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夢と幻想の狭間で君に  作者: 稲戸結衣/はくまい
終わりの始まり、始まりの終わり
2/6

幻想のかがみ

いらっしゃいませ。

「…それじゃ、行ってきます」

小さな背嚢を背負って、お辞儀をする。

「気をつけてくださいね」

静かにミヌシューラさんは言った。

「神のご加護が在らんことを」

女神に神の加護を祈られるというのは何とも奇妙な光景だが、無事を祈ってくれているということは嬉しかった。

「…ありがとうございます。」

そう言って、振り返らずに瓦礫から飛び降りた。重力に引きずられるがままに地面に自由落下していく。すさまじい風圧を感じながら詠唱する。

「エト・フローア!」

瞬間、負の加速度が発生し、みるみるうちに減速する。しばらくすると空中に浮遊しているような状態になった。その状態で周りを見渡して平地を探すと、かろうじて見えるギリギリのところに陸地がうっすらと見えた。そこを意識の中に収め、再び唱える。

「イレ・テレート」

次第に意識が世界から遠のいていき、みるみるうちに意識の上でのマップが表示された。先ほどまで意識していた地点だけ鮮明に写っている。意識が遠のくのが止まる。再び世界に意識が戻り始めるが目標は先ほどまでいた場所ではない。ぐんぐんと地面が近づいてくる。

ずっ……と鈍い音がした。

目を開けると、そこは今まで遥か遠くから眺めていただけの景色が広がっている。無事テレポートが成功したことを心の中で喜びながら、同時に不安も湧いてくる。

「…この先どうしたら良いんだろ?」

ミヌシューラさんの言うところには、目的地は「場所」として存在しているわけではなく、あくまで世界線であるらしい。つまり、どうにかして現実と幻想の世界線の交点の世界線に行く必要があるのだが、玲唯には行くあてもなく、行く方法もわからなかった。

実際には、塔の最上階にある「アークスト・クレイン」の鍵の扉を開きさえすれば、どの世界線にでも行くことができるのだが、そのことを彼女が知ることはなかった。

分からないままで動くこともできず、右往左往しているうちに、ふと妙案を思いついた。

背嚢から伝心鏡を取り出し、ゆっくりと開く。鏡に映っていたのは学校から帰り、家で自習をしている湊人だった。

「湊人」

小さく話しかける。

湊人は驚いて周りを見渡す。

「…私は、香野玲唯。あなたの……」

それに続く言葉を探す。

意外にもそれに続く言葉は玲唯のものではなかった。

「……幼馴染…か?」

湊人がボソリと言う。

「…えっ?」

思わぬ答えに驚きを隠せない。

「……僕は、稲村湊人。まあ肩書きは不肖の男子高校生と言ったところだ」

「な、んで」

ミヌシューラさんが言っていた。湊人は私の記憶を全て失っていると。

「…なんでって言われると困るな、まあ言うなれば『バックアップ』っていうやつだよ」

湊人は少し面倒くさそうに言う。

「ミヌシューラに『記憶の代わりに力が使える』って言われたときに思いついたんだよ。じゃあその記憶を複製して保管すれば良いじゃないかと、ね。」

「ミヌシューラは『幻想の女神』だと自分で呼称していた。ということは彼女の力の及ぶ範囲もまた『幻想』の世界だけなんだろうと考えたんだよ、まあ最初から嘘をついていた可能性もまああったけど、流石に最初から騙すつもりだったわけじゃないだろうと思って。」

「ちょっ、ちょっと待って」

「どうした」

そんな…まさか、ミヌシューラさんは私たちを騙していたの……?ということはあの時私に隠していたことはあれだけじゃなかったというわけなのか?

「ミヌシューラさんは、私たちを騙していたっていつ気付いたの?」

そう訊ねると少し黙った後、「ミヌシューラと最後に喋った時だ」と言った。

「記憶を失うのは僕が現実世界に戻った時。戻るまでは記憶は消えない……いや、記憶は、消えてない。」

「……え?」

消えてない、と言っても実際消えていたはずでは…?

