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夢と幻想の狭間で君に  作者: 稲戸結衣/はくまい
終わりの始まり、始まりの終わり
1/7

君がいない世界で

いらっしゃいませ。

「———やめっ…?!」

思いっきり腕を振りほどこうとするが、なかなか力が強く、解けない。

「どこへ行こうというのかね?君には他に道は残されていないというのに」

「そんなはずない!…み、湊人!湊人が助けてくれるはずだもん!」

その抵抗の言葉も虚しく、希望は粉々に打ち砕かれる。

「湊人…?あぁ、あの男か。あいつは町田に殺させるよ」

「そんなっ?!」

そんな冷酷非道なことがどうしてできようか。

親友である二人同士で殺し合いをさせるなんて…

「心配せずともよい、男の方には記憶はないからな!」

見透かされているかのような言葉に一瞬身を固くするが、それ以上に衝撃が大きかった。

「記憶が…ない…?」

だが、それでも、紡木の方には記憶が残っているはずで。

だがそんな他人の身を案じている場合でもない。

「君に逃げ場などないのだよ!何もしないから無駄な抵抗はやめなされ!」

50を半ば過ぎたような半裸のおじさんにそんなことを言われても説得力がない。

「いやっ!触らないで!!」

思いっきり男の右手に手刀を入れる。

「…痛っ?!……あまり調子に乗るなよ小娘、お前など私にかかれば…」

再びつかみかかってこようとした時だった。

窓から急に眩い光が差し込んできた。

「…なんじゃ?!」

あわあわと狼狽えている男、もとい王は、慌てて結界を張る。なんと生き汚いのだろうか。

が、次にやってきた光は、よもや破壊のためだけにあると言っていいだろうものだった。

一瞬にして結界ごと王を消し飛ばし、反射的に貼った私の結界までも消失させていた。

だが、私自身には何の被害もなかった。

城の一部が幸運にも残り、空中で浮遊している。

「…何で…?……そういえば湊人は…?!」

見渡せど見渡せど空虚ばかりが広がる世界に湊人を探す。

突然、目の前に美しい女性が現れた。

「…こんにちは、玲唯?」

それは幻想の女神ミヌシューラだった。

「…あっ!お久しぶりです!ミヌシューラさん!」

「えぇ、久しぶりね。」

「ところで何か御用ですか?」

「あぁ、そうね、いきなりだけれど、多分貴女のボーイフレンドであろう稲村くんのことなのだけど…」

ぼーいふれんど………?

男の友達、まあ確かにそうだけど、なんで英語…?

「あっ、は、はい。」

「…貴女は、稲村くんのことは好き?」

へ?…な、なんで、そんな、こと。

「いきなりの質問で悪いけれど、少し状況を説明するわね。つい少し前、彼は貴女のお友達の町田くんと対決することになったの。もちろん、あの王の差し金でね。その時に、町田くんが、稲村くんに言った。『お前じゃ、玲唯を幸せにできないんだよ』と。そしたら、稲村くんが激昂して、町田くんどころかこの国全体を消滅させてしまった。これが現状の経緯(いきさつ)ね。」

「そんな」

本当にそうなのだろうか。もし、王の言うことが本当で、湊人が、紡木のことを、覚えていないのなら、そうなっても仕方がない気がする。

でも。それでも。非情だと思う。いくら湊人が記憶を失っていたとしても、かつて友人であったはずの紡木をその手で殺させるなんて。自らの手を汚さずに、誰かの手をその大事な人の血で汚させるなんて、そんな、こと。

