お母さんに変な髪型にされた!
髪切る時に失敗した時に描いた話。
頭空っぽにして何も考えずに読んでください。
「はあぁぁぁあ!?」
わたしは家の中で鏡を見、そして思わず叫んでいた。原因は後ろで笑いながら謝っているお母さんのせいである。
「ごめん、ちょっと切るの失敗しちゃった」
「ごめんどころで済むと思ってるの?」
まったく、お母さんに髪を切ることを頼んだわたしが馬鹿だった。髪を切りにいちいち床屋まで行くのがめんどくさいと感じ、お小遣いも節約できるからいいと思ってお母さんに髪を切ってもらったのだ。
その結果がこれだ。あまりにも悲惨な前髪は、わたしの今までかわいくなるためにやってきたすべてのものをぶち壊すほどの力をもっていた。
「はぁー、もう明日小学校いけないよ……」
わたしが失意のため息をつくと、二個下の弟が叫んだわたしの様子を見に階段を降りてきた。
「お姉ちゃんうるさい。今友達とゲームしてたのに……」
と言っていた弟も、わたしの髪形を見た瞬間吹き出した。
「なんだその髪型、ちょーおもしろい」
「このクソガキが!」
失礼きわまりない弟をわたしは蹴り飛ばした。
「わたしの前髪を返してよーーーー!!!」
どうするよ、ホント……
***◇◆◇***
朝、爆音の目覚まし時計で目が覚める。
祈るような気持ちで部屋の鏡の前に立ったが、無情にも鏡は悲惨なわたしの前髪を映し出した。
ハリーポッターのように一夜で髪が全部生えることに賭けていたというのに、どうやらわたしに魔法は使えなかったようだ。
わたしは一日分くらいの息を吸い込んで、大きなため息をついた。
もうグダグダしていても仕方がないのでとにかく対策を考えなくては……
とりあえず、階段をおりてリビングへ行く。
「柚子、おはよ…………ふふ」
部屋に入った瞬間、お母さんは必死に笑いをこらえだした。まったく誰のせいだと思っているのか。あまりにも失礼な態度にわたしの気分はさらに落ち込んだ。
とりあえず席について用意されたトーストをかじる。ちらりとお母さんの方を見ると、壁の方を向き、口に手を当てて必死に笑いをこらえている。まったくどこまで失礼なのだ。
朝ごはんを食べ終わると、わたしは再び部屋に戻り着替えを始める。とりあえず、いつもの服を棚から出して着る。しかし、鏡に映るわたしは、白を基調にしたかわいい服に対してアンバランスな髪型をたずさえていて、ひどく滑稽に見えた。しかたないので、衣替えしたばかりの用済みとなった夏服らが入っている棚をあさり、パステルカラーの帽子を持ってきた。それをかぶってみると、意外とごまかせることに気が付いた。
あれ……? なんとかなるんじゃね?
わたしはそんな根拠もない希望的観測を抱えだした。もう少し、何とかしたいところだが待ち合わせの時間が迫っているのでランドセルに体育着と給食ぶくろを詰め込み、急いで外に出た。とにかく、この帽子を外さないようにすることだ。
家の外に出ると、桃花が待っていた。
「もー、ユズちゃん遅くない? 寝坊でもしたの?」
そんな軽い問題じゃないんだ。わたしはもっと最前線で戦っている。
まあそんなことはおくびにも出さずに、わたしはにこやかにあいさつをする。
「おはよう。桃花ちゃん」
「……? こんな秋なのに帽子なんか被ってどうしたの?」
さっそく気づかれたか。たしかにすごい不自然だろうな。周りを見回してみても、登校中の子どもたちに帽子をかぶっている子は見かけられない。わたしは、焦りを表に出さないようにして、ごまかす。
「なんか今日たまたま帽子をかぶってみたくなちゃって。まあ、気分的なものね。……変かしら?」
「ううん。全然そんなことないよ。すごく似合っててかわいいよ」
わたしはその返事に胸を撫でおろした。どうやらわたしのカワイイはなんとか死守されたみたいだ。
「そういえば今日の漢字の宿題すごい画数の多い感じで面倒くさくてやってないや」
よかった話題が変わった。
「わたしはしっかりやったよ。宿題はしっかりやらないとね」
「さっすが! ユズちゃんはやっぱり優等生だね」
「それほどでもないよ」
「ううん。わたし、ユズちゃんすごい尊敬してるよ。かわいいし頭いいし何でもできちゃうし」
わたしはにっこり笑ってこの誉め言葉を受け取っておく。そう、せっかく積み上げていたそのイメージを決して崩してはいけないのだ。
わたしは、まだまだ長いであろうこの先のことを考えて少しげっそりした。
***◆◇◆***
わたしがここまでしてカワイイに固執するのには、理由がある。
それは、クラスの中での立場だ。
