8.4 メシミニア
メシミニアの教祖であるハンター・ヒックスはどこにでもいる小心者の普通の男だった。彼が大学生の頃に何気なく始めた聖書の朗読会がメシミニアの元になっている。オレゴンの彼の自宅近くにあるパブリックスペースで毎週開かれる聖書の朗読会では、ハンター独自の解釈を僅かずつだが、年を追うごとに着実に付け加えていった。ハンター自身、仮想現実論者であり、ヴィシュヌ計画の熱烈な支持者でもあった。ハンターの思想を付け加えて出来たメシミニアは、発足から30年を超えた今では40人を超えるコミュニティになっている。
ハンターは、メシミニアの発足と同時期に広報チャネルとして『セブンス』を始めた。今ではハンターの興味のあることを収集し、そして発信するカルトサイトとして人気が出て来ている。
ある日、『セブンス』に届いた『あの日』の意訳を含むメッセージをハンターは受け取った。その内容を見てハンターは何度も背筋が震え、その度に神に祈りを捧げた。いよいよ自分に天命が下ったのだと確信した。
メシミニアのコミュニティにメッセージの内容を自分の言葉として伝えると全員が息をのんでハンターと同じように震え、神に祈るのを見た。ハンターは直ちに『セブンス』を媒介に、旧ネットを中心にこの内容を広めた。ウィーブリンクを使わなかったのは自分たちが他のパブリックな情報チャネルに簡単に評価されたくないと考えたからだった。
アールシュはメシミニアを介して広がった『神の使いの言葉』とその意訳が爆発的に世間に広まる様を見て、すぐに怖くなった。当初の自殺騒ぎはとどまるどころか全国に広がり、自殺者数は2か月で4万人を超えている。無気力症状は仮想現実拒絶症として世界中に広がっていった。症状が急速に悪化したスカイラーはとうとう入院してしまったという。先日再会したハイスクールの同級生のライアンとソフィアが交代で彼女の世話をしている。しかし、アールシュの恐怖心や罪の意識はンジェアイが操作してすぐに消し去ってしまった。感情の操作どころか、徐々にアールシュの行動をンジェアイが制御することが増えていった。
アールシュとエヴァンズ教授は連日エミュレータについてのインタビューを求められた。メディアからのインタビューに2か月も答え続けているとアールシュはUCLで最も顔の知れた有名人になっていた。
アールシュはエミュレータの有用性や移住の可能性、その利便性について丁寧に、そしてエヴァンズ教授が心配するくらい大げさに誇張するように解説し、エミュレータは決して恐ろしいものではないと繰り返した。ンジェアイが制御したアールシュがエミュレータや仮想現実論を世間に説くことで、アールシュは、自分は正しいことをしているという意識が高まり、情報をリークした罪悪感が次第に薄れていった。
当初ンジェアイは、アールシュ自身が望んだことの実現を手伝ってあげているつもりだった。そして、今ではンジェアイは人々の前で話をするのが楽しくなり、アールシュのほとんどすべての行動を制御するようになっていった。アールシュはその行動を追体験させられるだけの存在となっていった。




