12.噂話
「ねえ、新しくできたあのお店、知ってる?」
「『銀の針』でしょう? レースの専門店よね」
「そうそう、ショーウィンドウに飾られた手袋が素敵なの。ほかのお品も見てみたいんだけど、中に入る勇気がないのよ」
「本当ね。入ったところで、手が届く値段じゃないでしょうし、男爵家の娘ごときが、なんて思われたらいたたまれないわ」
とある子爵家のお茶会で、最近開店したばかりの小さな店が話題になっていた。
高位貴族が入るような豪勢な店構えではないが、流行に先駆けてショーウィンドウがあり、商品の展示の仕方にも洗練された雰囲気があった。
若い女性を対象にした店らしいが、おしゃれ過ぎて二の足を踏むと令嬢たちが話をしていると、
「私はこの前、入ってみたわ」
と、今日の茶会を主催した子爵令嬢が話を引き取った。
「まあ、中はどんな様子でした?」
「私たちが入っても大丈夫そうかしら」
「どんなお品が揃っていますの」
「ただ見るだけでも許されるかしら」
令嬢たちが次々と質問を投げかけ、店への関心の高さがうかがえた。
「そうね、決して広くはないのだけど、大きな姿見があるせいか、狭くは感じなかったわ。厳選されたレースのお品と、香りの良いハーブ石鹸が可愛らしく並べられているの。見ているだけで幸せな気分になれるわ」
「わあ、行ってみたいです」
「お値段はいかがですの。石鹸くらいなら私にも手が届くかしら」
「それがね、思ったよりずっとお手頃なのよ」
「機械レースなのかしら」
「ベースになっているのは機械で編んだチュール生地だけど、そこに繊細な刺繍を手作業で施しているの。こちらをご覧になって」
そう言って彼女は、『銀の針』で購入したばかりのショールを披露した。
「素敵ね、このサイズで全部手製なら、とんでもない値段になるわよ」
「ベースが機械レースだから、私にも買えたのよ。店員さんも偉そうではなかったし、今度はお友達もご一緒にどうぞって言ってくれたの」
「それなら行ってみようかしら。自分でタティングレースを編むときのヒントになるかもしれないし」
「あら、図案も売っていたわよ。本だとそれなりのお値段だけど、数点の図案が載ったリーフレットもあったから、皆で違うものを買って、貸し借りするもの良いんじゃないかしら」
「次々と新しい図案が出ますものね」
その日の茶会は、銀の針の話から始まって、自分の作っているレースの話に終始した。
◇ ◇
また、ある日、伯爵家で開かれた昼間のガーデンパーティでも、『銀の針』が話題になっていた。
「あなたの日傘素敵だわ。縁取りだけでなく総レースで裏地をつけてあるのね」
「手袋もお揃いだなんて、さすがね。どちらでお求めになったか聞いてもよろしいかしら」
伯爵家の令嬢二人から詰め寄られているのは、最近、領地から王都に出てきたばかりの子爵家の令嬢だった。
彼女は、王都に行ったら高位貴族のご令嬢の機嫌を決して損ねてはならないと言い含められていた。
この日も、ガーデンパーティならば慣れないダンスもする必要ないだろうし、何より自然光の下で行われるパーティが楽しみだったから、日傘や手袋を失礼のない格のもので揃え、張り切って参加したのだ。
それが伯爵令嬢の目に留まって、身分不相応で生意気だと思われたのだと、子爵令嬢は青くなった。
その怯える様子を見て、最初に声をかけた令嬢が、
「あら、ごめんなさい。咎めているわけではないのよ。その日傘と手袋がとても繊細で美しかったから、羨ましくなっただけなの。私もそこでお買い物をしてみたいから、お店を教えてくださる?」
と、丁寧に言い直した。
「あ、あの、『銀の針』というお店です。ショーウィンドウに飾ってあるこの手袋が気に入って、中に入ったらお揃いの日傘もあって、私、田舎育ちなので日焼けが気になっていて、ついこれも買ってしまったんです」
「そのお店、先ほどもあちらで話題になっていたわね。ハーブ石鹸のお話でしたけど、高級品を扱うお店なのかしら」
「私はそういうことに疎いのですが、お店の人は、庶民の方にも来ていただきたいと言っていたので、安価なものから各種取り揃えているようです」
「そうなのね。私たちが行っては場違いかしら」
「いいえ、他の人の会話が聞こえてしまったのですが、侯爵家の若奥様もいらしているようでした」
「まあ、どなたでしょう」
「お名前までは・・・」
「でも、それなら私たちも気兼ねしないで行けるわね」
「それに、すごく大きな鏡があってびっくりしました。私、あんなに良く映る鏡を見たことがなかったので、自分の顔のそばかすの多さに驚いてしまいました。そうしたら店員さんが、エルダーフラワーの美白石鹸を勧めてくれました。効果があると良いのですが」
「ふふ、そばかすも健康的で可愛らしいけれど、お肌のお手入れは怠ってはだめよ?」
「はい、ご忠告、痛み入ります」
◇ ◇
また同じ頃、とある子爵家のサロンで、その家の娘と、友人の男爵令嬢がお茶を飲みながら話をしていた。
「あれから、お茶会のお誘いもさっぱり来なくなってしまったわ」
と、子爵家の娘が言えば、その友人も、
「私もそうよ。学園にいた頃には、みんなアデル様のことを、冴えないだの野暮ったいだの、さんざん言っていたのに、すっかり態度を変えてしまって」
「そうよ、多少着るものが上等になって、メガネを替えたからと言って、中身はあの本の虫のアデル様なのでしょう。どうしてあんな簡単に外見で騙されるのかしら」