わたしは、お父さんの仕事の関係で、転校することが多く、この小学校も五年生になってからなので、まだ半年ほど、ということになる。そういうわけで、クラスに早くなじむ方法というものは心掛けている。
わたしは、自分で言うのもなんだが、かなり難のある性格をしていると思う。だから、いち早くクラスに馴染むには、その性格を押し殺してカワイイ優等生の殻にこもるのが正しいのだ。
その効果か、現在ではクラスで柚子さんはかわいくて素敵な優等生という上位の下の方という地位を築き上げた。
その地位をわたしは、平穏な小学校ライフのためにとにかく死守する必要がある。
***◆◇◆***
桃花といっしょに教室のドアを開けると、中にはもうほとんどとの生徒がいた。
席について荷物を整理しているわたしに、佐々木さんが話しかけてくる。
「やっほー、ユズユズ。なんか今日遅くなーい?」
わたしこの娘苦手なんだよな……という本音は必死に押し殺し、笑顔で対応する。
「ちょっと寝坊しちゃって」
「ええ珍しい。あ、もしかしてそういうドジっ子アピール?」
わたしはにこりと微笑む。やはりこの娘は苦手だ。
佐々木さんは大声で笑って自分の席の方に向かって行った。
ところが、彼女は途中で立ち止まり、一人の女子の方に向かっていた。その子の名は、遠藤圭。圭は佐々木さんが近づいてくるのに気付くと、びくりと震えたのが見えた。
「やっほー、圭ちゃん」
佐々木さんが圭に話しかけると、教室の空気がピリッと張りつめたものになったのが感じられた。わたしはそれからは見ていられないので前を向く。
佐々木愛。彼女こそがこのクラスの中心で誰も逆らえない。逆らったら、酷い目にあうだろう。まあわたしには関係ないなら特に問題はないけども。
ちょうどそのとき、先生が入ってきたので、佐々木さんは席に戻ったようだ。わたしはひとまずホッとする。
号令係が前に呼ばれ、朝の会が始まる。
起立して、あいさつ。そして着席。次は出席確認だ。出席番号の早い人から順番に名前を呼ばれ、返事をしていく。ちなみに竹田柚子、わたしは真ん中あたりだ。わたしの順番が回ってきて、しっかりと返事をする。ところが、担任である桜井先生は、わたしを見つめたままである。
「竹田さん。もう教室なんだから帽子は外しなさい」
その一言を聞いた瞬間冷や汗がぶわっと吹き出した。
「一体なんでなんでしょう」
とにかく冷静になろうと頑張るも、少し震えてしまった。
「ずっと帽子が被ったままだと、行儀がわるいのよ。別にかぶる理由なんてないでしょ」
こちとら理由なんて大ありなんだよ! と叫びたくなるのをぐっとこらえる。大体誰だよ室内で帽子脱げとか言った奴。絶対に許さない。慰謝料を百億ぐらい払ってもらいたいものだ。
「かぶったままでいさせてください!」
「あら? どうして」
桜井先生はわたしの滅多にない反抗にひどく戸惑っているようである。そう、基本的にわたしは素直なのである。ここでは。
「なにか理由があるの?」
このときに、気の利いた返事が出来ればよかったのだが、焦るわたしは意味の分からないことを口に出していた。
「秋の太陽から放出される、なんかヤバい放射線って知っていますか? それを髪の毛に浴びると髪の毛が将来なくなっちゃうんですよ」
桜井先生は困ったような顔をした。
「それなら室内でかぶる必要はないんじゃない?」
わたしは冷静さ、というものをなくしてひどく震えながら自分でも何言ってんだこいつと言いたくなるような言葉を続ける。
「いやー、なんかその放射線っていうのが建物の鉄筋コンクリートを貫通しちゃうどころか、なんだかよく分からない化学反応で、室内にいるときが一番危ないっていうことらしいんですよ」
桜井先生は大きなため息をついた。
「ネットの情報にあまり踊らされすぎちゃだめよ」
「信じてください! アメリカの偉い大学の先生が論文で言っていたんです。わたしのこの曇り一つない目が嘘をついているとでもいうのですか!」
桜井先生は立ち上がると、こちらに歩いてくる。わたしは本格的に焦り、頭を抱えて帽子を守る体制に入る。
「どうせ気に入っているから脱ぎたくないだけなんでしょ」
「違います。もっと切実な問題です。生徒の自主性とやらを信じてみませんか? 今時帽子をかぶっているくらいなんも問題ないです。教育委員会に文句言われても知りませんよ。うわああああ」
桜井先生は無情にもわたしの頭から帽子をひったくった。わたしの滑稽な髪型が教室の中心で大公開される。みんなが息をのむ音が聞こえた。不幸なことに、ちょうど先生との口論で視線は集まっていた。
「な、な、なんだその前髪ーーー!」
