第二十一話 アレスとエルピダ-暗黒大陸誕生篇⑥
私の愚問に、エルピダは少し考えてくれた。
エルピダ:「正しいと思う事をする。それ以上は無いんじゃ無いかな。結果は誰にも分からないし」
それこそが、私の求めていた答えだったのかも知れない。
過去を振り返るのは大切だ、だがそればかりしても仮定や妄想を膨らませても意味は無い。
生きるしか無いのだ、死にたく無いのだから。
自殺しようとして失敗した事のあるアレスは、あの足先から頭まですっぽり包む死の恐怖を忘れた事は無い。
生きるしか無いなら、正しいと思う事を積み重ねるしか無い。アレスはもう一度だけ、頑張る事にした。
アレス:「エルピダ。ありがとう、君が居てくれたから私は頑張れたんだ。君が居るから、これからも頑張れる」
昔少し恋心を抱いた相手に、そんな告白めいた言葉を意図せず吐いて、顔が赤くなった。
エルピダ:「…ぷっ。そんな酷い顔で何言ってるんだか」エルピダは笑った。私も笑った。
彼女が居てくれたから、私は魔力回収装置を作れたのだ。私に頑張る機会をくれたのは間違いなく彼女だ。
次に彼女と再会したのは、数ヶ月後。戦場の前線基地での事だった。
超大型の魔力蓄積装置…それに魔力回収装置を複数合わせて、強大な力を敵首都に叩き込む為の戦略兵器の前で…。
私も彼女も、言葉を交わさなかった。ただそれぞれの責任者としてこの前線基地に居た。
私達の過去の合作達は前線を押し上げるのに貢献し、ついに水の大陸の人々…リザードマンの首都近くにまで辿り着いたのだ。
水の精霊様や加護を受けたリザードマンは必死の抵抗をしている。
押され始めても彼等は精一杯守り続けた、大切な場所の為に、仲間の為に。
この戦略兵器には…いや昔に投入された戦術兵器にすら、致命的な欠点がある。
それは魔力蓄積装置だ。回収装置と違って繊細で、調整の難しいそれは安全装置を備えている。
過剰な蓄積を避ける為に、魔力放出弁があるのだ。
そしてこれは、間違い無く弱点だ。
誰かの誤操作ですら、装置の魔力を噴出する。
人の手で扱う事の出来なくなった魔力が広がり…ここなら水の大陸に染み入り、水の精霊達の力となるだろう。
もう充分だろう、土地は確保出来たのだ。
こんな忌々しい装置は壊れて然るべきだ…。
私は彼女の顔を見る事が出来なかった。
魔力回収と充填が始まろうとした時…信じられないものを見た。
気を失ったリザードマンを箱の中に詰めている…!
私が止めるまでも無く、そもそも止める権限すら無く…地獄が始まった…。
自分の全てが壊れる様な感覚だった。激怒と怨嗟を込めた叫びが自分の喉から弾ける。
そして…魔力が蓄積されていったその時…放出弁が開いた。
私のした細工だ…。精霊達が居るのならこんな装置壊してくれ、こんな基地も全部。全部を。
だが、何も起きない。蓄積装置の魔力はみるみる減っていき、割れた。
…?何故何も起きない…水の精霊が居ないのか?何故蓄積装置が割れる?
何にしろ、装置は壊れたのだ。
彼女と顔を見合せた時、お互いの顔に喜びが混ざっていたのが分かった。
彼女も細工をしていたのだな…多分、設計段階から。
一瞬の沈黙の後、基地の人々が慌てて駆け回る。
細工はバレて死罪すら生温い刑になるだろうが…もうどうでも良かった。
飛び交う怒声や報告に、ある情報が混じっていた。全ての戦術兵器が同じく破損したのだ。
平和を求めてきた皆…考える事は同じだった。
大声で笑った。彼女も笑っていた。すぐに取り押さえられ、自殺防止の処置を施される。
思い残す事は無い…。
皆、平気なフリをして大丈夫なフリをして生きている。
誰だってツラいものはツラい、苦しいものは苦しい。
それを表出させた人を責めるなら、きっとそんな世界は間違っている。
飢えて死にそうな人が道に落ちたパンを拾って食べたなら、誰かが棒で叩くだろうか。
エルピダだって、死ぬほど辛かった。表に出来るだけ出さない様に涙を拭いて、化粧をして隠したのだ。
そんな状態でも、目の前の人に優しくしたのだ。
アレスは表に出した。果たしてそれは間違いだったのだろうか。もしくは正しかったのだろうか。
生きてれば色々ある。それでも朝日は登るし明日は来る。
だから生きて、新しい事をしよう。休んだって良い、また歩き出すその日まで。
そんな辛い日には、きっと君が一番好きなものが救いになる。




