第十五章 后となりて
転機は、あまりにも突然に訪れた。
上皇に、新たな皇子がご誕生になったのである。
蘭様はすでに即位の儀を済ませていたが、上皇はこの皇子を「正統なる血筋」として殊のほか寵愛している様子であった。
その影は、蘭様の后選びにも及んだ。
蘭様が権力を握ることを苦々しく思った上皇は、有力貴族との縁組をすべて反故にしてしまわれた。
やがて新たな皇子の立太子の儀が行われ、権力者たちはことごとく皇太子の派閥につき、蘭様は事実上ただの「つなぎの帝」として扱われるようになってしまった。
それでも体裁として后を迎える必要はあった。
その白羽の矢が立ったのが、政治的な野心も力も持たぬ我が家であった。
そして私は、ついに憧れの蘭様の后となったのである。
とはいえ、皇后となっても蘭様には実権はなく、政治的な催しにはほとんど呼ばれなかった。
日々は穏やかで、自然に包まれ、歌会や貝合わせにいそしみながら、仲むつまじく過ごしていた。
宮廷で何が起きているのかなど、ひとつも知らぬままに。
しかし、ある時分から、朝議からお戻りになる蘭様のお顔色が日に日に冴えなくなっていった。
「何か、お困りなのでしょうか。私にも、その重荷を共に背負わせてはくださいませんか」
私がそう申し上げても、蘭様はただ困ったように微笑むばかりであった。
――あれは、いつ頃からだっただろう。
蘭様が悪夢にうなされるようになったのは。
きっと政治的に難しい立場におられ、心労が絶えなかったのだろう。
それなのに、私にはただ手を握り、寄り添うことしかできなかった。