隣の席の長谷川がギャグみたいなリアクションをする。ガラガラガッシャーン、と何かが崩れ落ちていく音がした。
***◆◇◆***
朝の会が終わってすぐに一時間目が始まったので、わたしはほっとした。授業中にちらちらこちらを見てくる人がいたが、わたしが見ているのに気付くと慌てて前を向いた。たいていそういう人は前を向いても肩が震えているのが分かる。笑っているのだ、なんて失礼なんだ。
一時間目が終わったので、わたしは色んな人に囲まれるかと覚悟をしたが、意外にも誰も来なかった。ただ遠巻きにこちらを見つめてひそひそ会話するだけだった。個人的にはそっちのほうが精神的に来るのでやめてほしい。わたしはコーンフレークのパッケージに描かれている虎のように腕を組んで、何とも言えない表情をして座っていた。
事態が動いたのは二時間目が終わり、中休みになった頃だった。先生が三十分のタイマーをセットし、号令をかけた瞬間、佐々木が立ち上がり、こちらへやってきた。開口一番、
「ねえ何よその髪型」
ついに来たか、このときが。わたしは先程までやっていた教科書から目を上げて、にこやかに対応する。
「どうしたの? 佐々木さん?」
「どうしたのじゃねえよ」
必死に今までやってきたカワイイ優等生の皮を出してみたけど、一蹴される。
「その前髪似合ってねえし。全く持って可愛くないわね。ずっとセンスあると思ってたけど、そんな髪型にするなんて信じられない。あなた終わってるわよ」
終わってるわよ宣言いたただきました。まあそれにはちょっと同意するけどこんな言い方はないだろう。いいだろう。戦争だ。
「はあ? まあわたしの髪型はヤバいけど、おめえのその頭の中身の方がヤバいと思うよ?」
わたしの物言いに佐々木が驚愕の表情を浮かべる。そりゃそうだろう。今までのわたしは「ヤバい」とか「おめえ」とかは絶対に言わずに過ごしてきた。けれど、ああ悲しきかな。これがわたしの本性なのである。
「な、なによその台詞!」
「え? なにって言われてもただの事実じゃん」
素敵な髪型を失い、カワイイという地位、鎧をなくしたわたしにとって、もう失うものはない。つまり、無敵の人と言うわけである。
「わたしの何がおかしいっていうのよ」
「うーん。なんだろう。多すぎて挙げられないな。この前の合唱コンクールだって、くだらないとかいってサボってたじゃん。あれ、みんなと違うことやってるわたしかっこいいーって思ってたでしょ。こっちからすれば迷惑きわまりないし、ダサすぎて観察者性羞恥で死にそうだったわよ」
わたしは、口げんかで負ける自信がない。いつも口がものすごい達者な弟と口げんかしまくっているので、鍛えられているのだ。
「はぁー。あまりにも幼稚ね。話してられないわ」
「えーーー!? お前がそれ言う!? あ、自己紹介か」
弟は口に油を塗りたくったのかと疑うくらいヌルヌルと暴言を吐いて来るので、大変面倒な相手である。しかし、そんな弟に『八枚舌がある』と恐れられるくらいには、わたしは口げんかが強いのである。
「キーーー!! もう怒ったわよ。あなたなんか無視してやるんだから」
わたしは思わず吹き出した。
「キーーーーーってなんだよ。まるでサルそのものね。まったくそういうところがわたしは幼稚って言いたいの。クラスという狭い空間の中で、自分の王国みたいなものをつくっておだてられていいご身分ね。嫌いな人は全員無視して自分が支配していい気になってるんだろうけど、あなたが素晴らしいんじゃなくてみんなはただめんどくさくて従っているだけよ」
「…………」
あれ? 返事が返ってこない。え? もうこれで終わり? なんと潰しがいのない相手だったのだろう。ため息をつきながら、わたしはとどめを刺しに行く。
「言っとくけど、それっていじめよ。もし、そんなことをした人が一生残る傷を負ったらどうするの? ちなみにいじめって犯罪なんだよ。公になったら、あなたの親はきっと多額の賠償金を払うことになるわね。そして、あなたも一生犯罪者のレッテルを貼られて生きていくことになるわね。普通の人のような生活は送れないわよ」
まあ、いじめに関しては、今までは面倒くさいからなんもしてこなかったわたしにも少しは責任があるけど。
佐々木は怒って、わたしの机から離れていった。そして、遠藤圭の机へ向かうと、その机を蹴り飛ばした。そして、圭に向かって心ない言葉をたくさん浴びせる。
わたしはため息をついて、席から立ち上がり彼女のもとへと向かう。
「はぁー、馬鹿じゃないの? あんなに言っても理解しないなんて。ウチの飼ってる犬の方が数倍賢いわね」
