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サイラスとアデル  作者: バラモンジン


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6/7

6.悩めるサイラス

「俺は、空気だった」


 サイラスは友人の屋敷のサロンで、酒を飲みながらぼやいていた。


「どうした、サイラス、元気がないな。新婚だろう? イブリンちゃんとも相変わらず仲良くやっているようだし、なんでしょぼくれてるんだよ」

「あれだ、正妻と愛人の間で身体が一つじゃ足りないってやつ。モテる男の贅沢な悩みだよ、まったく」

「たまには女のいない世界に行きたくてここに来ました、ってわけか」


 次々にかけられる言葉にサイラスは返事もせず、強い酒をぐいと呷り、


「俺は何も言えなかった」


と、弱音を吐いた。サイラスがこんな風に愚痴をこぼすのは珍しい。


「話してみろよ。お兄さんたちが聞いてやるから」


「誰がお兄さんだ」


 サイラスは力なく笑いつつも、先日のアデルとイブリンの話し合いのことを、かなりぼかして話した。



「つまり、サイラスの正妻と愛人が、ベルトラン侯爵家で一触即発の対面を行い、怒涛の展開にサイラスの出る幕がなかったと」

「そもそもの原因はサイラスにあるのは明白だからなあ、肩身が狭いのは分かる。どっちの味方もできないんだろう?」

「いや、両方の味方でいなくちゃいかんだろう」

「無理だって。相反する存在なんだから、あちらを立てればこちらが立たずで、精神をすり減らしたか」


 外野からやいやい言われ、サイラスはまた酒を呷った。


 タンッとグラスをテーブルに置いて、


「アデルがな・・・」


と、言ったきり、目を閉じて黙り込んだ。


 友人たちは固唾を呑んで続きを待った。


「思った以上に変な女だった」


 ああ~~、という残念なため息が周りから漏れた。だろうなあ、と誰もが思った。


「だがな、予想以上にできた女だった」


 おお? という好奇心が沸き起こった。


 どんな風に? 何があった? 正妻と愛人の話し合いの結末は?


「今は詳しく言えないが、手を結んだようだ」


 えええええ!? どういうことだ。何をどうしたら?


「いずれ捨てられるのは俺の方かもしれん」


「まさか」

「ほんとかよ」

「じゃあ、イブリンちゃんとアデル夫人の対決は、引き分けか」

「もう少し詳しく教えてくれないと、アドバイスのしようがない」


「嫁と愛人を持ったやつのアドバイスなら聞く。それ以外からは聞かん」


「ちぇっ、俺らの年齢でそんな甲斐性のあるやついないだろう。勝手に悩め、羨ましいぞ、モテ男」


 などと言いながら、友人たちはサイラスの背中をバシバシ叩いて励ました。



「それはそうと、アデル夫人は家でもあの黒縁メガネで本ばかり読んでいるのか」


 突然変わった質問に、サイラスは顔を上げた。


「いや、うちの侍女の腕前を再認識した。夜会で会ったら驚くぞ。俺の見込み通り、アデルは磨けば光る原石だった」


「嘘だろ」

「あのアデル嬢が?」

「頭だって鳥の巣だったし」


 驚愕する友人たちの顔を見て、サイラスは、得意満面で言い切った。


「俺が選んだんだ。当たり前だろう」


「さすが、サイラス王子」

「どうやって見いだすんだよ、そういう原石」

「俺は姿を見るまで信じないぞ」


「まあ、イブリンとは別方向だがな、今は次期侯爵夫人に相応しい姿だよ」


「ちぇっ、結局、惚気のろけかよ」

「だが、その二人から捨てられそうな危機感に、怯えているんだよな?」

「そうだよ、さっきまで頭を抱えてただろ」


「ううっ、やめてくれ、せっかく浮上しかけたのに」


 サイラスが大袈裟に胸を押さえると、サロンの中に笑いが広がった。やはり、サイラスは明るい話題の中にいるのが似合うと誰もが思った。



 ◇    ◇    ◇




 あの日の緊張感は、今でも思い出すと動悸が激しくなる。


 アデルに乞われてイブリンをベルトラン侯爵家の屋敷に連れてきたものの、サイラスはどんな修羅場が待ち受けているのかと、内心気が気ではなかった。


 イブリンを招くことに対し、サイラスは精一杯の反論を試みたものの、アデルは言った。


「ご本人の胸の内は、ご本人様に聞いてみなければ分かりません。サイラス様がイブリン様のすべて承知していると思い込むのも、イブリン様がサイラス様ならすべてを理解してくれているはずだと信じ込むのも、行き違いの元になると思いませんか。