彼女たちは、先日の王宮の夜会で、アデルに絡んできた二人だった。
「学園にいる間、サイラス様は男爵家のイブリン様と睦まじくしていて、アデル様のことなんて全然見向きもしなかったのに。あんなふうに助けにくるなんて」
「おかげで、侯爵家にたてついた下位貴族みたいに言われるし、帰ってからお父様にすごく怒られてしまったわ」
「私もそう。しばらくどこにも出かけずに、噂が下火になるのを待ちなさいですって」
「悔しいけど、アデル様は正式にベルトラン家の若奥様に納まったのね」
「でも、そうしたら、あのサイラス様の恋人気取りだったイブリン様は、捨てられたのかしら」
「ふふふ、そうね、男爵家の娘が侯爵夫人になんてなれるはずがないもの、遊ばれて終わりよ」
「いい気味。私たちにも誰か紹介してって言ったのに、そんなことはできないわ、なんて一人で高位貴族の殿方のところでちやほやされてるの、ホントに腹立たしかったわ」
「今頃どうしているかしら。今ならお茶会に誘ってあげるのに」
「捨てられた経緯をじっくり聞き出して、慰めてあげましょうか」
「あはは、それ楽しそう。すっごく優しくしてあげるわ」
などと、笑いながら品のない相談をしていると、ノックと共に子爵令嬢の義姉、つまりは次期子爵夫人が現われた。
「あなたたち、いい加減になさいな」
「なあに、お義姉様。お友達が来ているのよ。邪魔しないで」
「あなたたちの会話が聞くに堪えないから、忠告に来たの」
「まああ、盗み聞きしていらしたの、いやらしい」
「あんな大声で笑っていれば何ごとかと思うじゃない。話し声だって廊下に丸聞こえよ」
「家の中だから別に構わないでしょう?」
彼女の義姉は、はあ、とため息をつきながら、指先をきれいに揃えた手で額を押さえて言った。
「あのね、そういう態度だから、外でも不用意なことを口にしてしまうのよ。それに家の中でだって、使用人が聞いているでしょう? 彼らの伝達能力を侮ってはいけないわ。いったん門から出た話は、誰にも止められないのよ」
「そんな堅苦しいことばかり言っているから、お義姉様にはお友達がいないのよ」
「自分の価値を下げるようなお友達なら、私はいらないわ」
そばで黙って聞いていた男爵令嬢が、眉間にしわを寄せた。
「それ、私のことですか」
「そう聞こえたのね。自覚があって結構だわ」
男爵令嬢の顔にみるみる朱が差した。
「その上からの感じ、イブリン様に通じるものがありますね。あなたも旦那様に捨てられないといいですわね」
「何を言っているのかしら。イブリン様がどうしてそこに出てくるの。捨てられるって何?」
「お義姉様は、サイラス様に捨てられたイブリン様のことをご存じないのね。人を見下してると、頼りにしていた男性にいずれは捨てられるって話よ」
子爵令嬢が得意そうに言うのを聞いて、義姉は心底呆れたように、
「あなたたちは、世間を知らなすぎるわ。貴族にとって情報は命。イブリン様は、サイラス様に捨てられてなんかいないわよ」
「嘘よ。アデル様とあんなに親密そうにしていたのよ。愛人として続いていたとしても、ろくな手当もないんじゃないかしら」
義姉はいくぶん可哀そうな者を見る目になって、
「お義父さまの命じた外出禁止、交流禁止の結果ね。世間から取り残されているわ。あのね、イブリン様は、サイラス様に放っておかれるどころか、侯爵家の後援でお店を持ったみたいよ」
と、最新の情報を告げた。
「どうせ小さな雑貨屋か何かでしょう。愛人の癇癪を抑えるための気晴らしに与えたのね」
「そうだ、私たちが冷やかしで行ってあげない? イブリン様のお店なんて、どうせ暇でしょう」
「あなたたち、本当におめでたいわね。行ったところで入店禁止よ。入口で止められるわ」
「どうしてよ」
「王宮の夜会の後、サイラス様があなたたちのことを周りに確認していたわ。それでうちにも侯爵家の寄子である伯爵家を通して注意があったのよ」
「嘘!」
「もうアデル様に関わるなということと、侯爵家の息のかかった店への出入り禁止を言い渡されたわ。まあこれは、やらかしたあなた本人に限ってという温情をいただいたのだけど」
「ふ、ふん、いいわよ、イブリン様の店に行けないくらい」
「ということは私もかしら」
「ええ、あなたの男爵家にも注意は行っているはずよ。これから身と口を慎むべきね」
「ちなみに、イブリン様のお店って、どんなのかお義姉様はご存知?」
「レースとハーブ石鹸のお店よ」
「なーんだ、やっぱりその程度ね」
「店構えこそ小さくて可愛らしいけれど、ベルトラン侯爵家が後援しているだけあって、ショーウィンドウから見える商品がとにかくセンスが良いの。『銀の針』という名前で、今では伯爵家の方も訪れるそうよ。たまにアデル様とサイラス様が一緒に現れて、イブリン様と親しく会話をしているそうだから、なんだか上手くいってるみたいね」
「そんな」
「だから、あなたたちが期待するような没落物語は始まらないわ。それより自分の身の振り方を心配したら? 縁談が果たして来るかしら? いつまでも居座ってもらっても困るんだけど」
言いたいことを言ってすっきりした義姉が部屋を出て行くのを、子爵令嬢とその友人は呆然と見送った。
「わたしたち、どうなるのかしら」
暗澹とした気持ちで、二人は冷めきったお茶に口を付けたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