「あんたには関わる権利はないわよ」
「なにを勘違いしているのか知らないが、おめえも遠藤さんをいじめる権利はないからな」
佐々木がむしゃくしゃして再び机を蹴る。
「そうやって八つ当たりするのは自分の感情をコントロールできないお子様ね。泣いてわめく赤ちゃんと何も変わらないわ」
「………………っ!」
その瞬間、頬が急に熱くなりわたしはその場に倒れ込んだ。頬をぶたれたのだ認識するのに、少し時間がかかった。
見上げると、佐々木が勝ち誇ったような表情でこちらを見下していた。
彼女は暴力を振るったのだ。越えてはいけない一線を越えてしまったのだ。
「何をやっているの!」
その声にハッとすると、教室の入り口に桜井先生が立っていた。丁度いいタイミングで桜井先生が教室に来たらしい。
その瞬間、信じられないことに佐々木が泣くふりをしだした。
「えーん、竹田さんがいじめてきたの。わたしのことを先に叩いてきたんだ」
わたしははっきり言って呆れた。どこまでこいつは愚かなのだろうか。
「それは本当なの竹田さん」
「真に受けないでください、桜井先生。わたしは彼女を殴ったことは、神に誓ってありませんよ。まあ、こんなやつ殴れって言われたって殴りませんね。わたしの手が汚れちゃう。あ、周りの人の証言からわたしの正当性が確かめられると思いますよ」
桜井先生は困ったような顔をした。
「まあ、取り敢えず二人とも廊下に来なさい」
解せぬ。
***◆◇◆***
結局、三時間目が終わる時間まで廊下でお話を受けた。わたしの正当性はなんとか証明されたけど、やり過ぎだよね、と先生に怒られた。
四時間目は音楽なので、もうみんな音楽室に移動している。わたしは、机から教科書とリコーダーを取り出して、移動をしようとした。
その時、誰かがわたしの肩を叩いた。
「さっきはありがとうね」
遠藤圭だった。
「特に感謝されるようなことをした気はしないけど」
「ううん。本当にありがとう。佐々木ちゃんに言い返してくれて、なんだかすごいスカッとした」
「まあ、わたしもずっと見ないふりしてたから同罪だけどね」
わたしがそこまで言うと、急に圭の目が一点に釘付けになった。そして、興奮した顔で話し出す。
「ねえ、そのリコーダーについているキーホルダー『レツタンダン』の東京ドーム公演限定のやつじゃない」
わたしは、驚いて圭の顔を見つめる。『レツタンダン』とは『レッツゴータンバリン男子』の略で、わたしの推しているアイドルグループの名前である。それにしても、一目でこの世界に千個しかない東京ドーム公演限定キーホルダーを見破るとは、さては相当なタンバリスト(ファンの総称)と見た。
「え? 知ってるの?」
「もちろん、わたし大好きなんだ!」
オタクトークで盛り上がる。それにしても圭と趣味が同じなんて全く知らなかった。神様が引き合わせた新しい出会いに感謝。
二人で盛り上がりながら、音楽室に行くと、なぜか急に何人かの集団に囲まれた。
「中休みかっこよかったぜ!」
「竹田さんなかなかやりますねぇ」
「今度おれと口論しようぜ!」
みんなに褒められて、わたしは素直に嬉しかった。ふと、佐々木の方を見ると、数人の仲良しグループと共にこっちを見てひそひそ話していた。まあ、あんなやつにどう思われても気にしないけど。
音楽の先生が席に着け、と急かす。音楽室の席は自由席なので適当な位置に座ると、隣に圭が座ってきた。
案外自分の素を出してみても、受け入れられたことにわたしは驚いた。
***◆◇◆***
「ただいまー」
家に帰り、リビングに行くと弟とお母さんがいた。
「あ、変な前髪が帰ってきた」
どうやら弟の中でのわたしのあだ名は変な前髪になったらしい。弟がせんべいをくわえていたので、わたしも棚から取り出し、食べ始める。
「学校どうだった?」
お母さんが聞いてくる。
「この髪型のせいで大波乱よ。まあまあおもしろかったけど」
「それはよかった」
「なんだかこの髪型も気にってきたわ」
「じゃあ次切るときもそれがいい?」
「それだけはご勘弁を」
わたしはせんべいをバキッと良い音を立てて割った。
6作目。最後まで読んでくださりありがとうございます、月野ルサです。いつもと文体が違いますが、たまにはこういうのもいいと思ってます。小学校の卒アルは今でも髪型のせいで見れません。
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前作↓ いまわのきわで君に出会った
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