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プロローグ

 4/24日。月曜日。

 放課後。

 加藤は、宝くじの当たりを換金しに銀行へ行った。

 くしくも、昨日話したばかりの、一人の放課後の到来だった。

 誰もいない教室に、俺は一人だった。


「ねぇ」


 いや。違った。

 加藤がいなくとも、俺は。

 一人にはなれなかった。


「あなた。昨日、あのかっこかわいい加藤若葉とデートしてたでしょ?」


 放課後の教室。

 ぼー、と加藤のことを待っていた俺は、一人になったころになって、ようやく加藤が今日は来ないことを思い出して、席を立とうとした。

 が。

 厳密には、一人ではなかった。

 もう一人、いた。


「あなた。あの加藤若葉とデートして、古着屋で服選んでたでしょ?」

「……えーと」


 廊下側の一番後ろの席、俺が座っている席の前に、女が立っていた。

 制服を着ていることから、この学校の生徒であることは分かる。

 背中の中心くらいまでの黒髪。切れ長の目。強気そうな瞳。

 乳は、ある方。しかし、背はそこまでない。おそらく平均をそこそこ超すくらいの、俺や加藤には及ばないくらいの背だ。太ももも、加藤ほど露出してない。

 そんな女が、黒板に背を向ける形で俺の席の前に立っていた。


「なによその目は。もしかして、クラスメイトのこと覚えてないの?」

「クラスメイト……」


 と、聞いて、思い出した。

 この人、クラスメイトだ。思い出した。見たことある人だと思ったわけだ。


「……名前、なんだっけ」

「はぁ⁉」


 女は髪が逆立ちそうな声を上げて、机を叩いた。手の方が痛くなるような勢いだった。

 机が揺れる。

 帰る準備をして加藤を待っていた俺だったから、その揺れで物が落ちるようなことはなかった。

 この女、感情がすぐに暴力に出るタイプの女のようだった。


「クラスメイトの名前、あなた、本当に覚えてないの?」

「いや、まだ四月だろ。学年が変わってから、一か月も経ってない。そんな期間で人の名前なんて覚えられないだろ」


 これは本音だった。

 たった一か月足らずで人の名前なんて、覚えられるか。


「あなた、本当にそれ言ってるの……?」女は疑うような目線を俺を見る。「じゃあ、三年になってからのこの四月、どうやって過ごしてたの?」

「どうやってって、なんだよ」

「クラスメイトの名前を覚えずに、どうやってって意味よ」

「どうやって……? 普通に……?」

「…………」


 女は信じられないものを見るように、俺の顔に視線を向けた。もちろん席を挟んでの会話だ、手を伸ばせば届く距離に俺と女はいるから、この女、いつ暴力に訴えてもおかしくなかった。

 いやそんなことをするような直情的な人間が、この学校にいるとは思わないけれど。

 でも、やりかねない雰囲気がこの女にはあった。


「……まぁ、いいわ。意外と、そういう男がいいって、判断する子もいるだろうしね……」女がつぶやいた。 

「どういう意味だよ」

「そのままの意味よ」


 高圧的に女は言う。どうやら相手が誰であろうと物怖じしないタイプでもあるようだ。

 その上、感情が暴力に出る。

 そんな性格、生きるのに地獄では──と思うが。

 しかし、そんな俺の心境すらもどうでもいいそうで、女は切り替えるように言った。


「で。あんた。あの加藤若葉とデートしてたでしょ」

「…………」


 女はじぃと、強気に勝気に、俺を見てきた。

 ここで俺がとれる選択肢は、三つあった。

 肯定する。

 否定する。

 誤魔化す。


「……質問を返そう。まず、なんの用?」


 俺が選んだのは四つ目の選択だった。

 奴隷の選択肢を選んだ加藤ばりの、四つ目の選択肢の発想。

 質問返し。

 会話における、禁じ手であり絶妙にもなる手を、俺は選んだ。


「言わなくても分かるでしょ。私の聞きたいことがそれなんだから」


 女はフンとでも言いそうな、どこか一国の王女様のような物言いで、質問返しという禁じ手に答えた。

 フン、って。

 もしかしたら、顔はそこまで幼ない感じには見えないが。

 性格は、幼さを残しているのかもしれなかった。

 いや、実際に有効だった。会話に限らず、反則を使うような相手にはまともに対応しないのが有効である。

 この女、コミュニケーションは慣れているようだった。

 面倒くさいことになったと、素直に俺は思った。


「じゃあ、俺の方から先に聞こう。質問は一個ずつ、順番に、だ」先に手を打っておこうと思って、俺は話を始めた。「まず俺のターン。名前、教えてくれ。俺はそこまで、人のこと覚えてるわけじゃないんだ」

