第五章 居場所
そこには、いつものように桔梗がいた。
莢蒾色の衣に身を包み、静かに佇んでいる。
「桔梗。」
僕の声に反応して、桔梗が振り向いた。
僅かに目を見開き、静かに僕の横まで歩み寄り、手を軽く握った。
「顔色が悪いわ。どうかしたの?」
なんと答えればいいかわからず、僕はしばらく無言で立ち尽くしていたが、桔梗は急かすわけでもなく、黙って僕の手を包んだ。
「母上が…亡くなったと。」
「母上…?あなた、孤児ではなかったの?」
僕は、先ほど神主から聞いた事実を桔梗に話した。
まだ現実として受け止められず、まるでどこかの誰かの話をしているかのように感じた。
「それで、今から葬儀に向かうのね?」
桔梗は強く手を握り、問いかけた。
「行くべきか、わからないんだ。急に母君と言われても実感がわかないし、不義の子として捨てられた僕に居場所があるとは思えなくて。」
僕は、今まで生きてきた道がすべて暗闇に包まれ、過去も未来も靄の中にあるように感じた。
「でも、遺書にあなたのことが書かれていたのでしょう。最初で最後の機会なのだから、行ったほうがいいんじゃない。」
「書いてあったと言っても、好意的だったとは限らない。その場にいることを否定的に捉える人もいるだろうし。」
神主に聞いた生い立ちと、預けたとはいえ一度も会いに来なかった事実が、僕の足を竦ませた。
「なら、私も一緒に行くわ。それなら少なくとも、あなたがその場にいることを肯定する者が一人はいることになるでしょう。」
その言葉に、驚きとともになぜか懐かしい気持ちが胸に湧いた。




