分かぬ間にうしものと
いらっしゃいませ。
……眠い。
とにかく眠い。
あの驚くべき光景を見て、そして湊人を叩いてから記憶がない。
…記憶がない、というより、曖昧だ。
もしかしたらあの光景を見たことに衝撃を受けたためかもしれないが、それよりも昨晩の夢のせいな気がした。
空高くから地面に突き刺さったように真っ直ぐ立っている大きな、大きな、象牙色の塔の上から、ぼやけていながら、しかし縁だけはくっきりとしたクリーム色の淡い光線が空を貫通していた。ときどきノイズのようになりながら、しかしいつまでも。
そんな不可解で、また何の意味もないように思われる夢が、何故か頭から離れない。こそげどもこそげども消えない油汚れのように。
そんなことをもやもやと考え続けていると、ふと、あの塔が、アーケンス王国の中心に立っているクリーム色の塔とよく似ているように思われた。
そう思ってしまってからはもう気になって仕方がなかった。
あの塔はそもそも何なのか、何のためのものなのか。
そして、どうすれば夢のような光景になるのか。
そんなことを考えて幾日も過ぎた。
「ねぇ、あの塔ってどこにあるの?」
すっかり手に馴染んだティーカップを片手に、湊人に訊ねる。
湊人は少し驚いた様子で言う。
「…あー、多分この王国の首都だと思う、みんなが言うところの王都、かな」
「じゃあその『王都』ってところに行きたい」
「えっ?!」
湊人は開いた口が塞がらないようで、そのまま目だけがくるくるとしていた。
「あー、了解…」
何故私が突然「王都」に行きたがってるのかを不思議に思っているのだろうか。
それは仕方ない。
でも行きたいと思ってしまったから。
ともかく、私たちは「王都」に行くためにさまざまな準備する必要がある。
今でこそこんな悠長に暮らしているが、それは気のいい主人のおかげであって。
どこでも今のように呑気に生きていけるような生優しい世界ではない。
だが、そんな準備をしている最中に、時々湊人に何かの陰を見ることがあった。
何かに怯えているような、何かを恐れているような。
でも、それを私に漏らすことも、相談することもない。
それが、「少しだけ」ではあるが、気に食わなかった。
ようやく出発の準備が整い、宿屋の受付に降りると、湊人も同じように荷物をまとめていた。
「「ありがとうございました!」」
宿屋を去るとき、ふと後ろを振り返ると、宿屋の主人は少し寂しそうな顔をしていたが、こちらの目線に気づくと、手を振ってくれた。
「暑い…」
そう湊人が漏らす。
「…そうだね…」
全くその通り、もはや地面から蒸気が噴き出しているのではないかと思われるほどの暑さだ。
今までいたところはどちらかといえば涼しいよりの気候だった気がする。
ゆらゆらと、陽炎の中にゆらめいて見える家々が、なんだか迷路のように思えてくる。
そんなはずはないのに。
「ねぇ玲唯」
「…ん?」
「あそこのカフェ寄っていかない?」
湊人が指さす先にあるのは、白樺のような白い木材が目立つ、こじんまりとした喫茶だった。
「…いいね、行こうか」
カランコロン、と軽く、しかし響きの良い音色とともに、ドアが開く。
中は想像していたよりも涼しい。
ほのかに香るコーヒーと紅茶の香り。
適当に良さそうな机を見繕って荷物を置く。
湊人が机に立てて置いてあったメニューを取り上げて開く。
「…玲唯は何か飲んだり食べたりしたいものある?」
メニューを机の上に広げて置く。
そのメニュー表をくるっと回して見やすくする。
そこにはごく普通のカフェメニューが書いてあった。
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Menu list
Foods
• Pancakes with Honey : 235Arks
• Waffles (2 piece) : 100Arks
Sources:Maple syrup
Honey
Strawberry Jam
