第七章 夢に囁く女神
そこには、母上の悔恨と祈りが綴られていた。
『我が子へ。身勝手な願いかもしれませんが、あなたと生きて再び会えなかったことが、私の生涯で最も大きな心残りです。今さらと思うでしょうが、母と父、そしてあなたに起きたことをここに残します。』
文は静かに始まり、やがて苦しい記憶へと移っていく。
父上と母上は仲睦まじい夫婦で、長い間子を待ち望んでいた。母上が身ごもったとき、二人は歓喜し、縁のあった蘇芳神社に祈願へ赴いた。
だがその夜から、父上は夢に囚われるようになった。
女神が現れ、「それはお前の子ではない」と繰り返し告げる。
最初は幻だと笑い飛ばそうとしたが、夢は次第に鮮烈さを増し、妻と見知らぬ男の逢瀬が繰り返されるようになった。現と夢の境は崩れ、父上の心は次第に蝕まれていった。
出産が近づく頃には、父上の耳には女神の声しか届かず、生まれてくる子を手にかけようとまで思い詰めていた。
母上は必死に抗い、我が子を守るため、蘇芳神社の神主に託した。
その後、父上は錯乱の末に命を落とし、母上も病に伏した。
落ち着いたのちには子を迎えに行こうとしたが、父の死後に家督を継いだ兄弟たちから存在を醜聞とされ、会うことすら叶わなかったという。
『愛とは、これほどまでに脆く崩れてしまうものなのか。』
遠いものと思っていた恋や愛が、急に恐ろしく感じられた。




