時の狭間に、神の随に
投稿遅れました。申し訳ありません。
いらっしゃいませ。
あの時私は、一体何を思っていたのだろうか。
希望を持って、生きていたのだろうか。
「………なんで」
そう、過去を振り返って、自分の愚かさを呪った。
障子の紙を透かして、陽の光が部屋をやわらかく照らす。
暖かな光の中で、布団の中で、目を覚ます。
「……ふわぁ…」
まだ少し眠い気もするが、二度寝する気にもなれなかった。
ふと傍を見ると、湊人がまだすやすやと眠っていた。
何とも安らかなその寝顔は、どこか儚さも感じさせて。
「…昔から人の夢って儚かったのかな」
そう一人で呟き、布団から出る。
最近物思いに耽ることが多くなり、長いときには2時間近くぼーっとしてしまうこともあった。
「……私たちはこれからどうしていくのかな…?」
今は1921年。
第一次世界大戦が終わってまだ2年。
日本は大戦景気の名残を享受しているところだろう。
しかし約16年後には日中戦争が、約20年後には太平洋戦争、もとい大東亜戦争が起きる。
そして、日本は、初めてと言ってもいい、敗戦を味わうこととなるのだ。
このままいけば、湊人は………
「……ん?」
湊人は自分で1908年にここに来たと言っていた。
ならば高校一年生の16歳であった湊人は今は29歳となっている筈だが、あの顔はどう見てもあれから2、3年経っているぐらいの老け具合であった。
これもまた、幻想世界が何か関係しているのだろうか?
そう思ったが、仮に関係していたとしてもそれを考察する意義が見出せなかったのでやめた。
ふと、部屋の片隅に置かれている新聞を手に取る。
『日本つひに仏国と同盟締結!』
『東南亞での利権拡大へ向けて一直線!』
『はたして国内総生産は佰十九億円!』
あまり歴史は詳しくはないが、日本がフランスと同盟を結んでいた覚えがない。日英同盟はそろそろ破棄される頃だろうが。
しかし日本が東南アジアに権益拡大し始めたのはアメリカのハル・ノートまで続くオレンジ計画及びABCD包囲網によって不足した石油、天然ゴム、その他鉱産資源確保のためであって、こんなにも早い段階で権益を獲得しようとしていたのは知らなかった。歴史を学び直さねばと思っていると、ふと気になる記事を見つけた。『終に一國に全ての京が集まれり!』
全ての京とはいったい何のことなのだろうか?
ある時に湊人が言っていたことを思い出した。
「新京はあるんだけどな、古京はないんだよなぁ」
この考え方でいくと、全ての京、なのであれば……東京、北京、南京、新京。
東京以外は全て現代でいう中国、この時代で言うところの満洲と中華民国である。
つまりは日本はすでに中国を征服していることとなる。
「……えっ?じゃあ日中戦争って…?」
明らかにおかしいことに気づいたが、自分では何が起きているのか理解しがたい。後で湊人に聞いてみることにした。
何かと湊人に頼ってばかりだな、と自戒しながらも、自身の無力さも自覚しているがために不思議な感覚を味わう。
何でこんな内容を考えなくてはならないのか、と自問自答していると、突然奇妙な光景が目に浮かんだ。
巨大な雲。
瞬く間に視界を覆うかのような大きさになってゆく。
地上は風が吹き荒れ、街は崩壊している。
全身焼き爛れた人々が路上に倒れ込んだり、ゆっくりと歩いたりしている。
「原爆………」
しかし、その光景には何か違和感があった。
ずっと見ていると、それの原因に気づく。
「…ここ日本じゃ無い…?」
日本にありがちな木造住宅ではなく、コンクリートでできた家。
パンを片手に道端に座り込んでいる人。
一体どこなのだろうか?
思わず目を開ける。が、手に握られた新聞は先ほど読んでいたものとはまるっきり違っていた。
『犬養首相凶弾に斃れた、その真実に迫る』
思わぬことに周りをキョロキョロすると、真横に見覚えのある女性が立っていた。
柔らかな印象のワンピースのような服に、カチューシャのような髪飾り。
「……ミヌシューラさん…?」
「……」
ふと彼女の顔に何かの面影を見て。
「…どうしてこんなところに?」
「……」
何も答えてくれない。
だが。
はっきりとしていたのは、彼女のまとっている雰囲気が決して友好的でないということだった。
「…ごめんなさいね」
突然、ボソッとミヌシューラさんが呟いた。
何か嫌な予感がして腰の銃に手をかける。
ミヌシューラさんが右手を頭上にかざすと、手の上に光が集まり始めた。
一体何だったのかは分からない。
何をしようとしていたのかも分からない。
けれど、何か悪意を感じた。
瞬間、炸裂音と共に手に反動を感じた。
手に握られているのは、拳銃。
目を開けると、そこには腹を押さえているミヌシューラさんの姿があった。
手の間からは絶え間なく血が溢れてきている。
「………?」
おかしい。
拳銃の銃創からはそんなに出血するはずがない。
ふと銃から排莢された空弾を見てみる。そこには10.4mm×30と書かれている。
「……えっ?」
10.4mmというのは、軽機関砲と同じぐらいである。よって殺傷能力はとても高いと言える。
まあ湊人の知識の受け売りだが。
再びミヌシューラさんの方を見るが、誰もいない。
「……へ?」
一体どこに行ったのだろうか。