「本当に覚えてないのね……ま、いいわ」女は言って、髪を遊ぶように毛先を触って、それから言う。「同じクラス。三年三組。クラスメイト。古都河結衣(ことがわゆい)

「……古都河(ことがわ)?」


 それが、苗字らしい──が。

 俺には馴染みのないものだった。


「え? あなた、本当に言ってるの? 冗談じゃなくて?」

「あんま、人と関りがあるわけじゃないからな……」


 誤魔化すように俺は言った。で、クラスメイト、古都河の顔を改めて見てみる。

 やはり顔には、幼い印象はない。どころか、大人に近い顔立ちに見える。

 目が大きいのがズルい。切れ長なのに力強い。

 唇もきれいだ。肌も健康的に瑞々しい。


「加藤にも負けないくらいいい顔してんな……」

「何か言った?」

「なんでも」


 実際に聞かれてたら、俺は古都河に殴られてただろう。 

 俺は再度、誤魔化した。 

 で。


「で。そんな古都河さんが、俺に何の用?」

「質問はこっちのターンでしょうが……」


 ため息混じりに古都河は言って、それから「まぁいいわ。内容は変わってないし」と、机に手を乗せて俺の方に身体を乗り出し、古都河は顔を俺に近づけた。

 で、言う。


「加藤若葉。なに? あんた、知り合いなの?」

「……そこから、ね……つまりは、こういうことか」


 話の流れは、こういうことらしい。

 どこかしらで、昨日の俺と加藤の買い物を、古都河が見かけたと。

 加藤は、かっこかわいいで有名らしいから、古都河も例にもれず、加藤のことを知っていて。

 で、今日になって、加藤と連れ立っていたクラスメイトである俺に、古都河は接触してきたと。

 そういうことらしかった。

 

「いや、あんた、本当に言ってるの……?」

「なにが?」


 見ると、古都河がぴくぴくと頬を痙攣させて、何か言いたそうに軽蔑するような目線で俺を見ていた。

 なにが、気に障ったのか。

 俺の推測が、顔に出ていたか。

 その推測が間違っていたのだろうか。

 

