いたずらな復讐と突然の女神の会合
いらっしゃいませ。
王国の完成から早五日が経とうとする頃。
湊人と玲唯は気づけば呑気に王国内で宿をとって生活しているではないか。
薬物を摂取したわけでもないが、未だにあの記憶のフラッシュバックで頭痛が治らない。女神でもこんなことがあるのか、と思う一方で、それほどまでに衝撃的であったあの出来事を思い出すだけで気が滅入った。
ようやくまともに生活できるほどになったので、戻ってきたのだが、その元凶は楽そうにコーヒーを嗜んでいた。
その瞬間、怒りが突沸した。
体調がまだ優れないと言うこともあったのだろうか?とにかく怒りが限界を超えてしまった。
感情のままに怪人を作る。
自分でも何もわからないままに湊人を攻撃させようとした。
と、その瞬間、頭を斧で叩き破れたような衝撃と激痛が玲唯、いや、ミヌシューラを襲った。
反射的に頭を押さえながら元凶を見る。
そこには……片手に硝煙のくゆる拳銃を持った湊人がいた。
「?!」
薄れてゆく意識の中で、湊人が一言、口にした。
「さようなら」
そのまま、意識は真っ暗闇の深淵に沈んでいった。
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「うぅ………?」
まだ鈍い痛みの残る頭を抑えながら起き上がる。
そこは見たこともない景色だった。
なんと言うべきか、地面は硬質な感じだが、決して金属質ではなく、水気は感じられない。プラスチックのような感じだ。
空はくすんだ虹色、それも歪んだ、と言った方がいいだろうか、モノトーン調での虹色といってもいいかもしれないが。
その不可思議な情景に呆然としたまま地面に座り込んでいると、突然目の前の空間が歪んだ。
それに伴うように頭の中がゾワゾワするような感覚がした。
が、それは一瞬にして治まる。
代わりに現れたのは…小学生ぐらいだろうか?ゆったりした一枚布のような衣服だけを纏った幼女であった。
「…?」
「…お前は……ミヌシューラだな?幻想の女神の」
ミヌシューラは面食らった。
目の前の少女の齢には似合わないほどに尊大すぎる物言いだったからだ。
「…え、えぇ、そうだけれど…」
それを聞くなり少女の瞳の奥の光はすっと明るくなった。
「そうか。私はユーランス、夢の女神だ。」
「……夢の…女神………?」
「なんだ?忘れたのか?」
今度は少女…いや、ユーランスが驚く番だった。
「…忘れた…というよりは知らない…かも」
「は?」
ミヌシューラはユーランスに今までの経緯を話し始めた———
ユーランスは不承不承納得してやろうという感じであった。
「…つまり前のやつら、いやお前らもそのループの中にいるっていうのか?」
「…おそらく」
「はぁ……あいつらなんでそういう大事なことを言わないんだ…?道理で話が全然通じてないわけだ……」
ユーランスは深く、呆れたようにため息をついた。
が、それ以上にミヌシューラは疑問が頭でもたげて止まらなかった。
(………なんでこの人世界線を戻してるのにループに入ってないんだ…?)