「本来ならば、私は貴女たちの起こした結果には干渉するつもりはない。でも、今回だけは、助けてあげようと思ったの。」

「あ、ありがとうございます」

「…それで、貴女は、稲村くんのことは好きなの?」

…湊人は、幼稚園の時からの幼馴染だった。

運動神経こそ良くはなかったが、潑溂(はつらつ)としていて、園児たちの中では一目置かれていた。

小学校に入って、最初はうまく行っていたと思われた学校生活は、小学校4年生のときに崩れ去った。湊人は表面上明るくはあったものの、根は内向的で、コミュニケーションが苦手だったのだった。徐々にその中身が顕在化していったために、いじめに遭ってしまったのだ。そもそも内向的であったことから、無視などをされても特に気にしてはいなかったようだが、それでも他人と関わる機会が減ってしまったために、口数がどんどん少なくなっていってしまったのだった。そしてそれと同時に、私にも無視が始まった。始まったきっかけは些細なことだった。仲の良い女子に「稲村くんのこと、無視しようよ、もししなかったら絶交だからね」と言われ、それに「私はこれからも湊人と話すよ?」と宣言したことだった。そのこともあってか、私と湊人の仲は急速に親密になっていった。もっとも、どちらも幼馴染だという感覚しかなかったが。紡木も、そうだった。お山の大将的な男子に「稲村のこと無視しろよ?しなかったらどうなるか分かってるよな?」と言われたときに、思いっきりその男子を殴りつけたのだ。幸か不幸か、それによって先生たちにいじめのことが伝わり、遠回しながらも湊人への援護が始まったのだが、それはまた、焼け石に水どころか火に油を注いだのだ。ある時、湊人は国語辞典で思いっきり殴られ、一時は意識を失った。これはもはや、いじめどころか暴力沙汰だが、何もお咎めはなかった。血は争えないというべきか、その子供の親は、町内でぶいぶいいわせているタイプの親だったために、学校がもみ消そうとしたのだ。

だが、湊人の父親は警察庁に勤めていたことが仇となった。湊人からそのことを聞くなり、学校に立ち入り調査が行われ、もみ消そうとした校長含め指導部3名が懲戒免職、当該生徒は傷害罪で家庭裁判所送りになった。

一時は「役職の権力濫用だ」と非難もあったが、事の一部始終が明らかになったことで、そういった非難の声も聞かれなくなっていった。

そのあとは、紡木と湊人と私とでずっと仲良くしており、その後高校に入るまで続いた。高校は、紡木は私立の男子校に、私と湊人は国立附属の共学校に進学した。平穏だった一年生も終わりを迎える頃、私は「田村(たむら)」という男子生徒に告白された。何という理由だったかは覚えていないが、その時は断ったのだった。しかし、そろそろ3日が経とうとする日の夕方、もう少しで陽が沈まんとし、影が一層濃くなった頃、私は部活が遅くなり一人で帰っていた。ちょうど家の前の道に差し掛からんという丁字路で、突然背後からその田村に抱きつかれたのだった。暗さで顔は分からなかった。直感的に危機を感じて、必死に抵抗したが、田村はサッカー部であった事もあり、かなり力が強く、振り解けそうもなかった。行き止まりの路地に引き摺り込まれ、もはや諦めかけた時のことだった。突然パァァンという大きな軽い音とうめき声をがして、田村がそのままブロック塀に吹き飛ばされたのだ。驚いて顔を上げると、そこには少し遠くに立って銃口から硝煙のくゆる拳銃を持った男がいた。ちょうど逆光で顔は見えなかったが、何故か誰なのか分かった。

その後警察によって事情聴取を受けたが、その男が誰であったかは言わなかった。後で聞いた話だが、湊人はその時間は家族全員で夕食を食べていたらしい。

だが。あれはどう考えても湊人だった。

湊人にも言わなかったので、真相は闇の中に紛れてしまったが。今度また聞いてみようかなとも思っていた。


あの時からかもしれない。


私が、湊人に特別な気持ちを持ち始めたのは。


「…私は、湊人のことが好きなんですか?」

率直な疑問だった。

「…どういう意味?」

ミヌシューラさんが怪訝そうにする。

「私は、湊人を特別だと、思っています。…でも、それが、好き、なのかは分からないんです。」

「…」

ミヌシューラさんはしばらく黙ったあと、唐突に口を開いた。

「———本当、愚かな人間だこと」

「……えっ?」

思わず聞き返すと、少し悲しそうな顔をしてミヌシューラさんはこちらを見た。

「貴女のことを、愚かだと言ったわけじゃないの。」

「…」

「稲村くんは、逃げた。」

どういう意味か分からず思考が停止する。

「……に、げた?」

「あぁ、そうね、まだ状況の説明がついていないわね。結局稲村くんは自分が国を崩壊させたとともに自身も地面に真っ逆さまになっていって、そこでやり直そうとしたの。」

「…やり、直す…。」

「そう、彼は『元の世界での記憶と引き換えにあらゆることを叶える力』を手に入れていたのよ。」

「…そうなんですか…?」

そんなことは初耳だ。

「…そうね、貴女も一度、実は死んでいるのよ?」

「…えっ?!」

一度死んだことがある、と言われてもあまり実感が湧かず、何とも言えない心地がする。

「そんなことはどうでもいいわね、そして、私が彼に訊ねたの。貴女との記憶を全て消して、その代わり世界をやり直すか、そのまま死ぬか、どちらがいいか、とね。」

「…」

「それで、彼は、死ぬことを選んだ。」

「えっ」

「この世界から逃れようとしたのよ。もっとも、死んだとて彼は現実側の夢嶺にいたから、現実に戻るだけなんだけど。」

「ムレイ…?」

聞き馴染みのない言葉だ。

「夢嶺、というのは、夢と幻想の間の時空のこと。そうね、こんな感じかしら。」

ミヌシューラが頭の中にイメージを共有してくれる。

挿絵(By みてみん)