「昨日、古着屋で会ったでしょ」

「あ」


 言われて、思い出してみれば。

 この子、あの古着屋のバイト娘と同じ髪型だった。

 あれ、ということは。


「あんた達がいろいろ、いかがわしい服を買ったのを私は知ってるのよ。レジ打ったの私なんだから」

「……あぁー」


 古都河。この女、あの古着屋のバイト娘らしかった。

 言われてみれば、たしかに昨日見たあの娘の面影がある。

 何で気付かないのか不思議なくらいだった。

 今まで、思い出さなかったのか、俺。その上で、今まで古都河と話していたと。

 古都河が軽蔑するのも分かる気がした。


「あなた、人の顔とか見てないわけね……なるほど。だから私のことも覚えてないわけか」

「いや、昨日は仕方ない気がするけどな」


 なんせ、いろいろと、加藤の勢いが凄かったし。

 他の人間を見ている余裕なんて、俺にはなかった。


「あぁ、なるほど。あの加藤若葉とデートするのに夢中で、他の女なんて眼中になかったってわけね。それが昨日のあなたってわけか」

「それは誇張してる気がするが」俺は訂正するように答えた。


 というかそもそも。

 俺は未だに、デートという単語が、頭の中の検索窓に引っかかってこないんだが。


「え? なに? あんなかっこかわいい美少女と休日に一緒に出掛けておいて、あなた、デートじゃないっていうつもりなの? じゃあ、あれはなんだったの?」

「……質問のターンはこっちのはずだろ」


 俺の口から出たのは、そんな苦し紛れの返事だった。

 まぁ一応、筋は通っているはず。

 昨日のあれがデートなのかどうかは、正直、俺にとっては触れてほしくないところだった。

 加藤とのよく分からない主従関係の話にまで、古都河の深入りを許しそうだからだ。


「まぁいいわ。次に答えてもらうから。昨日なにをしていたのか」

「……あっそ」


 俺は答えて、さて、次に俺が古都河に聞くべきは、なんなのか、を考えた。

 放課後の教室。加藤との主従関係。クラスメイト古都河。

 と、そこで。

 机に乗り出すような姿勢の古都河の乳を見て、ふと、俺は聞くべきことを閃いた。


「そうだ。古都河、お前、乳、何カップ?」


 ゴリ、と。

 俺は、殴られた。

 目で追えないほどの速度での、古都河の平手打ちだった。

 いや、平手打ちされたことに気付いたのは、椅子から転げ落ちた後だった。


「……っ、あ、な、あなた、! 初めて話す女子相手に、なん、なんて……!」


 古都河は自分の胸を上から隠すように抑えながら、今度は侮蔑するような目で俺を見た。


「……いや、俺もそう思うな、これに関しては」


 俺は立ち上がりながら、意識を切り替えるように殴られた左頬の痛みに集中した。

 じんじんする。

 どうやら感情が手に出るタイプゆえ、それに伴って、古都河、力は強いらしかった。

 いやな手合いかもしれなかった。


「あなた、ね。それ、セクハラっていうのよ? たとえ同い年、同学年でも、セクハラって成立するのよ?」

「まぁ、知ってる……」俺は古都河に答える。


 いかんな。とも、俺は同時に思った。

 俺、多分、加藤との会話に慣れすぎちゃっているのだ。

 女を見れば、まず乳を観察する癖がついちゃったみたいである。

 いやな手合いの人間に出会って自覚した、自分のいやな癖だった。


「じゃあ、質問を変えよう。さっきの質問は履行不能ってことで、別の質問に変えることにする」

「こういうときって普通、私の質問のターンになるんだと思うんだけど……」古都河は不満そうに言った。「あんた、見かけによらず強引ね」

「強引なのが分かる見た目って、逆にどんな見た目だよ」

「ほら、短髪で、髪の横とか刈り上げて、スポーツしてそうな感じで体格が良くて……」

「そりゃ、男の見本みたいなやつだな……」


 俺は答えて、さっさと次の質問を考えた。


「じゃあ、古都河サンの目的が、加藤のことだとして。そうだとして……つまり古都河は、結局、俺に何が言いたいんだ? 何を言いに、教室の中が誰もいなくなるまで待ってたわけ?」


 これが、やはり最後まで不思議だった。

 古都河が、加藤のことで、俺に言いたいことがあるんだとして。

 古都河、何を言いに、俺に接触してきたのだろう。


「私が聞きたいのは、まず一つ……あんた達、付き合ってるわけ?」古都河が言った。

「……直球だな」

「そりゃそうでしょ。誰でも、聞きたいと思うわよ、これは。あんた、本来なら学校中の噂になっててもおかしくないことをやってるんだからね? 古着屋で働いてた私だけが、偶然、間近で知る事のできただけで」

「まぁ、加藤はな……」


 まぁ、その通りだった。

 加藤に、男ができたなどと。

 あいつのかっこかわいさなら、学校中が騒動になっておかしくない。


「ん? それならそもそも、俺と加藤が登下校をよく共にしてるってのは、噂になってないのか?」

「あぁ、それはね……おっと」と、古都河は流れで口を開きそうになって、思い出したように手で口を塞いだ。「……今は、私の目的をあんたが訊いてるところでしょ。他の質問をしたいなら、私の質問の番を挟んでからにして」

「あぁ……律儀だな」俺は嘆息する。


 古都河、性格は悪くないのかもしれなかった。

 感情によって、手が出るだけで。

 

「あんたのセクハラのせいだけどね、それは……」古都河は呟いて、提案するように目線を変えた。「いいわ。じゃ、質問の前借りってことで、後々の質問の権利を先に使うなら、その質問に答えてあげてもいわよ」

