。』
「そうでしょ。だから僕は人気者だって言ったでしょ。」
『でもね。ちょっと思ったことがあるんだけど・・・。』
「なに?言ってみて。」
『カレーとかラーメンとかが大好物っていう人はけっこう聞くけど、
「僕の好物は鮭です。365日×3食=1年で1095食、鮭でも大丈夫。」っていう人は
聞いたことがないんだけど・・・。』
「うん・・・。実はそうなんだ。
要するに僕は、皆から好かれてはいるけれど、それ以上にはならない。
まるで友達以上、恋人未満みたいな存在なんだ・・・。」
『そっか・・・。その気持ち、僕にもよーーーーーっくわかる。
今までだって「あなたはいい人なんだけど・・・。」って何べん言われたことか・・・。』
「ハイお兄さん!買うの?買わないの?そんなにじーっと見て。
お兄さん!もしそんなに欲しかったら、安くしてあげようか?その小さめの新巻鮭。」
魚屋の店員さんが、ガラガラ声で話しかけてきた。
「あ、す、すみません。僕、一人暮らしだからこんな大きいの、
いや、新巻鮭にしては小さいかもしれませんが、買っても食べきれないので、いいです。」
「あ、そうなの?じゃあ家族が出来たら、その時は絶対ウチで買ってよ!お兄さん!」
「は、はい。ではお邪魔しました。」
しかし、友達以上、恋人未満か・・・・。
鮭男子。今風に言うと鮭男子かもしれないな・・・。僕は。
それにしても僕はお兄さんに見えるのだろうか・・・。それとも・・・。
「ハイお姉さん!安いよ!どう!買っていかない?」
さっきの店員さんが70歳ぐらいのおばあちゃんに話しかけていた・・・。
僕は苦笑いをしながら、アメヤ横丁の人ごみの中に再び入っていった。
つづく。