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サイラスとアデル  作者: バラモンジン


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11/15

11.貴族の義務

「お呼びでしょうか、父上」


 サイラスが侯爵の執務室に入ると、いつもはいない母親がそこにいたことで、呼ばれた用件の見当がついた。正直、回れ右して帰りたくなった。


「サイラス」

 

 呼びかけたのが母親なので、これは逃れられないとサイラスは腹を括った。


「あなたには、何事においても、まずアデルさんを優先しなさいと言ってあったわよね」


「はい」


「先日、イブリンさんとは一日郊外に出かけたそうね。アデルさんとは、最近どこかに行ったのかしら」


「いえ、サロンでお茶をすることはよくありますが」


「それだけ?」


「ええ、アデルも忙しいようで、よく出かけているのです」


「そういえばアデルさんには、いずれ私の仕事を引き継いでもらうために、修道院や施療院に一緒に来てもらったり、お茶会に連れて行ったりもしていたけど、サイラスとの時間を奪っていたかしら」


 侯爵夫人は、頬に手を当てて考えている。


「アデルはそのほかにも、店の内装や商品のことで、しょっちゅうイブリンのところに顔を出していて、俺よりもイブリンに会っているのはどうなんだろうと思うくらいです」


「あらまあ、あなた一人仲間外れなのね」


「笑い事ではないですよ。二人が険悪なのよりはずっとましですが、俺はそこに入り込めないですからね」


「あら、どうして?」


「いや、母上、分かっていて聞いていますよね」


 いつぞやの愛人と正妻の話し合いのように、ひたすら身を縮こまらせている状況は懲り懲りだ。


「それより、用件をお願いします」


「分かっているでしょう。跡継ぎのことよ」


 来たか。そうなのだ、分かっている、貴族の義務だ。だが、なんというか、時を逃がした感が強い。


「ええ、それは重々承知しているのですが・・・」


「ですが?」


 侯爵夫人が逃げ道を塞ぐ。


「まさか、イブリンとの子を願っているのではあるまいな」


 侯爵の追撃も来た。


「それはありません。アデルとの子が跡継ぎです」


「なら、何をためらっているの」


 そう聞かれて、サイラスは言い淀んだ。


「その、今さら気まずいというか、すでに家族なのに、というか・・・」


 ふっ、と侯爵夫人が吹きだした。


「あなた何を言っているの。夫婦なら、家族を増やしなさいな」


 夫人は楽しそうに笑っている。


「まあ、なんだ、急ぐことはないが、彼女が社交界で恥をかいたり、揶揄されるようなことがなければ良いのだ」


「そうよ、貴族夫人方の批評は辛辣ですからね、アデルさんが夫に顧みられないから愛人に取り入ってる、なんて陰口が叩かれるのは避けたいの。イブリンさんのお店が軌道に乗るまでは大目に見ますけど、その後は努めて一線を引くようにアデルさんを諫めなさい」


「ベルトランの名もアデルさんの名誉も、守るのは次期侯爵たるお前の役目だ」


「分かりました、肝に銘じます」


 そう言って頭を下げ、サイラスは執務室を辞した。


 扉が閉じた執務室の中では、侯爵夫人がまだ笑っていた。


「あの子、あんなに奥手だったかしら。学園にいる頃からイブリンさんを囲い込んで粋がっていたのに、アデルさんには本当に弱いのね。今さら気まずいって何なの。ああ、おかしい」


「まあ、そう言ってやるな。結婚式の夜から一週間も新妻を袖にしていたんだ。見違えるほどに美しく整えられたからと言って、急に態度を変えることもできなかったのだろう。おまけに愛人の存在もある。頭が上がらなくなるのも、分からんでもない」


「もうすでに家族として認めているのですから、時間の問題ね。早く可愛い孫が見たいわ」


「それはアデルさんには言うなよ。サイラスの問題だから」


「そう? アデルさんなら、あっけらかんと言いそうだわ、跡継ぎを早めにと望まれています、とか」


「それを言われたら、ますますサイラスが自信をなくしそうだ」


「そうね。もう少し待ちましょうか」


 侯爵夫妻は、若い二人をそのまま見守ることにした。



 そんな両親の会話など知りもしないサイラスは、アデルになんと切り出そうか、それとも自然にそういう雰囲気に持っていくにはどうしたらいいかなどと考えながら歩いていた。


 すると向こうからアデルが速足で近づいてきた。


「サイラス様。良い所でお会いできました。相談があるのです」


 アデルはニコニコと嬉しそうだ。


「じゃあ、いつものサロンでお茶をしながら話そうか」


「はい」


 アデルは侍女たちと足取りも軽くサロンに向かって行く。サイラスはその後ろ姿を眺めて、一体何の相談かと不安になった。先ほど両親から言われたことが尾を引いていて、もしやアデルの方から何らかの提案があるのではと不安になった。


