平行世界と時間旅行
いらっしゃいませ。
深い眠りから覚めた時、隣には湊人がいた。
私が起きたことに気づくと、思いっきり抱きついてきて泣いて喜んでいた。何だか懐かしいような気がした。
しかし一体どうして湊人はここに戻ってきたのだろうか。
湊人にそのことを訊ねると、少し困ったような顔をした。
「……まああれだよ、時間旅行だ、別の世界線の玲唯に会って、事情を聞いたから、時間を遡ったってわけだ」
「…つまり別の世界線の私は」
そう言うと湊人が私の頭を抱え込んで言う。
「…それ以上は想像しなくていい。したところでいやな気分になるだけだ。」
そう言われても気持ちは晴れなかった。
「…ねぇ湊人」
「どうした」
「どうしたらあのことを、あの感覚を忘れられると思う?」
湊人は少し笑った。
「…よくそういう小説であるような感じだったら『そんなこと俺が忘れさせてやるよ』みたいな感じなんだろうけどな…僕はそんなことはできないしな」
「……出来ないの?」
「……ん?」
「……湊人じゃ、私を、救えない…の?」
意地悪な質問だとは思ったが、そうしてでも何かに縋りたかった。
湊人が黙り込む。
沈黙の中でふとあることに気づく。
湊人はあの時、一人称が「俺」だった。
今、私と話しているときも、手紙の時も、一人称は「僕」「私」だったのに、あの時は「俺」だった。そのことは何か関係があるのだろうか。
次の瞬間だった。
湊人がばっと私に覆い被さり、布団に押し倒す。
「ひゃっ?!」
思わず変な声が出てしまったが、それよりも湊人の目に注意が行っていた。
湊人の目には使命感と、愛情と、あともう一つの何かが宿っていた。
そのあともう一つは何だろうか。
だが何故かわからない。いや、分からない、というのは正しくないかもしれない。分かりたくない。
それはきっと、知るべきものではないのだと。
そう思った。
湊人が優しく語りかけてくる。
「……玲唯、どうすれば僕が君を救えるんだ?」
そんなこと、分かりきっているはずなのに。
意地悪だなと思った。
「……私の口から言わせるの?」
だが。
「………言わなきゃ分からない。一体玲唯は何を求めてるんだ?」
その言葉には冗談が含まれているとは思えなかった。
「…何って……湊人が、私を……その……」
湊人は少し目を細める。
「……愛してくれればいいの」
「僕は君を愛している。もうこれ以上の愛情は僕は持ち合わせていないよ。」
何かが違う。そうじゃない。そう、強く訴えたい。
「…違うの。……その、私を、抱い…」
その続きは湊人によって遮られた。
「無理だよ」
「えっ?」
湊人は心底げんなりした声で言う。
「町田に聞いたよ、あの時のあれ、不同意なんだってな」
初めて聞いたことに驚く。
「えっ?そうなの?」
だが湊人は苦しそうな顔をしていた。
「もう嫌なんだよ、あんなことになるのは」
少なくとも自分はそう思っていなかった。
一体誰がそんなことにしたのかは分からないが、なぜ湊人が苦しまなくてはならないのかが分からなかった。
「そんなことをして玲唯を傷つけた僕に、玲唯を抱くことなんて許されない」
「湊人」
呼びかけるが、湊人は俯いたままで何も答えない。
何かが心の中で動いた気がした。その次の瞬間だった。思いっきり湊人を抱えこむと、横に転がり、湊人を地面に押し倒した。
湊人の顔に驚きの表情が見えた。
そのまま腰を湊人の上に下ろす。
湊人は何が起きているのかわからない様子である。
そのまま全身の体重を湊人に預ける。
顔、胸、腹、腰、脚。
全てが湊人の上に乗る。
ぐぐっと何か硬いものが、当たる。
それを感じながら、湊人にキスをした。
そろそろ日暮れという頃だろうか。
温かな体温を感じながら、床につく。
きっと布団がぐっしょりだろうから、明日洗わなくてはならないなと思った。
