8.6 確証
「アールシュ、久しぶりね。調子はどう? なんか最近よく情報チャネルに出てるよね? ちょっと有名人に会いたくなって、エヴァンズからここにいることを聞いたの。で、今日はどうしてるかなと思って来てみたんだ。」
誰かが、インターコネクタのプロトタイプの試作室を訪ねてきている。アールシュはソフィアを見つけるとただ頷くだけで何も答えない。ンジェアイはアールシュの蓄積データをシークしてこれがソフィアだと知った。ソフィアのバイタルをスキャンしたインジケータが疑いを示す。こいつはアールシュの何かを疑っている。アールシュ自体が生成したンジェアイはアールシュを介してプロセッサもPAも利用できる。ンジェアイの持つ思考レベルではなく、アールシュの思考レベルで考えることができる。
ソフィアは、誰かがアールシュを介してソフィアのプロセッサに干渉しようとしているのが分かった。これまでティア3検証リージョンでは見たことがない手法を使っているのでアールシュではない。ソフィアの外部ブロッカーがそれを検知してアンチクラック用のコードが動作している。多重実行されているクラックパターンは、ソフィアの外部ブロッカーが想定しているものよりもずっと多重度が高い。解除されるのは時間の問題だった。
「昨日スカイラーが病院で自殺しようとしたの。私とライアンの目を盗んで、病院に出入りしていた売人崩れから買ったメタンフェタミンでハイになっていたみたい。信じられる? あのスカイラーが売人から薬を買っていたのよ? それで、処方されていた睡眠剤から何から持っていた薬を突発的に全部飲んだのよ。スカイラーが死にたいって喚き散らして大変だったんだから。でもなんとか無事だったのよ。見つけるのが早かったからね。今はライアンがずっと付き添ってくれている。胃の洗浄する時にスカイラーを抱き上げたんだけどスカイラーってあんなに小さくて軽かったっけ? 筋肉も全然なくなっちゃってるの。ずっとトレーニングしてないんだって。」
ソフィアがそれまで作っていた笑顔を消してアールシュを見つめる。
「ねぇ、アールシュ。メシミニアにデータ流出させたのって、あんた?」
アールシュはソフィアと目を合わせたまま動かない。ソフィアは息をのむ。大きく2つ呼吸する。アールシュはソフィアの目を見たまま、ようやく頷いた。そして、ゆっくりと自分の左の鎖骨を撫でる。ソフィアはウィルコックスのディフェクトを調査した際、アールシュとポーカーをしたことを思い出した。『アールシュ。あんた、嘘つくとき左の鎖骨を撫でる癖あるよ?知らなかった? だから、レイズするときの芝居じみたあんたのブラフ、全く意味ねーから。』
ソフィアはそれを見て、シンタロウから聞いた通りの状況だと確信した。今朝、シンタロウがサクラからメッセージを受け取った。サクラはあれから3か月も経つのに戻ってきていない。シンタロウが言うにはサクラはもう戻ってこない。そっけなく答えるシンタロウが不思議だった。サクラとまたケンカでもしたのか。ティア2に行った私にしてもサクラにしても戻ってこないってどういうつもりなのだろうか。
ソフィアはシンタロウからアールシュが『真実の現実』でストゥルという別種の人類に寄生されたことを聞いていた。エヴァンズからはアールシュが『あの日』の事実を公表することを主張していたことも聞いている。だけどアールシュがエヴァンズの意見を無視するとは思えない。それにアールシュは小心者だ。エヴァンズが言った通りのことが起こる可能性があるのにそれを知りながらメシミニアにあのデータを渡すはずがなかった。私が知っている本物のアールシュなら絶対に出来ない。
案の定、リークされたデータを使ってメシミニアが馬鹿みたいに煽ったせいで自殺者や入院する人々で世間がとんでもない騒ぎになっている。それに情報チャネルであんな調子のいいことばかりを言うアールシュはやはり別人のように見えた。シンタロウが言うようにアールシュの理性のタガを外しているのはストゥルだろう。そして、アールシュは最近、露骨にシンタロウを嫌っている。シンタロウよりも私の方が警戒されないはずだ。