• Cheese cake (1 piece) : 170Arks
Drinks
• Coffee (Blended) : 75Arks
• Cafe lait (Sweetened) : 90Arks
(Unsweetened) : 85Arks
• Tea (Chai) : 60Arks
• Tea (with Sugar and Milk) : 75Arks
• Cocktail (Your custom) : 450Arks
※You can choose Ice or Hot in all drinks
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こんなにも暑いので食欲は出ず、何か冷たいものを飲みたいと思い、しばらく迷う。
「…じゃあ、このアイスティー(砂糖とミルク入り)がいい」
「ん、おけ」
そういうと湊人はカウンターの方を歩いていった。
なんだか眠たくなってうたうたしていたが、突然嫌な予感がしてはっと目を開けると、隣に見覚えのある顔があった。
「ふぇっ?!」
その声に若干びっくりしたのかこちらを凝視する。
「……紡木…?」
そう言うと、突然ぱっと顔が明るくなる。
「おぉ!覚えててくれたんか!よかった」
「いや、そんな簡単に忘れるわけないでしょ?」
「そっかぁ、よかった」
どう見ても幼馴染の町田紡木なのだが、見覚えのない軍服で身を包んでおり、若干雰囲気が変わっていて咄嗟には気づけなかった。
ニコニコとこちらを見ているその目に少し違和感を覚えたが、突然その違和感は消えた。
なんだか頭がぼんやりする。
ふと顔を上げると、そこには不可解なものを見るような目で湊人が立っていた。
「あっ!湊人じゃんか!久しぶり!」
紡木が話しかける。
が、それに湊人はなんの反応も示さない。
いや、示さない、というのは不適切かもしれない。
「友好的な」反応は示さなかった。
「お、おう、久しぶり」
まるで紡木を忘れてしまったかのように。
「…なんだ?その記憶喪失したアライグマみたいな顔しやがって、なんかおもろいな」
紡木も若干違和を覚えたのか、しかしながら言葉選びを間違えたのではないだろうか。
「……えーっと、どなた…さま?」
「は?」
紡木は戸惑いと驚きを隠せない様子でいる。
「…おまえ、もしかしてこの世界に来て頭でもおかしくなったのか?」
湊人はその言葉を聞いても何も言わなかった。
訝しみながらも一応湊人にこの人が紡木だと教えるが、依然として湊人は思い出せないようだった。
しばらく沈黙がその場を支配し、時々調理場から物音がするだけになる。
「…湊人?お前さ、いい加減目覚ませよ。……この顔を見るにどうせお前ら一緒になったんだろ?」
紡木が少し苛立ちを含んだ声で湊人に詰め寄る。
だが、どう考えても様子がおかしい。問い詰めても仕方あるまい。
「あっいや…」
慌てて止めようとするが、紡木は話すのをやめなかった。
「そこまでしてもらっといてよくそんな無様な面下げて歩けるな。自分自身に違和感は抱かないのか?」
…湊人は少し俯いて黙っていたが、突然口を開いた。
「…知らんよ」
紡木は何を言っているかもわからないようだった。
「はぁ?」
その言葉を皮切りに湊人は突然反駁し始めた。
「…知らないって言ってんだよ!大体お前誰なんだよ?!いきなり現れるなり意味わかんないこと言いやがって!自分らのことを分かったように言うなよ!この部外者が!」
最後の「部外者」という言葉に紡木は悔しそうな、それでいてかなりの敵意がこもった目線を湊人に向ける。
「…な、何だよ?!僕がおかしいのかよ?!僕はお前なんか知らない!知らないんだよ!」
湊人は何かに怯えているような様子で錯乱している。
紡木はその様子を見て、大きくため息をついた。
「分かったよ、君は俺を知らない、それでいいだろ?もうめんどくせーんだよ。…行くぞ、玲唯」
へ?
行くぞ…ってどういうこと…?
