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夢と幻想の狭間で君に  作者: 稲戸結衣/はくまい
終わりの始まり、始まりの終わり
3/6

粛清されし現実、推奨されし幻想

いらっしゃいませ。

「せやかて!そう言うたって無理なもんは無理や!」

ところどころにヒビの入った煉瓦でできた駅の前で口早に責め立てる女。

赤い柱の仄暗い影にうずくまって動かない男。

「…かあさん、どこ行くん?」

「親戚の叔母さんのところですよ。」

ゆっくりと駅の中を歩く親子。

次の瞬間、視界が固まったかと思うと、瞬く間に景色が変わってゆく。

「…まもなく、20番線に、特急……」

蛍光灯の灯る地下ホームに赤色が特徴的な列車が進入してくる。

「パパ!ハワイ楽しみ!」

「そりゃよかった、大枚はたいた甲斐があったよ」

現代の上野駅の様子をただ眺めながら、鼻にかすかに残る焦げ臭さを感じていた。



「…はっ」

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

まだぼんやりとする意識の中で、目を擦りながら起き上がる。

しかし、そこは見覚えのある景色ではなく。

「……えっ…?」

そこは木造の1部屋であった。

あわてて自分の手を見るが、特に変わった点はない。ぐるりと周りを見渡し、部屋の隅にあるものに目を留める。

「……軍服……?」

ふと目線を下げると、自分の服が綺麗に畳んで置いてある。

はっとしてあわてて布団を剥がすと、確かに自分は寝巻き姿であった。

不可解な現象に驚きながらも、知らぬ間に服を着替えさせられていたことに顔を真っ赤にする。

「…ここ…どこ?」

さっきまで確か幻想と夢との中間の世界、とかいう場所で男と戦っていたはず。一体全体どうしてこんなところにいるのだろうか。

そこまで考えたところで、あることを思い出す。

「伝心鏡……で湊人と話してみようかな」

服の上に乗せられていた、古めかしいデザインの手鏡の蓋を開ける。

「湊人?聞こえる?」

話しかけてみるが、返事はない。

伝心鏡を開いたり閉じたり試行錯誤してみるが、何かが起こるような感じもしない。

渋々伝心鏡を畳の上に置き、立ち上がって障子を開く。

そこには板張りの廊下があるだけだが、妙に硝子窓が少ないような気がした。

しかしこんな寝巻き姿を誰かに見られてはたまらないので、部屋に戻って着替えようとしてふと疑問が湧いた。

「というかどっちに着替えればいいんだろ?」

置いてあった軍服と昨日着ていた白いポロシャツに青のタータンチェックのスカート。

どちらを着ればいいかを服の前で右往左往しながら迷っていると、障子を軽く叩く音がした。

「…失礼いたします、香野さまはいらっしゃいますか?」

澄んだ声が障子を通して聞こえてくる。

「あっ、はい、います」

慌てて返事をすると、障子がスーッと開いた。

入ってきたのは、着物を着た美しい女性だった。しかしその次に彼女の口から出た言葉にはもっと驚いた。

「稲村さんからのお届け物がございます」

「湊人から??」

女性は私の言葉に美しい眉を顰めると、しずかに言った。

「…お二人がどういったご関係かは存じませんが、少なくともここではそう言った呼び方でお呼びになるはおやめになられた方がよろしいかと。」

思わぬ忠告に居ずまいを正す。

「わ、わかりました」

そんな私の様子を見て、少し口元を緩めると、手に持っていた包みをこちらに置いた。

油紙に包まれたそれを受け取り、ゆっくりと開いてゆく。

「……何だろう、これ」

中から出てきたのは桐箱であった。

恐る恐る桐箱を開くと、そこには拳銃とA4サイズのノートが入っていた。

それを渡してくれた女性も、驚きを隠せない顔をしている。

「……」

ノートを開くと、湊人にしては綺麗な字で何やら書かれていた。

「これは回転式6連リボルバーだ。玲唯は覚えているかどうかわからないが、高校のあの時、僕が使った銃だ。とはいえそもそも玲唯は今の状況も理解できていないだろうから軽くだが説明しておこう。ここは1921年の美浦村だ。美浦、は馬に乗ってる玲唯なら分かると思うので説明は省く。僕自身は1908年にこの時代に来た。そこで海軍に応募して、どうにか頑張って少将にまで登り詰めた。まあなんでかと言えば現代の時に色々調べてた軍事知識だな。それでちょうど東京の方に出張に行った時、上野まで行っていたら、なんの因果か玲唯が上野駅の柱にもたれかかって倒れているから、驚いて連れて帰って来たわけだ。その間もずっと目を覚まさないから心配したけど、まあこの手帳を読んでいるなら起きているんだろう。