疑問が頭の中で浮かんでは消え、また浮かんでは消えていた。

「記憶が消えたように感じたのは『洗脳』に近しいものらしい。自分は現実世界に記憶を持ち込んだ。けどやっぱり玲唯のことを忘れていたんだよね、もっともその時には気づかなかったけど。」

玲唯は意味がわからず首を傾げる。

「えっと…消えたように感じただけなんじゃないの…?」

湊人は分かっていたかのように続ける。

「…そうだね、僕もそう思っていたんだけど、あの時はやっぱり忘れていたらしい、だって保管していた記憶を取り入れるのに少し時間がかかったしね。」

「多分なんだけど、同じ世界の中で完全に記憶を消すことは無理なんだと思う。だから、幻想世界と現実世界の不可逆性を利用して人々の記憶を集めてるんだろうね、おおよそ。」

一体何でミヌシューラさんは人々の記憶を集めているのだろうか?というか、悪意があるのだろうか…?

「何で、ミヌシューラさんは、集めてるの?」

「…記憶をか。そうだな。これはあくまで自分の考察でしかないんだが……そうだ、一つ質問をしてもいいか?」

質問を質問で返されるのはなんとも言えないが、そもそも質問、というよりも説明を求めていたのだから何もおかしいことではない。

「うん」

「玲唯は…幻想の世界線ってなんだと思う?」

「…幻想の世界線……?」

「そう、幻想の世界線。宿のマスターからもらった地図には、「Maerd」「Laer」「Noisulli」と書かれていたんだけど、これひっくり返して読んだら、「dreaM」「reaL」「illusioN」、つまり夢と幻想と現実、って書いてあることになるんだ。」

ふとその言葉を聞いて思い出す。

「そういえばミヌシューラさんが、この世界は夢と幻想と現実の3つの世界線があって、今私たちがいるのは幻想と夢の間の世界線だ、みたいなことを言ってたような」

「…間……?あぁ、幻想と夢の間の複合世界のことを言っているのか?」

「ふくごうせかい……?」

「まあ造語だがな、学校に行っている最中に考えてたんだ、幻想の世界と夢の世界では……」

その時、ふと不思議な感覚を味わった。

しばらくして、その感覚の原因に気づく。

「……結果的には幻想と夢をどちらも共有するパイプとしての役割を果たすわけなんだが」

「ちょっと待って…?」

「なんだ?」

「…学校に行っている最中って言った?」

湊人は怪訝そうな口調で「あぁ」と言う。

「私の感覚だとまだ5分も経ってない気がするんだけど」

そう言うと、湊人が息を呑んだ音がした。

「……まさかとは思ったけど、本当にそのまさかなのか、これはまずいな。」

「何がまずいの?」

「現実世界の方が幻想世界よりも時間の進みが早いってことだろ?こっちはもう夜だからな、だいたい13時間と5分が同じだとするとかなりまずい。780分と5分が同じだから、時間の進みはだいたい156倍こっちの方が早いんだ。となるとこっちの1年はそっちじゃ2日と8時間ぐらいか、つまり僕が死ぬまででも…163日ぐらいだろ?それじゃあもし玲唯がこっちに戻ってきたとしても浦島太郎状態じゃないか」

……そんなことになっていたとは。

そのことに思い至らなかった自分の愚かさを呪う。

「でも、どうするの?もしそうだったとして、もし仮に5日で脱出できたとしても………ん?」

何かがおかしいと直感的に気づく。

「……なんかおかしい気がする」

湊人も沈黙している。

「………あっわかった」

その違和感の正体にようやく気づく。

「今私たちこれでしゃべってるけど、普通に時間の進み方同じじゃない……?」

もし、本当に二つの時空の時間の進み方が違うのであれば、どちらかの言葉が速く聞こえて、もう一方の言葉は遅く聞こえるはずなのだが、そんな現象が起きていない。

「確かにな…それはそうだな、一体なんでなんだ…?」

湊人が不思議そうに言うが、少し沈黙したあとあっ、と小さな声をあげた。

「…ちょっと待ってくれ、周りの時間の進みが妙に早い…な?」

湊人は机から立ち上がり、机の上の時計を手に取る。それはなんの変哲もないデジタル目覚まし時計だった。が、それを湊人が机に置いた瞬間、瞬く間に数字が進んでいく。

「なるほどな、そういうことか」

そう言うと湊人は再び机に座り、紙に何かを書き込んでいく。しばらくして湊人の手が止まり、そこに書かれていたのはパイプの絵だった。上にはより長い矢印が、下には短い矢印が書かれており、間には上向きに矢印が描かれている。