「……平行世界(パラレルワールド)みたいなものですか?」

「あぁ、そうね、そう言ってもいいかもしれない。」

「…ということは私も死ねば…」

「それは無理ね」

「…え」

「貴女はすでにこの内側の三角形を出てしまっているから、現実世界に戻るためには、『幻想』の時間軸か、『夢』の時間軸を通る必要があるわ。」

「幻想の時間軸か夢の時間軸………?」

「そう、この三角形の三つあるうちの下側の二つの辺、ここが夢の時間軸と幻想の時間軸なのだけれど、ここを通っていって現実の時間軸と交わるところにつけば、元の世界に戻れるわ。」

わけの分からない理論で頭がこんがらがってきた。

「……どうやったらそこに行けるんですか」

「…分からないわね、上手くいけばいけるかもしれない、だけ。時間軸を移動するわけだから、行動によって変わっていくの。どこに行けばどうなるかは、今までの行動の積み重ねで決まるの。あとは貴女の運次第ね。」

「運…。」

運次第だ、と言われても困る。そもそも私が運がいいような人間ではない。時間軸だとか平行世界だとか言われても意味が分からない。

「あっ、そうだわ、貴女に渡すものがあるのよ」

「…何ですか?」

ミヌシューラさんはニコリと笑い、手鏡のような物を手にゆっくりと乗せた。

「手鏡………?」

「これは伝心鏡よ。伝えたい相手に言葉を伝えることができるの。」

「な、るほど」

「———もっとも、彼は貴女のことを忘れてしまっているけれど。」

「えっ…?」

私のことを、忘れている……?

「えっと…私のことを…忘れて、いる?」

ミヌシューラさんはうなずき、続けた。

「そう、彼はこの世界で『貴女との記憶』を選んだの。ここは幻想の世界。幻想と現実は…そうね、言ってみれば逆の関係なのよ。つまり、現実の世界では、『貴女との記憶』以外の記憶を持っていることとなるわね。」

「…そんな」

「でもね、貴女が元の世界に戻れれば現実の世界に貴女が存在することとなるから、彼にも記憶が戻る…かもしれないわ。」

そう言う彼女の顔には少し後ろめたさがあるような気がして。

「……ミヌシューラさん、何か隠していることがありませんか…?」

そう言うと、ビクッと肩を振るわせた。

「…」

「…何か隠してるんですね」

「貴女には隠しておこうと思っていたのだけど……彼は貴女のことを探しているの。もっとも、貴女だとは知らずにね。」

「……どういうことですか?」

私だと知らずに私を探している……?そんなことがあり得るだろうか?

「そのままの意味よ。記憶は無くても貴女に対する好意は残っているのね…」

「…はぁ、なるほど…?」

そう言われてもそれそうと納得できはしない。

とはいっても、元の世界に戻らないことにはどうしようもない。

先ほどもらった伝心鏡を開いて幼馴染の男子の顔を思い浮かべる。すると驚くべきことに、鏡の中に湊人が現れたではないか。登校の準備をしているところらしい。そっと顔を近づけて話しかける。

「おはよ」

瞬間、湊人は周りをキョロキョロと見回す。

「何でびっくりしてるの?」

少し、いたずら心が湧いてきた。

湊人は驚いてせかせかと家から出て行こうとする。

「…目を背けてもダメだよ?事実は事実なんだから」

「———湊人?」

しばらくして、伝心鏡を閉じたとき、ふと目から涙が出てきた。

「…な、んで?」

ふと私を見たミヌシューラさんがゆっくりと近づいてくる。

「…何で何で何で???」


ミヌシューラさんがゆっくりと私を抱きしめる。

「———大丈夫。大丈夫よ。」

心の中に沈んでいた哀しみが、とどめなく流れる涙で、女神の温もりで、溶かされていくようだった。

更新遅れてしまいました!申し訳ありません!

本日もお読みくださってありがとうございます!

ぜひご感想やご評価もお願いいたします!

それではまた次もよろしくお願いいたしますー。

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