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7.9 期待

 ノースはお人よしでもなければ、慈善事業をしているわけでもない。ノースは自分の欲望に忠実に生きた結果、生物としてこの世界に留まることが難しくなっていた。永遠に繰り返す歳月の中で、生きる理由を見失ってしまっては、これまで死んでいった他の人々と何も変わりはしない。


 死ぬことがなくなったノースでさえ、生きるためには目的が必要だった。そして、生きる目的を『種の保存』という生物の最も単純で、最も重要なことに定めた。ノースはそれをただ忠実に実行しようとしていただけだ。


 最後にオリジナルを持つ人類が死んでからもう1世紀近く経っているのではないだろうか。オリジナルとはかつて魂と呼ばれたものだ。ノースに残された時間がどれだけあるのか分からなかったが、これがノースにとって最後のチャンスになるかもしれなかった。どんな理由であれ、目的を定めたのならば実現しなければならなかった。ノースのオリジナルとはそういうものだった。


 ノースはシンタロウとサクラが下らない感情で、彼ら自身の持っている思考がねじ曲がってしまわないように、エクスチェンジを通過する時に、2人からお互いを思い合う感情とその蓄積データの一部を取り除いていた。


 彼らが恋だとか愛だとか表現する、一時の病理のようなその感情はノースにとって、合理を崩すだけの厄介な感情に過ぎなかった。そしてそれは、ノースからすればほんの少し、保険をかけたに過ぎないことだ。本当に些細なことだ。そう考えるノースは、すでに人間の感情をくみ取るどころか生物から外れかけた存在になっていることに自分自身で気が付くことができなかった。


 ノースがそれに気が付くには、これであまりにも周囲を無視して生きてしまったし、自分の全てをアップデートし過ぎてしまった。過去の体験を思い出す必要がなくなってしまったノースにはシンタロウとサクラの感情が分からなかった。


 それでも、かろうじて人間の姿をしているノースの自我の端に残っていた直感が反応していた。元々一つの器に収まっていたシンタロウとサクラが今は別の人間だという。シンタロウがデバッグの障害に巻き込まれなければシンタロウからサクラをヴィノとして取り出すことはできなかったはずだ。サクラと自分の違いを細部まではっきりと認識できるようになったから実現出来たことだ。主人格でないサクラがただのロジックではなくヴィノから人間になれたのも同じだ。


 もしかしたら、この二人ならば、共通思念を持つ、別アイデンティティを持った個体として成立するのではないか。しかし、論拠もなければ具体性も乏しい。すでに全知とも言える存在になっていたノースだったが、最後の決め手は言語化に程遠い、直感だけだった。それが、苦笑いとなり、自分を納得させようとしなければならない理由だった。そして数世紀ぶりに思い出したその感情にどこかうれしくもあり、そうさせたシンタロウに期待していたのだった。


「分かった、もう君たちのリージョンには干渉しないようにしよう。その代わり、シンタロウ、君とサクラが責任をもってリージョンの管理者をやるんだ。何をすればいいかは後になれば分かってくるよ。」


 ノースはシンタロウを見ながらそう言葉にした。


「シンタロウ、君との話はこれで終わりだ。私とサクラの話はまだ続いている。何か言っておくことはあるか?」


 ノースはシンタロウに尋ねた。シンタロウは少し考えてから答えた。


「いや、ここで話すことはもうないよ。帰ったらまた話をすればいい。サクラ、俺は先に帰っているよ。」


 ノースは頷き、入り口にいるヒューを示す。シンタロウはヒューの方に歩き出した。サクラはただそれを見つめていた。


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