第九章 禁色の夢
その夜、奇妙な夢を見た。
自分はまだ子供の姿で、禁色を着た男と向かい合っていた。
「ちちうえ。」
話しかけてみても、男は返事をしない。
「ちちうえ。」
どうにか関心を引こうと、繰り返し呼びかける。
ようやく男が口を開いた。
「先ほどからなんの御用ですか、叔父上。」
歪んだ笑みが、男の顔に張り付いている。
あたり一面から、せせら笑う声が聞こえる。
誰かが囁いた。「不義の子め。」
目が覚めると、涙が頬を伝っていた。
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それからしばらくは、穏やかな日々が続いた。
桔梗と僕は、相変わらず毎日本殿で他愛のない話をして過ごしていた。
ある日、いつもの時間になっても彼女が現れない。体調でも悪いのだろうかと気を揉んでいたところ、一人の従者らしき男が現れた。
桔梗と母君の屋敷に向かった際に付き従っていた者だろう。
「柊様、姫様より文を預かって参りました。」
渡された文には短くこう書かれていた。
『今日は行けない。また明日、必ず。』
理由は書かれておらず、心配になった僕は従者に桔梗になにかあったのか尋ねた。
「姫様は、さる裕福な御仁とお見合いをされているところです。」
お見合い──たった一語が、僕の胸に突き刺さった。
なぜ今まで考えなかったのだろう。桔梗は身なりからして庶民ではなく、嫁いでいてもおかしくない年頃だったのに、そんなことにも気づかず、当たり前に毎日会えると思い込んでいたのだ。
嫁いでしまったら、今のように気軽に会うことなどもうできないだろう。唯一の友を失う喪失感と、チリチリと胸を焦がすような感情が心に渦巻いた。
「姫様には、幸せになっていただきたい。たとえ何があろうと、姫様を愛し続けてくれる方に。」
愛──その言葉を聞いた途端、僕は、自分の心が遠ざけていた愛にいつの間にか囚われていることに気づいた。
僕は桔梗を想ってしまった。
背の花蘇芳の痣が、枝を伸ばしていた。