パッと湊人を見るとその目は僅かに揺らいでいる。
だが、その揺らぎは哀しみではなく、ただ困惑しているだけのように見えた。
紡木の考えていることもわからず、一体どうしたらいいのか一瞬逡巡する。
結局、
「ごめんなさい」
そう言ってカフェを後にするしかなかった。
「———結局あいつは何が起きてたんだ…?」
紡木がつぶやく。
「…私には、わからないかも…。ごめん」
「いやいいんだ、そんなもんだろ」
…それにしてもなんだか不思議な感じがする。
まず紡木の雰囲気がかなり変わった。
きっちりとした軍服…のような衣に身を包み、動きもちゃきちゃきとしている。
そして何より湊人がおかしくなっている気がする。
湊人と紡木は…それこそ見本のような親友だ。
今でこそ学校が違っているが、それでも湊人にとって唯一無二な男友達だろう。
それなのに…一体どうしたのだろうか。
『知らない』と言っていたが、そんなはずはない。
そんなことをもやもやと考えていると、突然紡木が止まり、その勢いのままドスン、とぶつかった。
「……?」
「…さて、ところで話は変わるんだけど」
「…ん?」
「なんで君らは王都に来たの?」
そう言って振り向く。
「……うーん…なんか不思議な夢を見たんだけど、その夢が王都に関係がありそうだったから来たいって話を湊人にしたら賛成してくれて来れた、って感じ」
「…ほーん…」
少し俯いて帽子のつばに手をかける。
「…じゃあ、特に明確な理由はないってこと?」
「うーん、まあそんな感じかな…」
紡木が黙る。
「……じゃあちょーっと時間をもらってもいいかな?」
「……え…?あー、うーん」
「よし、じゃあついて来て」
何か違和感を覚えながらとりあえず紡木についてゆく。
数十分は歩いただろうか、なぜか暑さは消え、ただ涼しい風が家々の間を吹き抜けるだけになったが、それ以上に注意を引いたのはとんでもなく高い塔であった。
見上げてもてっぺんが見えない。
ただ棒のようにはるか天空から突き刺さっているようにさえ見える。
「こっちだ」
ふと視線を戻すと、紡木が手招きをしている。
石壁にあったらしい隠し扉を開けている。
「…ふーん、こんなところがあるんだ…」
そう何気なく言うと、紡木は心底驚いたように言う。
「その反応で済むのか…まあよっぽど色んな変なものを見てきたんだろうな」
その薄暗く、細長い石レンガの通路をただ歩く。
こつ、こつ、と足音が反射して聞こえる。
しばらくして、少し開けた空間に出た。
「…さて、ここは検問所だ。普通の者はここを通過することは許されないが、玲唯は….…俺が連れてきたから入れるはずだ。」
そう言って紡木は小走りで衛兵たちの元に向かう。
「……一体どこにいくんだろ…?」
静かに違和感が消えた代わりに新たな違和感が湧いてきた。
少しして、紡木が戻ってくる。
そしてこちらを見たときに一瞬目を見開いたのは見逃さない。
「あ、玲唯、やっぱり通れるそう…」
「何か驚くようなことあった…?」
「……え?」
紡木がこちらを見るが、目は解を求めて右往左往している。
残念だが今回は解なしだ。
少なくとも有理な答えは。
「…なあ、お前はあいつでいいのか?」
突然、紡木が尋ねる。
「……は」
「……玲唯は……あいつ…湊人でいいのかって訊いてる」
一体何を言っているのか…?
もしかして「あいつじゃなくて俺を選べ」的なことかな?などと若干自惚れていると、紡木が口を開く。
「……あー、まあいいか。どうせ逃げられはしないし…」
「…?」
嫌な予感がして心の準備をする。
「……我らが国王、アーク・レイヴァ陛下が玲唯を妃にしたいとおっしゃったので、僕らは君を探しにきたってとこなんだけど」
「……はぇ?」
色々情報過多で頭がパンクする。
「……きさ…き…?」
「そうだ、妃だ。もっとも君に拒否権などないんだけど…」
「改めて、訊こうと思う。」
一呼吸おいて、紡木がゆっくりと言う。
「湊人を選ぶか、国王陛下を選ぶか。」
「どっちがいい?」
数秒考える。
湊人はおかしくなっているので湊人といることも面倒臭いことではあったが、それよりも素性も知らぬ国王だかなんだかの妃になることよりかは数百倍マシに思えた。
「…湊人かな…」
数秒間、沈黙が辺りを覆う。
「……そうか」
そういうと紡木はこちらを見る。
「では少し荒っぽいけどこうするしかないか」
「…何をする気…?」
咄嗟に身構えるが紡木が動く様子はない。
とそのときだった。
「シェ・ラ・コントリール」
紡木が詠唱した。
瞬間、反撃する間もなく、ぐーん、と闇に引き込まれるように頭の中が暗くなって、意識を失った。
Tips:魔法の属性には優性や劣性があり、またそれらは決して絶対的なランクではなく相対的な優劣性で、全ての属性には有利な属性と不利な属性がある。
更新めっっっっっっっっっっちゃ遅れてしまいました!本当に申し訳ありません…!
いつもお読みくださってありがとうございます!
ぜひご感想やご評価もお願いいたします!
それではまた次もよろしくお願いいたしますー




