第三章 女神の思し召し
来る日も来る日も、桔梗は本殿にいた。
僕も自然と、そこで彼女と関わることを密かな楽しみとしていた。
赤子の頃、この神社で拾われてから、参拝客の案内程度を除けば、関わる人といえば神主くらいだった。
だから桔梗の存在は、とても新鮮に感じられた。
「今日は拝殿のほうが騒がしいわね。」
姫金魚草の描かれた衣を身に纏い、桔梗は難しい顔で立っていた。
「最近、ここに祈願しにきた若い娘が、自分を袖にした男に襲いかかったらしい。
娘は『女神の思し召し』と叫んでいたから、物珍しさで参拝に来る人が多くてね。」
「そんな話を聞いたら、怖くて近寄らないものじゃないの?」
桔梗は、理解できないというように眉をひそめた。
「そうでもない。どうも襲われた男のほうが、いろんな娘に唾をかけていたらしく、女神が悪い男に天誅を下してくださったと信仰を厚くする者がいるくらいだよ。」
「襲われた男も男ってことね。」
この話は、世間ではただの痴情のもつれとして、徐々に忘れ去られていった。
僕や桔梗にとっても、同じだった。
――背の痣が、時々棘に刺されたように痛むようになった。