 女性である彼女の方からそれを言わせるのも、また、アデルの場合、どんな身も蓋もない言い方をするのかも分からず、正しく対応する自信がない。


 サイラスは思わず後ろに控えている侍従に、


「なあ、アデルの相談て、何だと思う?」


 などと、聞いても仕方のないことを訊ねた。


「さあ、アデル様のことは、学生時代からご存知であるサイラス様以上のことは想像がつきません」


「だよなあ」


 サイラスは諦めて一度自室に戻り、気楽な服に着替えてから、サロンにいるアデルの元に急いだ。



「サイラス様、お時間を取らせてしまい申し訳ありません。イブリン様のお店がもうすぐ開店するでしょう? サイラス様から何かお祝いを贈る準備をしていらっしゃいますか」


 サイラスがソファに座って気を引き締める間もなく、アデルが話を切り出した。


「え、いや、ドレスを贈ろうとは思っているんだけど、どうしたの。アデルからも何か贈ろうとしているのかな」


「はい、それが少し高額なものですから、私一人から出して良いものかと迷いまして、できることならサイラス様と私からの開店祝いとさせていただけないかと思ったのです」


「それはどういったもの?」


「姿見です。レースのショールや、袖飾り、襟飾りなどを当てて全体のバランスを見るためには、頭からつま先まで映る鏡があった方が良いでしょう? ただ、鏡は以前よりだいぶ安くなったとはいえ、大きなものとなると値が張ります。正妻が愛人に対して財力をひけらかしているように受け取られたくないのです」


「なるほど、全身鏡があれば、店の格も上がるだろうしね」


「計算上は、身長の半分の長さがあれば全身が映りますが、やはり床から背の高さくらいまではほしいと思うのです。それに、ドレスの裾は広がっていますから、横幅もそれなりに必要でしょう」


「いいよ、わかった。我がベルトラン家が後ろ盾だといずれは知られるだろうから、見栄えも大事だな。歪みのない上等なものを手配しよう。装飾と実用を兼ねた素敵な贈り物だね。イブリンも喜ぶだろう」


「ありがとうございます。なんだか自分のことのように楽しみなのです」


「ずいぶん親身になって協力していたものね。ただ、営業を開始したら、そこを区切りとして、アデルが経営側として深く関わるのは控えてほしい」


 アデルは一瞬、寂しそうな顔をしたが、


「そうですね。私の役目はここまでです。あとはイブリン様の手腕にかかっています」


と、最初の約束通り、距離を置くことに同意した。


 しかし、その聞き分けの良さがサイラスには物足りなく感じた。アデルはもっと我がままを言って良いのに、と。だから、つい言ってしまった。


「だが、時々は客として一緒に出向こう」


「良いのですか!」


「顧客としての目線で、印象をや希望を述べるのは構わないだろう」


 サイラスがそう言うと、


「色々買って、お茶会で紹介します。それなら良いでしょう? お薦めしたい商品がたくさんあるのです」


と アデルは宣伝を任されたと張り切りだした。その切り替えの早さと前向きさに、またもサイラスは押されてしまい、アデルが眩しく見えた。



 アデルと侍女たちは、あの手袋はまずお勧めしたいとか、タティングレースの袖飾りもこれまでにない編み模様ですからぜひ見ていただきたい、などと、サイラスのことを忘れたように盛り上がり始めた。


 置いてきぼりをくらったサイラスは、んん、と咳ばらいをした。


 ぴたりとおしゃべりが止んで、アデルたち四人の瞳が真っ直ぐサイラスに向いた。


「申し訳ありません、サイラス様。つい、いつものレース談議になってしまいました。私からの相談はこれだけですが、サイラス様の方から何かありますか。最近、食事も時間が合わずにお話ができないこと日が多いですね。イブリンさんとはいかがです。ちゃんと訪ねていますか。彼女も根を詰めすぎて心配だと、交替で戻ってきたメイドが言っていましたわ」


「うん、気晴らしに郊外に連れ出したりしてるよ」


と答えながらも、サイラスはイブリンの話から逃げたくて違う話題を探した。


 とっさに頭に浮かんだのは、先ほどの両親との会話である。貴族の義務、跡継ぎを作れと。


 だがしかし、直接的なもの言いは避けたい。遠回しに匂わせて、いや、遠回しだとアデルは気付かない。遠そうで近くて、下品にならず、生々しくもなく子を作る話題は・・・。


 サイラスが話を続けず、視線を空中に投げていると、


「まあ、よほど楽しかったのですね」


と、アデルからはサイラスが余韻に浸っているように見えたようだった。いや、違うのだ、と言うこともできず、とっさに口を突いて出たのが、


「アデルは、羊の交配を見たことがある?」


という問いだった。


 サイラスの後ろに立つ侍従は、その葛藤を理解しているだけに、ああ、なぜそんな方向から行くのです、と主人の不器用さを心の中で嘆いた。


 唐突な話題転換に、アデルの侍女たちは驚いたが、アデルだけは、


「まあ! 羊の品種改良にサイラス様もご興味がおありですか。母からはふた月に一度、研究の進捗状況を記した手紙がユベール家のタウンハウスに届きます。最近は実家に行っておりませんので、気にはなっていたのです。今度ご一緒しませんか。交配に関する資料もたくさんありますよ。羊毛は、より細く、長く、柔らかくを目指して交配を進めています。

 そうだ、一度、ユベール家の領地に行ってみませんか。羊って可愛いんですよ。時季を選べば、交配の様子も見ることができるかもしれません」


と、早口でまくし立てた。


 サイラスはその熱量に、やや引きながらも、


「小旅行がてら行くのもいいかもね」


と、無難に返した。内心では、自分たちの子供はどんな子になるだろうか、という話に続けるつもりが、領地の羊見学に行くことになってしまい、ここからの挽回の方法が思いつかなかった。



 後でそれを侍従にこぼすと、


「まったく、羊の交配からではどうしたって無理がありますよ。ですが、小旅行となれば、途中で同じ部屋で寝ることになるでしょうし、チャンスはあるのではないですか」


という励ましを受け、なるほどと、サイラスの気分はすこし浮上したのであった。

 


読んでいただき、ありがとうございました。


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