そもそもこの世界線はミヌシューラが作り出した擬似的なループな訳で、ここに含まれる人物は無限にループ内でぐるぐる回り続けるわけだが…
「それは私らが三大世界の女神だからだろ。」
「?!」
心を読まれたかのように的確な答えが返ってくる。
「…なんでこんな初歩的なことを私が説明しなくちゃならないんだ……あぁ…ついてねぇな」
ユーランスは諦めたように話し始める。
「…そもそもな、夢世界と現実世界、幻想世界はそれぞれ独立しているのは…分かってるよな?」
「……」
頭の中で平行世界が多量に束になった様子を想像する。
「…一次独立…?」
「…何言ってんだ…?まあいい、分からないなら説明しても意味がないだろうな、それにあまり重要ではない。」
(重要じゃないなら言わなくてもいいのに…)
ミヌシューラは頭の中で正論を持ち出していることに嫌悪感を覚えながら、なぜ自分が夢の世界にいるのか?ということを不思議に思い始めた。
「…まず我々は次元を超越した存在だ、であるからそれぞれの世界の基本時間単位あたりの空間、つまり三次元の空間から、すべての世界線移動を含めた大世界線の進行方向を拡張軸とする時空、つまり六次元まで、自由に行き来することができる。それは分かるか?」
ミヌシューラは頭の中で考えながら、おずおずと頷く。
「その上で、我々は大世界線の進行方向にのみ拘束されている。つまり、世界線移動や、世界線の遡上といったような五次元の話ならば自由に移動できるのだから、我々がループに巻き込まれるはずがないだろう?…まあお前の場合は少々特殊だがな。」
「特殊……?」
「自分で気づかないのか?お前は半永久的にそのループの中に取り込まれてるんだよ、まあ正確には「幻想の女神ミヌシューラ」という存在が、だが。まったくいい迷惑だよ、幻想世界の管理を任された筈なのに勝手に自分で作ったループにはまってやがるんだ」
ミヌシューラにはそのことがどう迷惑なのかが分からなかったし、何よりそのループにはまることこそが彼女自身が望んだことだったため、なぜユーランスが怒っているのかも分からなかった。
もっとも、ユーランス自身は怒っていない。ただ彼女の普段からの言動が少々不安定なのだ。まあ夢の女神であるがための宿命とも言えるかもしれないが。
どちらにせよ、ミヌシューラのユーランスに対する不信感が高まったことは変えられない事実だった。
だから、次の言葉が少し乱暴になってしまったのも自然ではあった。
「……で、なんでここに連れてきたの?」
ミヌシューラからすれば単純に疑問だったのだが、その言い方のせいで最悪な誤解をユーランスに与えることになってしまった。
「……お前……恩知らずってやつか?」
「…はぇ?」
「私が!お前を助けてやろうとここに連れ込んで治療してやったんだ!」
「…あぁ」
「…なんだ?不満か?」
「…いやそんなことはない」
「…はぁ……もう治ったなら幻想世界に帰れよ、気分が悪い」
「…」
「……じゃあ勝手に帰れよ、私は消えるから」
そう一言、投げ捨てるように言うと、ユーランスは空間の歪みから出ていった。
ミヌシューラはしばしそのままでいたが、ゆっくりとした動きで立ち上がり、無意識に服を払った。
そうして、ミヌシューラも手をパッと振ると、時空の歪みに入っていった。
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「…何を買おうかな?」
女子が八百屋の前で立ち止まって野菜たちを眺めながら独り言を呟く。
「………これとかトマトに似てるよね」
ゆったりとした印象で、紅いリボンが特徴的なワンピースを着た女子……玲唯が、野菜を見ながら料理を想像している。
その時、ふっと玲唯が顔を上げた。
そんな彼女の後ろで、二人の男がすれ違う。
一人は、紺色の落ち着いた印象の軍帽を目深に被り、金の四本線の階級章を肩につけている。
もう一人は、ベージュのフェルト帽を被り、ポケットに手を突っ込みながら下を向いている。
その一瞬、三人の、最初で最後の「無自覚な」再会が果たされたのだった。
「………そういえば、」
玲唯が何かを思い出しそうになって顔を上げた瞬間、その姿がぱっと消えた。
塵一つ残さず。
「はっ?!」
目の前の景色が一瞬で飛んでいき、玲唯はあたふたと辺りを見渡す。
そこには椅子に座って優雅に茶を嗜んでいるミヌシューラがいた。
「…あっ、ミヌシューラさん!!…どうしたんですか?」
突然転移させられて、玲唯の頭の中では驚きと疑問が渦を巻いていた。
「…………」
ミヌシューラは少しの間黙っていたが、ようやく絞り出したように言った。
「……そこにおかけなさい」
玲唯は言われるがままに目の前にある空席に座り、姿勢を正す。
「………お茶は要るかしら」
「……お願いします」
玲唯は朝からまだ水分をとっていなかったことに気づき、喉が、体が水を求めていることに初めて気づいた。
