15.相談
サイラスは久しぶりに友人のサロンを訪れた。
「よう、久しぶりだな。俺たちのことを、まだ忘れていなかったんだな」
「なんだよ、少しご無沙汰しただけだろう。俺だって色々あるんだよ」
「まあそうだろうな。帰る先が二つもあるしな」
しばらく間が空いても、話し始めれば学生時代の気安さに戻る。サイラスは、リラックスして酒に手を伸ばした。
「そもそもサイラスの顔は見なくても、あちこちで噂を耳にするから、久しぶりって感じがしないな」
一人がそんなことを言いだすと、
「確かに噂には事欠かないな。おまえ結構有名人だぞ」
「俺も聞いた。夜会の話だろう?」
「それの続きだ」
「イブリンちゃんの店も話題になってるよな」
「俺も妹に、行ってみたいから連れて行けってせがまれてる。母親と行けよって言ってるんだけど、婚約者と来た振りをしてくれって。誰に見栄を張ってるんだよ」
などと賑やかに話が続いた。
「何をやっても話題の男だな」
「いや、俺がやらかしたわけじゃないだろう? と言うか、そんなに話題になってるのか」
「みんな噂好きだからね。隙あらば蹴落とそうとするのが貴族ってもんでしょ」
ははは、と陽気に友人たちは笑うが、サイラスは笑っていられない。
「どんな噂か聞かせてもらえないか。家の評判を落としたくない」
「いいぞ、どれから聞く?」
「夜会のその後だ。どんな話になっているんだ」
「例の二人のご令嬢を、侯爵家関連の店に出入り禁止にしただろう?」
「それは事実だ」
「思った以上に関連した店が多くて、あっちでもこっちでも入店禁止を言い渡されて泣いていたらしい」
「いや、女の子が行くような店は数軒しかないはずだが」
と、サイラスが戸惑うと、
「大方、ベルトラン侯爵家に忖度して、それに倣ったんだろう」
と、当たり前のように言われた。
「うちが悪者になってないか」
「それは大丈夫だろう。夜会での一部始終を見ていれば、付き合いを遠慮したくなるさ」
「その後、凝りもせずイブリンちゃんのところに押しかけたんだって?」
「それも広まっているのか」
「すかさずベルトラン家のサイラス様が駆けつけたっていうので、イブリンちゃんの存在が知れ渡ったみたいだな」
「だけど、サイラスと奥方が二人そろって店に出かけて、イブリンちゃんとも親し気に会話をしていたっていう目撃談もあって、さて三人の関係は? なんてゴシップが出回っているぞ」
「おまけに、閉店の札が掛かった店に、間男みたいのが入っていったとか何とか。大丈夫か?」
「あああ、やっぱり疑われるよな。あれは非番の憲兵だ。例のご令嬢が押しかけてきた時に手を貸してくれたらしい。店で買い物をしてくれた客でもある」
「美しき店主に一目惚れか」
「やめてくれ。本当にそんな気配が漂っていたんだ」
「可愛い愛人を持つと気が休まらないな」
友人たちは所詮他人事で楽しそうだ。
「サイラス、俺はお前の立場でのアドバイスはできないが、間男側、横恋慕側の気持ちなら分かるかもしれん。相談なら聞くぞ」
「いらんわ、そんなアドバイス」
「今のところ全方位に円満そうだもんな、羨ましいぜ」
「まったくだ」
そんな風にサイラスの噂でさんざん盛り上がった後、
「だがな、それを良く思わない者も必ずいる。愛人とアデル夫人の揉め事を楽しみにいていた連中とか、イブリンさんのレースの店の成功を苦々しく思っているやつもいる。足元を掬われないようにな」
と、真面目に忠告してくれる友人もいた。
サイラスにも心当たりはあった。
母親から聞いた話だが、アデルに対し、ちゃんとベルトラン家の跡継ぎを産めるのかしら、余所で先を越されないといいわね、などと小声で囁いた女がいたようだ。アデルにだけ聞こえるようにというのではなく、近くの数人には声が届くような絶妙な加減だったらしい。
