第三十六話 戦いの準備
村人達は避難をする。家財を置いて。
村人達は避難をする。平穏を捨てて。
オークの斥候が数体確認されたのだ、大声で叫び、避難を指示する声が聞こえる。
たった一人、避難をしない老人が居た。誰も避難を促さない。促せない老人が居た。
地の大陸で大いに名を上げ、聖女様からも信頼が熱かった老人。水の大陸で前線を支え続け、水の大陸からこの島まで最後尾で馬車団を守り抜いた老人。
英雄を越えた英雄。"剣聖"レーベ。
剣聖レーベは衰えた。急激に、急速に、この島に来て、森の前に陣取り始めてから。
それでもなお、他を圧する闘気と内包される絶大な魔力。
その眼光は沈み切ってはいない。
避難している人の中には、あの剣聖様が居るのに避難が必要なのか?!と本気で思っている人も居る。
だが、避難を指示している人は聞いたのだ。"守り切る力はもう無い…"本人の口から。
だから急げ、急ぐんだ。剣聖様の邪魔にならない様に、そして街からの兵達が着いた時に、守るべき足手纏いが居ないように。
剣聖様の無事を願い、檄を飛ばす。
ここは森の南、最も安全だった村。
オークの大集落は戦の準備をしていた。仲間達の腹を満たす為に、仲間達の未来の為に。
戦士50体が、戦の準備を進めていく。
我等は誇り高きオークの戦士として、村を襲いに行くのだ。
そう。この戦いに誇りなど無い。
生き抜く為に戦うのだ。
戦士達は鎧を身に纏う。盾を持ち、使い易く加工した棍棒を持つ。
頭には何も付けない。視界の邪魔になるからだ。
斥候が持ち帰った情報を元に。斥候も連れての戦をしに行くのだ。
皆、緊張した面持ちで準備をしていると。一体のデカいオークが大集落に訪れた。
"カゴイ…オソウナ"ラ デヅダウゾ"
普通のオークよりもデカい…言葉を上手く喋れないオークだ。
一番強いオーク戦士が品定めをする。デカいオークは素手の一撃で近くの樹木を叩き折った。
"良いだろう。共に行こう"オークの戦士のお眼鏡に適ったようだ。
"ゴチゾウザマ…ダノジミダナァ"
デカいオークは笑う、怒りを目に宿したまま。デカいオークは笑う。また柔らかくて温かい"ご馳走様"を食えるのだと。
剣聖レーベは座り込んでいた。この島に来て…魔法は使えないままだ…。地の精霊が少ないのか、地の精霊が居ないのか…それとも私自身が見限られたのかは分からない。
剣士として剣で戦い。精霊術師として精霊と共に戦い。魔術師として己の魔力で戦い。
多くの血を流して来た。モンスターの、怪物の、リザードマンの…。
何が英雄だ。何が剣聖だ。
人殺しのどこに"聖"の文字がある。
殺していった水の大陸のリザードマン達…彼等は守ろうとしただけだ、取り戻そうとしただけだ…。
信頼厚き側近は死んだ。撤退戦で…リザードマンの魔法が馬車に漏れた一瞬、気が逸れた一瞬で。
この島に着いた聖騎士の数は少ない。
いつ死霊共が海から来るか分からない。
彼等は後ろを護らねばならない。
だから私はここを守り通さねばならんのだ。