 それに、私の気持ちもイブリン様に知ってもらいたいのです。これから長いお付き合いになるのですから、イブリン様が不安にならないように、それなりの暮らしを保証することも、きちんとお伝えしておきたいのです」


「俺から言ったのではダメなのか」


「間に一人挟んでのやり取りなど、どこでどう誤解を生むかわかりません」


「一字一句違えずにイブリンには話すよ」


「何も足さず、何も隠さず話せますか。気持ちを害さないように言葉を柔らかく言い換えたりしませんか」


「それは、・・・どう、かな、イブリンの悲しむ顔は見たくない」


「そうやって忖度した表現に置き換えては、正確なところは伝わりません。サイラス様、一度で良いので直接お話をさせてください」


 そうまで言われれば、これ以上反対するのも何か含むところがあると思われるかもしれない。サイラスはイブリンを連れて来ることにした。



 そして始まった話し合いに、サイラスは最初から腰が引けていた。


 父親からは、イブリンを愛人としてなら置いて良いと言われていたし、母親からは、誰よりもアデルを優先するなら、多少のことは目を瞑りましょうと言われたので、自分は咎められるようなことは何もない、はずだ。だから、ここはなるべく口を出さずに見守ろうと決めた。


 実はサイラスは、結婚後一週間ぶりにベルトラン家に帰る時、イブリンとは別れようと決めていた。アデルもそれを喜ぶと思っていたのだ。


 ところがアデルからは、不誠実で無責任だと言われてしまった。考えてみれば確かに、学生時代の恋として区切りを付けず、イブリンの未来を摘み取ってしまったのはサイラスだ。一生君を愛するなどと、軽々しく言った覚えもある。縋りつくイブリンを、うっとうしいとさえ思ってしまった。


 そこまで考えが及んでやっと、サイラスはイブリンに対して申し訳なくなった。イブリンを調子に乗らせたのも、しつこく縋らせたのも、サイラスの考えなしの言動のせいだった。



 目の前ではアデルとイブリンが会話を繰り広げている。

 

 最初こそ黙り込んで逃げ場を探していたようなイブリンだったが、『一生』という言葉に始まるアデルとの応酬は、サイラスの甘い見通しをも打ち砕いた。


『え、愛人て、もっとこう世間のしがらみから解放された甘くて緩いものでは?』


 などという幻想からいち早く脱したイブリンは、サイラスのことは一旦脇に置いて、アデルと出す店の話に引き込まれていった。幻想の中にとどまっていたサイラスは置いてけぼりである。

 


 アデルはどうやら、イブリンの退屈な日々を心配し、彼女の得意なことを褒め、やがて自立に向かえるかもしれない道を示すことにしたらしい。イブリンにしても、店が物になろうとなるまいと、生活の保障はされているのだから気楽だろう。ただサイラスを待つだけの生活よりずっと良いらしい。


 アデルは、夫となったサイラスの尻拭いをしてくれようとしているのか。たまにサイラスにも話が振られたが、最低限のことしか返せなかった。

 

 情けなさと申し訳なさで、サイラスはますます俯いてテーブルの上の紅茶の湯気をひたすら見つめていた。もちろん湯気などとっくに見えなくなり、サイラスの頭上を活発な会話が行き交った。


 ラベンダーだの、ローズマリーだの、オレンジの皮だの、今度は何の話やら、桶だの灰汁だの、一体何をしようとしているのか。サイラスの頭の中を知っている単語が通り過ぎていくが、それらが形を結ばず消えていく。二人は楽しそうだがな。



 後半はひたすら現実逃避している間に、アデルとイブリンは一応の合意に達し、次の打ち合わせの約束をしていた。


 イブリンが帰るというのでサイラスが送って行こうと言ったのだが、


「いいえ、今日は帰ってレース編みの練習をします。このところやってなかったから、下手になってしまったかも。図案集も実家にしかないから、大したものは作れそうにないのだけど」


と、サイラスの申し出を断った。


「それなら最新の技法と図案が載っているパターンブックを購入して、糸と一緒にあとでお届けするわ」


というアデルの言葉には、可愛らしい笑みを浮かべて、


「本当ですか。ありがとうございます。お店で見ても、複雑なものは真似できなくて歯痒かったから嬉しいです。ありがとうございます」


と、素直に礼を言って、イブリンは侯爵家の馬車に乗って帰っていった。



 あれ? 俺って、いる意味あった?




 ともあれ、恐れたような大惨事になることはなく、平和のうちに話し合いは終わったのだが、サイラスは無力感にしばし打ちひしがれたのだった。




読んでいただき、ありがとうございました。

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