最近は疑問符が浮かぶことばかりだ。
ようやく慣れてきたが、それでも精神的にはやっぱり疲れる。
部屋の中を探し回るが、やはりいない。
すると突然、視界が白くなり始めた。
嫌な予感がする。
必死に抗おうとするが、なすすべもなく意識は呑まれていった……
「………?」
目が覚めると、そこは見覚えのある空だった。
「……幻想世界……?」
ふと背後に気配を感じて振り返ると、そこにはミヌシューラさんが立っていた。
しかし今度は悪意は感じない。むしろ謝意を感じる。
「……今まで、黙っていてごめんなさいね、玲唯。」
ぽつり、と話し始める。
「元々、私は某王国、アーケンス王国の革命分子を増やしてあげようとして、稲村くんを呼んだつもりだったの。…まあ力加減を間違えて、学校中の人を送ってしまったのは…ね。そして、貴女も現実世界に帰してあげようとしていたんだけど、貴女と稲村くんは幼馴染、もとい親友だったから、貴女だけは残しておいた。そして、そこからは順調だったのだけど……まさか、かつての親友に会うとは思ってもみなかった。まさか王国ごと消し飛ばしてしまうともね。結局、貴女たちは離れ離れになってしまった。でも、それは私が望んだものではなかったし、そもそも王国打倒が目的だったのだから、その目的を果たした稲村くんに嫌な思いをさせる、というのは不本意だったのよ。で、貴女を現実世界に戻そうとしたら、間違えて1921年に送ってしまった。………そこで、思い出したことがあったの。………天月…って侍女がいたでしょう?……………あれもまた、以前幻想世界に来ていた者なのよ。それこそ幻想世界を経験した人たちを集めるべきではないか、と思って、稲村くんを1921年の時にまで戻した……とまあここまでが経緯ね。」
なるほど。
だが、湊人はまた別の考察をしていた。
「……湊人から私の記憶を奪った理由を教えていただけませんか?」
するとミヌシューラさんはさぞ当然かのように即答した。
「かわいそうだからよ。だって、もう現実世界にいない想い人をいつまでも想わせるのは酷でしょう?」
確かにその理由であれば何も不思議ではない。
ふと彼女の顔を見る。
だが、目に浮かんでいた感情は、決して正のものではなかった。
「………でもね、玲唯。貴女が、仮にいなくなっても、もう誰も気にしたりはしないのよ?」
突然かけられた言葉は、あまりにも残酷だった。
「……え、えーっと……どういう…?」
「……もういいわね、話してしまっても。貴女が元の世界に戻ることはないから。天月、いや、天月輝夜。あれは、私の妹なの。妹の恋路を邪魔して、穢した貴女には消えて貰おうと思って。始末しようとしただけよ。まさか反撃に遭うとは思わなかったけど。」
まさかの感情と状況の逆転に驚かざるを得ない。
それに、状況も混沌とし過ぎていて理解に苦しむ。だが、天月さんがミヌシューラさんの妹だということは、不思議と受け入れられた。
次の瞬間、いきなり地面に叩きつけられた。
続いてミヌシューラさんが左手に光を集め始める。
「……あら?もう銃は撃たないのかしら?」
その皮肉めいた言葉に、頭の中で電流が走ったような気がして、あることを思い出した。
急いで胸ポケットを探る。
手に握られているのはあの時に作った人型をした紙切れだった。
ミヌシューラさんは怪訝そうに見ているだけだ。
それを右手に持ち替え、小さく、口の中で詠唱する。
「……幻影位相」
瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
意識さえもぐにゃぐにゃ、ぐちゃぐちゃになる。
高いエネルギーが一点に集中する。
目眩でもしたかのようにミヌシューラさんが倒れ込む。
そして地面が揺れ、軋み、悲鳴をあげる。
ものすごい轟音を立てながら地面に亀裂が入る。
すると突如、浮遊感を味わった。
みると、足元が崩れている。
地面が、空が、世界が、堕ちてゆく。
徐々にまばゆく光り始め、白くなってゆく。
眼下には何もない。
ただひたすらに堕ちていった。
何時間が経っただろうか、と考えることすら無意味な、気が遠くなるような時間が経った。
ふと、風圧を感じる。
瞬間、周りで堕ちている物体の下側が真っ赤になり、熱せられ始める。
断熱圧縮だ。
そう思う間もなく、下の地面が消滅した。いや、蒸発した。
とてつもない速さの風の暴力を食らい、意識が飛ぶ。だが、いつまでも空気に焼かれる気配はない。朦朧とする意識の中で必死に目を開ける。そこに見えたのは、学校だった。上から見た学校。周りをみると、白く、眩くひかる物体が、堕ちてきている。
その時、これが何を表しているかに気づいた。
「———あのときの」
私と、湊人が、幻想世界に飛ばされた日。
どんどん近づいてくる地面を見据え、今頃湊人と逃げているであろう「玲唯」に伝える。
「………湊人を受け入れてあげて」
あの時、自分が聞いた言葉を。
あの時、湊人を受け入れた理由を。
過去の私に伝えなくては。
そう、理由もわからず、思った。
次の瞬間、地面に激突し、意識を失った。
いかがでしたでしょうか?
今回も相変わらずの内容ですが、お読みいただきまして本当にありがとうございます。
もし、お気に召していただけましたらぜひ!感想もよろしくお願いいたします!