第十章 踏みにじられても
翌日、桔梗は宣言通りにやってきた。
特に変わった様子もなく、いつも通りに見える。
僕だけが、彼女への自覚した感情と嫉妬で平静を欠いているようだった。
「昨日は、見合いだったと聞いたけど。」
「あら、手紙にそんなこと書いたかしら。従者が話したのね。」
桔梗は肩をすくめて笑った。
「その人と夫婦になるつもりなの?」
思わず踏み込んだことを口走ってしまい、無礼だったことと、返事を聞きたくない気持ちで慌てて訂正しようとした。
だが、その瞬間、桔梗がカラカラと笑い始めたので、その機会は得られなかった。
「夫婦?そんなわけないわ。だいたい両親だって私が本当におとなしく嫁ぐなんて思ってないもの。形だけよ、あんな見合い。」
その答えを聞いて、思わず息を吐いた。手のひらに食い込んだ爪の痛みにようやく気づく。
「それに、」
桔梗が何か言おうとして、僕に微笑みかけた。しかし、その後に続く言葉はなかった。
「ねえ。」
僕は意を決して、彼女に問いかけた。
「桔梗の想い人って、どんな人なの?」
桔梗は一瞬目を丸くし、俯きがちに答えた。
「優しくて芯の強い人だった。どれだけ踏みにじられても、愛することをやめない人。」
その言い方はまるで、故人のことを話すようだった。桔梗の瞳には、わずかに痛みのような感情が見え隠れしていた。
「本当に、素敵な方よ。」
桔梗は、僕の顔をまっすぐに見据えていた。