ミヌシューラが自身の飲んでいた熱々の紅茶が入ったカップを置くと、流れるように右手を上に振った。
瞬間、目の前に置かれていた空のカップにお茶がぱっと出現する。
「?!」
玲唯が突然の出来事と想像を逸した魔法に驚いてカップを見つめる。
「……………アッサム……?」
「えぇ」
さらには自分の好きな種類の紅茶であるアッサム茶を淹れられてさらに驚く。
ミヌシューラは何ということでもないと言わんばかりに再びカップを口に運んでいた。
玲唯はおずおずとカップに手を伸ばし、取っ手をつまむ。
そのままカップを唇に当て、ゆっくりと傾ける。
温かな紅色の液体が喉に流れ込んでくる。
身体中に温かさが染み渡る。
「美味しい…」
ふとミヌシューラを見るとうんうんと頷いている。彼女なりにお茶の出来栄えには自信があったのだろうか。
ゆっくりと紅茶を楽しんでいると、ミヌシューラが口を開いた。
「……少しお話があるのだけど……いいかしら?」
玲唯は突然の言葉に一瞬喉を詰まらせかけたが、何事もなかったかのように立て直し、カップを置いた。
「……はい」
「……貴女は、稲村くんといつも一緒に行動しているけれど……何故なの?」
「えっ」
思わぬ質問に思わず声が出た。
「……何故って……」
普通に答えようとしたが、何故か言葉が出てこない。
必死に頭で考えるも、何も浮かんでこない。いや、何かモヤモヤしたものはあるのだが、うまく言語化できないと言うべきか。
目が右に、左に、上に、下に、泳ぐ。
必死に答えを探す。
「……少し難しい質問だったかしら?」
ミヌシューラが若干顔に諦めの色を滲ませながら言う。
「あっ、いえ、その…っ」
頭の処理速度が限界に達していることは明らかだった。
でも、それでも答えが見つからない。
ようやく見つけ出せた答えらしきものは「幼馴染だから」「親友だから」の二つだけだった。
「……幼馴染…だから……っていうのと、……し、親友だから…ですかね…?」
最後が疑問系になってしまったが、しどろもどろになりながらも答える。
「……ふーん……幼馴染だから……っていうのと……親友だから………なのね?」
「………多分……はい」
ミヌシューラはこちらを見つめて……いや、私を通してもっと遠くを見つめている。
その澄んだ黒い目をじっと見ていると、何か見覚えがある気がした。
しかし、その見覚えの正体が思いだされる前に、黒い目の光が徐々に暗くなっていったのが気になった。
気まずい沈黙が二人を包みこむ。
「………じゃあ、逆に稲村くんは何故貴女と一緒にいるのか、想像はつく?」
長い沈黙の末に投げかけられた疑問を玲唯が理解するには少し時間が必要だった。
「………え」
その疑問に対する答えを考えているときに思い起こされたのは、あの平原でのことだ。
『僕は君を信じてる、そして好きだよ。』
あの突拍子もない告白が答えとして頭の中に浮かんできたが、それを一瞬にして理性が叩き落とした。
(その告白は自分で答えを先延ばしにした挙句、いまだに返事をしていないじゃないか)
あぁ、そうだ。私は未だに返事をしていない。返事を待たされる側の気持ちを体感したことはないが、それでも、想像しただけで胸が苦しい。
勇気を振り絞って、自らの気持ちを伝えたのに、断られるならまだしも、返事を先延ばしにされること。
それがどんなに辛いことなのか。
可能性があるかもしれない、という淡い期待が頭の中にある中で、本当は迷惑だったんじゃないか、とか本当は嫌いだったんじゃないか、とか、告白されたことを言いふらされてるんじゃないか、とか、色々なネガティブな考えがよぎるのだろう。
メンタルが本当に豆腐なあの湊人が、その重圧に、ストレスに耐えられるのだろうか?
その、好意を、いまだに持っているのだろうか?
そんな考えが湧いてきた瞬間、心の中で何かが壊れた。
何故かはわからない。何かもわからない。湊人を好きなわけでもないはずなのに。
何かとんでもないものを失ったような喪失感だけが身体中に満ち始めた。
意識が思考空間にズブズブとはまってゆく。
瞬間、その乱雑とした思考空間に紅茶の香りがそろそろと入ってきた。
その澄んだ、ほのかな、華やかな、香りが、頭の中を満たしてゆく。
意識が完全に取り込まれる寸前、ぱっと意識が外界に向いた。
「……」
前ではミヌシューラが新しくお茶を淹れていた。
「………………緑茶…………緑茶?」
何か不可解なものを見たような気がして、玲唯は眉を顰める。
「……答えは…出たかしら?」
ミヌシューラがゆったりとした口調で言う。
「………いえ、わかりませんでした」
不安定な意識と心情の中、玲唯がかろうじて言えたのはそれだけだった。
そのまま、ふっと意識が飛んだ。
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