だが、その女にとって不運なことに、たまたま後ろにサイラスの母親がいたのだ。侯爵夫人は、すっと近づいて、あなたお嫁入り前なのに秘訣をご存知なのね? どこで学んだのかしら、聞くのが怖いわ、と言い捨ててアデルをそこから連れ出した。
この侯爵夫人の言葉で、その女は子作りを成功させる手管があるらしいと印象付けてしまった。夫人が振り返った時、赤い顔をした彼女の周りから人が引き、さっきまで忍び笑いをしていた仲間らしき娘たちも素早く距離を取ったらしい。同類と思われては困るのだろう。あからさまだが、それが社交界で生き残る術だ。
サイラスは母親から釘を刺された。
「いいこと? 子供ができないことで責められるのは女性の方なの。私はあなたを産む前に、二度流産したわ。世間からはハズレ嫁だと言われた。家の中では誰も私を責めなかったし、むしろ労わってくれたけれど、とても苦しかった。あなたが無事に生まれてきてくれて本当に救われたの。それまでの五年間がすべて報われた気がした。でも、結局一人きりしか授からなかった。
だからアデルさんには、そんな思いをさせないであげて。まあ、いざとなったら養子を取ればいいのだけれど、その時はあなたが矢面に立ちなさい」
サイラスはこの話を初めて母親から聞いた。
兄弟が欲しかったと思うことはあったが、自分が生まれたのが、両親が結婚してからずいぶん経っていたのは知っていたので、なんとなく聞いてはいけないことだと思っていた。なんなら、自分のように愛人にかまけていたのかも、などと思ったこともある。真相を知って実に申し訳なく思った。
そんなわけでサイラスは、母親の言葉には神妙に、はい、とだけ答えた。
イブリンの店についても、サイラスには、いささか気になることがあった。いい機会だから聞いてみることにした。
「なあ、家族や婚約者で『銀の針』に行ってみた人はいるか? 又聞きじゃなくて、実際に行った人の感想を聞きたいんだが」
「イブリンちゃんのために市場調査か? マメだねえ」
「いや、商品展開は女性陣を信頼して任せているから良いんだ。店の雰囲気がな、どうかと思って」
「なんだ、なんだ。レースに縁のなさそうな男がイブリンちゃん目当てにやってくるとかか」
「間男予備軍が他にもいるのか」
場が、にわかに活気づいた。
「それなら単純に蹴散らせばいい」
サイラスは何でもないことのように言った。
「まあ、侯爵家嫡男のサイラス様に出て来られたら、たいていの男は逃げ出すよな」
「じゃあ何が心配なんだよ」
「ああ、なるほど、厄介なのは高位のご令嬢なり御夫人か」
サイラスは頷いた。
「イブリンは、小さな店で男爵家や庶民の娘でも手が届くような品を提供したかったんだ。それが、思いがけず人気が出て、口を利くのも畏れ多いような方々が、様子を見に来るようになってしまった」
「それ、姉から聞いたわ。ハーブ石鹸を買いに行ったら、侍女をぞろぞろ引き連れた偉そうな女がやってきて、店内をゆっくり一周した後、『ふうん、全て手編みのレースは置いてないのね。私に見合うお品はないみたい』とか言って、何も買わずに出て行ったんだと。その一団のせいで、店内がいっぱいで身動きできなくて邪魔だったって」
「迷惑だな。初めからどんな店だか知ってて来たんだろうに」
「イブリンちゃん、悔しかっただろうな」
「姉の話では、イブリンちゃんはその一団が出て行くときに、『本日は、ゆっくり、丁寧に、見ていただきまして、ありがとうございました』と、にこやかに礼を言ったらしいよ。『ゆっくり、丁寧に』ってとこを強調して、あたかも見るだけの価値はありましたよね、って確認するみたいに」
「強気だな。カッコイイぞ、イブリンちゃん」
イブリンを褒められて、サイラスは満更でもなかった。
「だろう? それに、後日その侍女の一人がやってきて、何点か買っていったらしい。本人が使うのか、偉そうなご令嬢が使うのかは分からないけどな」
