8.9 サクラ
シンタロウが帰っていくのを見つめていたサクラにノースが話しかける。
「サクラは元のリージョンに戻りたいと思うのか?」
「どうかな。まだよくわからない。人間でいられるならどこでもいいのかもしれない。」
「シンタロウは元のリージョンに帰るといっているが、サクラは一緒に行かなくていいのか?」
「そう。シンタロウはそう言うかもしれないわね。シンタロウには両親も伯父さんもいるものね。私には誰もいない。」
「シンタロウは私にもう自分の世界に関わらないでくれといっている。サクラはどう思う?」
「その気持ちはわかるわ。元の世界で過ごしたことが実は全て誰かが用意してくれたものだと知ったら急につまらなく感じると思うもの。知ってる? インストールして追体験した記憶って自分の本当の体験と比べてつまらないものよ。私の蓄積データは私が積み上げたものにしておきたい。それと同じじゃない? だからやっぱりシンタロウと同じことを思うはずよ。」
「そうか。それを越えた先にまた別の価値観を得られるが、それではだめなのか? もっと便利で合理的な世界になるんじゃないか? ティア3住居リージョンのUCLー1で過ごして直接それを見たのだろ?」
「そうかもしれないけど。でも、やっぱりそれはいらないわ。自分たちが、これが現実だと感じられている方が楽しいんじゃないかな。うん。私はそう思う。」
「そうか。結局、君もシンタロウと同じようなことを言うんだな。じゃあ、私の代わりをしてみないか?シンタロウとサクラの2人で。」
「どういう意味?」
「私たちのエミュレータから独立するんだ。サクラが現実世界の管理者を務めて、シンタロウがエミュレータ内の管理者を務めるのはどうだろう? そうしたら君たちはもう私から解放される。シンタロウは自立したいと表現していた。」
「それはいいわね。でも、シンタロウと一緒に居てはだめなの?」
「それは難しいな。シンタロウはエミュレータの中の方がいいと言っている。外側に必ず1人は必要だ。君が外側の管理者を務めるのがいいんじゃないか?」
「私が1人でできることなの?」
「できるさ。ほとんどのことはヒューのようなアンドロイドがやってくれる。」
ノースはアンドロイドをヴィノとは呼ばない。
「でもどうして私たちが独立するのを許可するの? 私たちはあなたの目的だったんじゃないの?」
「そうした方が目的を果たせそうだと思ったからだ。直感だけどね。私たちに寿命はないが、4人に減ってしまった。いずれ私もいなくなると考えている。種を永らえさせるという目的も立てたそばから興味が薄くなっている。その日が近いのかもしれないな。最初に必要なアンドロイドを分けてあげよう。アンドロイドが恒星からエネルギーを取り出す方法を知っている。いずれは私たちとは別の恒星のところに移ればいい。そうしたら本当に別の種になるだろうな。アンドロイドはヒューのように料理も上手だから気に入るはずだ。」
「ヒューってヴィノだったの? 料理も作ってくれて紅茶も淹れてくれるなら私はそれで構わないわ。友達は欲しいけれどね。」
「アンドロイドと話してみるといい。きっと君と相性がいい個体がいるはずだ。セラト家のアンドロイドと仲が良かっただろう。ここのアンドロイドとも仲良くなれるはずだ。」
「そう。じゃあ問題ないわ。いいわよ。私、管理者をやってみる。これから何をしたらいいか迷っていたところだし。」
ノースはその答えを聞いて満足そうにうなずいた。サクラは3つの外部思考プロセッサを並列稼働させて90日間に渡ってノースと対話していた。自分自身のフィジカルに収まった蓄積データを含めてまる1年に近い8640時間分のデータだ。外部思考プロセッサの3つの蓄積データを直接インポートして定着させるまでに丸1日かかった。シンタロウや他の人も同時に話していたのにノースは外部思考プロセッサを使ってなかった。
「最後に一つ。こちらに住んでいたストゥルという私たちとは別の人類がアールシュに着いていったままだ。アールシュの手伝いをしてくれると思っていたが、もう十分にその役割を果たしてくれたようだ。彼女もそろそろ何とかしないといけないな。ほっておくといたずらをしすぎるかもしれない。サクラ、シンタロウに連絡してストゥルを君たちの管理下に置くことを勧めるよ。管理者としての最初の仕事だな。」