すーっと目線を動かしていると、障子の隙間から誰かが覗いていることに気づく。そして目と目が合った。
だがその人は逃げるでもなく、何を言うでもなくただこちらを見ていた。
「…あなたは誰?」
率直な質問に、その人は答える。
「…天月です」
その人、いや、天月さんは、障子を静かに開けると、部屋の中に入り、また障子を閉めた。
「…申し訳ありません」
そう言うと、彼女は腰につけていた銃に手をかけようとした。
その理由が、何故か私には分かった。
「やめて!!」
天月さんの手が止まる。
「……別に気にしてないから。やめて。」
そう言うと天月さんは手を降ろし、言った。
「続きをどうぞ。」
気にしていないとは言っても、他人の前でそういうことを平気でできるという訳ではない。
「…それは…」
「ではやはり気にしているのでは?」
「違う、他人の前で堂々と出来るわけじゃないってだけ。」
「……そうですか」
この様子からして何か他に言いたいことがありそうだが、彼女はきっと何も語ってはくれないだろう。
そう思い、何か言わなくては、と思い。
「……天月さんも、一緒にしますか?」
瞬間、天月さんの顔に驚きと羞恥の色が浮かんだ。
自身もしばらく硬直した後、自分が何を言ったかに気づき、耳まで赤くなる。
「いやっ?!ち、ちが」
慌てて訂正しようとするが、それもまた天月さんに遮られる。
「はい」
思わぬ返答に思考が停止する。
「………はへ?」
「します、と言っているのです」
あまりにも堂々と言うので驚いて天月さんを二度見すると、口調こそ堂々としているが、顔は真っ赤であり、それどころか首まで赤くなっていた。
「もしかして」
その続きは言わなかったが、ようやく全てに理解が追いついた。
天月さんも何も言わない。
「…湊人の、女たらし」
実際湊人に他意があったわけではないだろう。ただ心からするべきだと思ったことをした結果である。だからこそ、憎い。無意識のうちに他人を堕としてしまうなんて。でも自分もその一人なのだ。憎みきれないのも仕方ない。
何と罪深い人なのだろう。
二人で布団を挟んで対面する。
布団をそろそろと剥がす。
ついに湊人の服まで……というところで湊人の目がうっすら開く。
だがそのことは私しか気づかなかったようで。
天月さんはそのまま服を脱がせにかかった。
湊人はむくりと起き上がると、一瞬天月さんの方をぼんやりと見て、急に目をぱっちりと開けた。
「……姉さん?」
その声に天月さんがパッと手を離して湊人を見る。
「…あっ、あ…あ…」
声も出ないようでそのまま固まってしまった。
その様子を見て、湊人はゆっくりこちらに視線を向ける。
「……どういう……?」
ただ恥ずかしいばかりである。かろうじて出た言葉は「ごめんなさい」だけであった。
湊人はそのまま布団を被ると、再び眠りに落ちていった。
残った二人は目を見合わせ、笑った。
どうなるかは分からないけど、多分湊人が守ってくれる。
それに天月さんもいるし。
そんな淡い期待を持てた玲唯は全ての平行世界でこの世界線だけであったことを彼女らは知らない。
人知れず着々と、そして淡々と、時間は進んでいく。
ベルサイユ条約の締結から978日。
大東亜戦争まであと7353日。
だったはずだった。
大東亜戦争まであと1172日。
函館講和条約まであと1823日。
時間旅行は時間矛盾を生み、歴史を変える。
その歪みは、余波は、全て幻想世界へと流れ込む。
幻想世界は常に改変され続けているのだ。
そして、その反動で、消えゆくものもあるのだ。
———それは彼ら自身も例外ではない。
いかがでしたでしょうか?
今回も相変わらずの内容ですが、お読みいただきまして本当にありがとうございます。
もし、お気に召していただけましたらぜひ!感想もよろしくお願いいたします!