「あぁ、いいな、それ。柔軟な発想だ」古都河、頭も悪くないらしい。臨機応変な姿勢を取れる人間のようだった。「じゃ、俺の質問を先に消費しよう。で、答えてくれ。噂っていえば、俺と加藤の登下校の方は、噂になってないのか?」

「それはもちろん、噂にはなってるわよ」と、古都河は簡単そうに答えてくれた。「そりゃ、あの『加藤若葉』だしね……あんな美貌、人生で一回見れるかどうかの、オーロラみたいなものだし。そんな子が男と並んで登下校してりゃ、嫌でも目に付くわよ。噂には、もうなってる」

「へぇ……」


 俺の耳には入ってきてない情報だった。

 加藤の方は──どうなのだろうか。


「あんた、ね。自覚がないんじゃないの? あの加藤若葉よ? あんた、どんな手を使ったのよ」古都河は目を引き攣らせたまま、俺に訊いた。「私からすると、あんたが加藤若葉の弱味でも握ってるんじゃないかって、そう考えざるを得ないんだけど」

「あぁ……それ、そんな話もあったな」


 そのときは、俺も納得したものだった。

 加藤のかわいさは、上から数えた方が早いと。


「じゃあ、もう一個、質問の前借りをしてもいいか?」後に回すとややこしい気がしたから、ここで俺は訊くことにした。「その噂ってのは、どこまでの噂になってるんだ?」

「というと?」

「もう付き合ってるとか、そのレベルの具体的な噂なのか……それとも、まとこしやかな噂レベルの噂なのか」 

「ああ、そういう意味」古都河は頷いて、言う。「それは、後者ね。まだそこまで、ちゃんとした噂にはなってない。醜聞ほどじゃなく、それこそ又聞き程度のものよ」

「ふぅん……」俺は頷いた。


 まぁただ、そこまで芳しい結果が得られた気はしない。

 質問の権利を二つ使ったにしては、得られた情報量は少なかった。

 俺と加藤、そこまで人の興味を引いているわけではないらしい。

 まぁ、それ自体はいいことではあった。


「じゃ、私の番ね。やっと、私の番よ」古都河は四つ、指を立てて、言う。「あんたの前借りの分も合わせて、四つ。まず、さっき飛ばされた質問で、一つ目。あんた達、付き合ってんの?」

「…………」


 さて。

 これは──どう答えるか。

 直球がすぎる質問。

 であるがゆえに、誤魔化すのも難しい気がした。


「……まず。付き合っては、ない」

「ふぅん?」俺の答えに、古都河は意外そうに声を出した。「え、デートもしておいて、登下校も一緒にしておいて、付き合ってないの? そんなこと、男女の関係であるの?」 

「それは質問?」

「質問でいいわよ」豪胆に、古都河は言う。「じゃ、これが二つ目ね。なんで、あんた達は付き合ってないのか。デートもしてるのに」

「…………」


 古都河は、あの俺と加藤のお出かけを、デートだと信じてやまないようだった。

 

「……あのさ。あのさ……ちょっと、先に、訊いていいか?」二つも質問を前借りしているというのに、俺は訊かざるを得なかった。「その、デート、ってのは、どこから来た単語なんだよ。別に今どき、男女が一緒にでかけることくらいはあるだろ」

「今どきの男女の行動基準を、あんたが知ってるとは思えないけどね……ま、いいわ。また前借りって形で、答えてあげるわよ」と、自分の質問の権利を積み上げて、俺への訊きたいことをこれから貪るのだと示すように、古都河は言う。「なんで、私があんたと加藤の休日の買い物をデートだと思うのか。あとついでに、なんで私が、あんたと加藤が付き合ってると思うのか」

「なんで?」

「それはね……」


 古都河は溜めて。 

 言った。


「あんた達、キスしてたでしょ」

「…………あぁ」


 そういえば。と。俺は思った。

 思い出した。

 古着屋の中で、俺、加藤とキスしたんだった。

 