「おそらくだが、時間の進みが早い、つまり時間の密度が低い現実世界と、時間の進みが遅い、つまり時間の密度が高い幻想世界を玲唯が繋いだことで、幻想世界から現実世界に時間が流れ込んできてるんだ。結果的に僕の周りは現実世界の大体12倍の速度で時間が進んでいて、玲唯の周りは幻想世界の大体0.08倍の速度で時間が経っているわけだね。だから僕らは時間の進みの違いを感じないわけか。」

湊人が説明している内容はあまりよく分からないが、一つだけ何か引っ掛かることがあったような気がした。

「…時間が流れ込む………」

ふと、思いついた。

「ねぇ湊人」

「ん」

「私がこの伝心鏡を通ってそっちの世界に行くことって出来るのかな……?」

湊人も流石に予想外だったようで、しばし口を開けたまま硬直する。

「……いけるかもしれないな、それ。」

しかしそうは言っても私が入れるほどの大きさはこの伝心鏡にはない。

どうしようかと考えていた時、背後に殺気を感じた。

はっと後ろを振り返ると、思いっきり大きな刃物を振りかぶってきた男がいた。反射的に幻想の加護の力で弾く。しかし自分が弾いた時には男は別のところから斬りかかってくる。あまりにも早い動きに驚いたが、ふとこれは私が伝心鏡を開いているからだと気づいた。

湊人に少しだけ待ってもらうよう伝え、伝心鏡を伝えた瞬間、急激に空気の粘性が高まった気がした。そして男の動きも普通に戻る。

左手に幻光石を合成しながら、徐々に剣を構築していきながら、右手では相手の攻撃をことごとく跳ね返す。相手にも疲れが見えてきたところで、幻光石の剣が完成した。剣に加護をかけ、右手に持ち替える。そして相手が大剣を左上から振り下ろしてきた時、反射的に身体が動いた。思いっきりしゃがみ込み、前に走り込む。そのまま男に衝突するかどうかと言うところで、思いっきり右手の剣を右に振り切り、腹を切り裂く。そのまま脇を走り抜ける。

ズドッ…と重いものが地面に落ちた音がした。

振り返ってみれば、男の上半身だけが地面に転がり落ちている。切り口からは血は一滴たりとも流れてはいない。

男が息も絶え絶えに言う。

「…お、まえ……な、にを………」

地面を這っている男を見ながら、静かに左の手のひらを男に向ける。

男はかすかに恐怖に顔を引きつらせ、頭を地面につける。

「……ゆるし、て、くれ……こ、ろ、さな、い、で、く、れぇ……っ」

———命乞いをしている男を見ながら、玲唯はかすかに意地の悪い笑みを浮かべていたのだが、誰も、自分自身さえもそれに気づくことはなかった。

「……可哀想なこと」

そう言って、詠唱しようとして、ふと、嫌な予感がした。

「……ミヌシューラさんが本当に私たちを騙していたのなら、この状況だってあの人の手のひらの上…ってことよね?」

そもそもいきなり後ろから斬りかかられたが、この男は誰なのか。

あの街の惨状からして、絶対と言っていいほどに人が生きているはずがない。

そんな荒れ果てた都市の端っこに、こんなにも威勢のいい人間がいるだろうか?

「…わかった。『命』だけは助けてあげる」

ただ、一言。男に言う。

男は一瞬顔をパッと明るくしかけたが、その内容とは裏腹な声の暗さに喜び切れないようで。

その悲しくも良い勘が役に立つことはなかったが。

思いっきり右手の剣を両手で振りあげ、地面に引き寄せられるがままに振り下ろす。何か硬いものと柔らかいものを同時に斬った奇妙な感覚が剣を通して伝わってくる。

地面に勢い余って刺さった剣を抜きながら、男を見る。

ちょうど背中の中ほどから頭までを綺麗に真っ二つにされている。もちろんこの切り口からも血は一滴も出ていない。

「…じゃあ、またね?」

そう声をかけ、ゆっくりと歩き出す。

沈むはずのなかった陽が、わずかに傾いた気がした。


いかがでしたでしょうか?

今回も相変わらずの内容ですが、お読みいただきまして本当にありがとうございます。

もし、お気に召していただけましたらぜひ!感想もよろしくお願いいたします!

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