サイラスはイブリンから、胸がすく思いがしたけど、はっきり言ってあの人たちに持っていてほしくないのよね、というのを聞いた。それに関しては出入り禁止にもできないので、波風立てずに接客するしかないだろう。イブリンも不本意そうであった。
「お偉いからって理由で、お客を排除するわけにもいかないもんな」
「その逆はいくらでもあるのにさ」
「まあ、棲み分けが平和だよな」
「そいつが、イブリンさんのところの品が気に入って手に入れたのならまだ良いけど、商品の研究のためだと面倒だぞ」
「類似品を作るためか」
「あり得るだろう?」
サイラスもそれは疑っていた。ただ、真似をしたからと言って、すぐに同じ品質のものが出回るとは思わない。
「しばらくは様子見だな。イブリンも、王都一のレース店にしたいわけじゃない。背伸びしてでも店でレースを買いたいお嬢さんに、夢を見させてあげたいんだと。そこに、研究熱心なアデルと、美しさにはとことんこだわるうちの侍女が加わって、えらい熱量で取り組んだ結果が、あれだ」
「ははは、頼もしいな」
「ついでに領地経営も任せてしまえよ」
「いや、そこまで任せたら、俺の存在意義が問われるだろう? 頼れる領主を目指すぞ」
「どうした、改心したのかサイラス。偉いぞ」
「このままだと俺は、外見以外なんの取り柄もない男だからな。少しは見直されたい」
「ほお、アデル夫人にか」
「ついては、アデルが喜ぶ贈り物をしようと思う。だが、思いつかない。アデルの好きなものや喜びそうなものを、俺は知らないことに気付いた」
サイラスからの急な話題転換に、友人たちは戸惑った。
「どうしたんだよ。これまでだって、アクセサリーやドレスは贈っていたんだろう?」
「まあ、品物を言えば、バティストが見繕ってくれたからな」
「自分で選んだことは?」
「ない」
「まさか、一度もか?」
「アデルに関してはそうだな。イブリンには、一緒に店に行って選んだから、彼女の好みのままだ」
えー、それはどうなんだ、と言う声がちらほら出た。
「それがなぜ今になって、夫人の好みを考慮しようと思ったんだ?」
「先日、アデルから自作したシェービング石鹸をもらったんだ。俺に合うように、使い心地にこだわったオリジナルの石鹸だ。俺はそれが嬉しかった」
「それはそうだろう」
「だからお返しにというか、バティストにも自分で考えろと言われて考えたものの、思いつかないんだ。
なあ、みんな婚約者へのプレゼントはどうやって選んでる?」
「わあ、学生の頃の初心な少年を見ているようだ」
「アデル夫人は、装飾品には関心がなさそうだなあ」
「普段何をして過ごしてるんだ。それに関連したものを考えたらどうだ」
「普段、普段の生活・・・、何をしてるかな」
「おい、一緒に暮らしてるんだよな?」
「食事では顔を合わせるが、あとは、お茶も飲むかな。本を読むのは相変わらず好きそうだ」
「やっぱりサイラスが自分で考えた方が良いだろう。ぜんぜん夫人のこと知ろうとしてなかっただろう。簡単にアドバイスに頼らず、話をするなり観察するなりしろよ」
「それと、間違ってもイブリンちゃんに相談するなよ」
「そうだ! あそこなら、アデルのお眼鏡にかなうものがありそうな気がする」
「やめとけ、デリカシーなさすぎるだろう」
「イブリンとアデルは一緒に商品開発した仲だし、結構意気投合していたぞ」
「話し合ってるのは商品だからな? その他の趣味については分からないだろ、友だち付き合いじゃないんだし。サイラス、お前、自分で気がつかないうちに、何かやらかしてるかもしれないな」
「まあ、失敗も込みで、自力で頑張れ」
結局、生ぬるい励ましを受け、サイラスは帰宅したのだった。
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