「あれがあるから、あんた、言い逃れ出来ないわよ」古都河は刑事みたいな口調になる。「ディープではなさそうだったけどね……でも、マウストゥマウスだったでしょ。口と、口だったでしょ。あんた、あんなことをしておいて、付き合ってないっていうのは……通らないわ。あんた達、どういう関係なのよ」

「…………んんー」思ったよりも。古都河は、俺達の事情に関しての知見、深い位置にいるらしい。


 思ったよりも、状況はまずそうだった。

 こんなことになるなら、古着屋に行く加藤の乳でも揉んでやって、日曜の過ごし方を変えればよかったと思った。

 いや、まさか古着屋のあのバイト娘がクラスメイトだなどと、昨日の俺にそんな警戒はできないだろうが。

 本当に、後悔は先に立たないらしかった。

 

「……加藤とは、隣の家でな。ちょっと、付き合いがあるんだよな」俺が選んだのは、正直な答えだった。「だから、まぁ、付き合ってはないけれど……ちょっと、話す仲なわけだ」

「あんた、それで私の質問に答えたつもりなの?」古都河は厳しい瞳をする。「私の二つ目の質問には、なんであんた達が付き合ってないのかの明確な答えを、細部まで追及する意図があったんだけど。あんた、そんな曖昧な答えで答えた気になってるの?」

「……まぁ」


 これに関しては、古都河が正しかった。

 俺の方も、露骨に誤魔化そうとしての回答だったし。

 いや、でもなぁ。

 主従のこととか、古都河に言うわけにはいかないしなぁ。

 さて、どうするか。

 いや、本当に。

 

「じゃあ、なんならこれは保留でもいいわよ。そっちの方が話がスムーズに進むっていうならね」と、古都河はそこで、俺に譲歩するようなことを言った。「私の三つ目の質問を先に聞いてから、保留した回答に戻ってもいいわ」

「…………」


 それは、つまり。

 俺にはまだ、この先に、核心に迫るような質問が待ち構えていると──そういういうことでは。

 だからこその、古都河のこの余裕なのではないのか。


「三つ目の質問は、あのキスについて」古都河は止まらない。「あのキス……私がレジカウンターの中から遠目に見る感じ、加藤若葉の方からキスしてたでしょ」

「……それで?」

「うん。だから、それが三つ目の質問。あんた……どうやって、加藤の心を掴んだの?」

「…………」


 それは──正直、俺も知りたいところだった。

 たしか、引っ越し作業の最中に、目があって。それで、一目惚れしたっていう形だった。

 これ、古都に言ったところで、信じてくれなさそうだった。


「それで、四つ目の質問。あんた、あのとき買ってた服、何に使うつもりなの? 私がレジ打った服……バニーとか体操服とか、あったけど」


 古都河は続ける。


「そんで、最後。途中の前借りで増えた分で、五つ目の質問。これで、最後……あんた、さぁ」


 古都河は言う。


「加藤若葉と、どうなるつもりなの?」

「…………」

 

 それは。

 果たして──どういう意味の籠もった質問なのか。

 どうなる──とは。

 俺には──分からなかった。

 俺には。俺には。


「答えなさいよ」古都河は容赦のない目で言う。

「…………」質問の意図が、俺には、分からなかった。


 だから。

 分からないから──俺は、

 俺は。

 考えるのを、やめた。


「古都河さん」

「なによ」


 俺は。

 ここで、切り札を抜くことにした。


「古都河さんって、乳デカいよな」


 殴られた。

 今度は、左手での、俺の右頬への殴打だった。

 俺は繰り返しみたいに、椅子から転げ落ちた。

 今度は後ろに壁がなく、倒れる方向にある左手を、倒れるままに床に突いて、俺は床との衝突の衝撃を和らげるしかなかった。

 

「あ」


 と。そこで、古都河の抜けた声が聞こえた。

 同時に、どんがらがっしゃんと、椅子の倒れる音が聞こえる。

 しかし俺は、古都河に反応を返すことは出来なかった。


「…………っ」


 痛みに、耐えていたからだ。


「え、あ、え、あんた……」


 古都河の、単語みたいな声が、また聞こえた。

 しかしやはり、俺は返事を返せなかった。

 

 俺。十七歳。

 初めての、左手首の骨折だった。

 まぁ。

 自業自得だった。

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