よかった。僕は今海軍省で仕事をしているので、帰るのは霜月の半ばになりそうだが、どうか元気で過ごしていてくれ。そこで玲唯がお世話になるのは、今この桐箱を持って来てくれたであろう侍女の天月輝夜だ。天月姉さんは唯一僕らの事情を知っているから大丈夫だ。とりあえず、そこにある軍服は玲唯のだ。一応玲唯の保身と、待遇を守るために玲唯自身は少佐になっているが、まあ特に仕事はないはずだ。もし男が訪ねてきても決して入れる必要はない。あとついでにそいつの名前もリストアップしとけ。あとで僕が処分する。何かあったら天月姉さんを頼ったほうがいい。彼女は柔道でも黒帯を持っているぐらいの強者だし、何より玲唯の侍女だからな。まあとりあえずそういうことだ。元気にしててくれ。7/11 稲村湊人」

その後をペラペラとめくるが何も書かれていない。最後のページに辿り着いた時、そこに折り込まれた封筒を見つけた。

封筒を見ると、「天月輝夜 宛」と書かれている。

前で正座をしている天月さんに、この封筒を渡すと、おずおずと受け取り、中から便箋を取り出した。

「天月姉さん。稲村です。これをお読みになっているということは、きっと玲唯が起きたということなのでしょう。さて、本文にも書いた通り、どうか玲唯のことをお願いいたします。そして、箱に入っていたリボルバーは玲唯の護身用にしますので、銃の撃ち方を教えてやっていただきたいと思います。また、例の場所にしまってある単発のピストルは姉さんに預けます。どうぞよろしくお願いします。また、もし男が訪ねてきても、仮に上官だったとしても、決して玲唯には会わせないでください。玲唯は気が強くはないし、人と交渉するのが上手くはないので、嫌なことをされても断れないと思うのです。勝手な都合ですが、どうかお願いいたします。ところで、何か東京の土産は必要ですか?必要でしたらぜひこちらに返事をよこしてください。それでは。 7/10 稲村湊人」

手紙を読み終え、しばらくはそのままの姿勢で固まっていたが、はっと目を覚ましたように顔をあげると、桐箱に入ったリボルバーなるものを私の手に載せた。

「…稲村さまが、これを玲唯さまが持っておくようにと、お書きになられておりました。明日撃ち方もお教えいたしますので、ご心配なさらないでください」

彼女も何か心残りがあるのではという気がするが、あまり深入りしてはいけないとも思い、何も言わなかった。

だが、どうしてもそのままでいるのも心地悪かったので、「私のことは玲唯か玲唯ちゃん、みたいな感じでいいですよ」とだけ言った。

しかし、天月さんは少し困った顔をして言う。

「…しかしながら…私はあくまであなたさまの侍女でございますから……どうか私の立場を慮っていただけないでしょうか」

そこまで言われてしまうともうどうしようもない。

「そ、うですか、すみません」

「敬語も使わないでください、よろしくお願いします」

「…いや、流石にそれは…」

しかしそれ以前に状況が特殊すぎる。

昔に戻っていたり、殺人を告白されたり、海軍の基地にいたり、倒れていたり…

なんだか疲れてしまった。

ふっと頭の中が痺れるような感覚を味わった後、気づけば私は床に倒れ込んでいた。

「…大丈夫ですか?玲唯さん?」

一応私の希望を叶えんと呼び方を少し変えてくれている。

しかし、いや、だからこそ、疲れてしまった。

大体、なんで時間を遡っているのか、世界線が変わっているのか。なんで軍なのか。

そういう現実の厳しさを味わい、なんだか幻想さえも楽に思えてくるようだった。

「…これって、第二次世界大戦も…同じだったのかな」

大東亜戦争(太平洋戦争)の時。日本は国民、もとい臣民に決して現実を直視させようとしていなかった。幻想だけを見せて、信じさせていた。神風の幻想は、まさに風の如く吹き去ってしまうことになると知っていても。

確かに、幻想に縋れば、苦しさと対峙する必要がなくなる。現実と対峙せずとも、良いのだ。

だが、それに浸りすぎると、現実の厳しさに目を向けることから逃げるようになってしまう。けれどそれに気づくのは難しい。ようやく気づいた時には、もう遅い。

幻想は、自身を常に推奨し、現実は自信を常に粛清する。本質は変わらず、向きだけ変わる。

まさに幻想は現実の鏡だ。

ふと、今の状況は本当に現実なのだろうかと疑問を持ったところで、意識は暗黒の中に沈んでいった。

いかがでしたでしょうか?

今回も相変わらずの内容ですが、お読みいただきまして本当にありがとうございます。

もし、お気に召していただけましたらぜひ!感想もよろしくお願いいたします!

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