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7.8 自立

 シンタロウがここまで来た目的は一つしかなかった。それはサクラを人間にすることだ。だがそれは、ここに来るためのエクスチェンジを通った時にすでに叶ってしまっている。あと残っているのは、シンタロウが感じていた不安だけだ。それもノースに、『サクラは本当に自分たちと同じ人間になれたのだろうか』と聞けばいいだけだった。


 ここでやるべきことは本当にそれだけだったのだろうか。シンタロウは学園で過ごした記憶を思い出している時に、小さな違和感があったがそれが何かまではわからなかった。


 目的を失ってしまったシンタロウは改めて自分が本当は何をしたいのか考えた。これまでサクラを見て、自分自身を認識していたのだと考えていた。サクラは自分自身だ。変わっていくサクラを見てシンタロウは、もうサクラと自分は別の人間になってしまったのだと改めて実感した。そして、今度は自分の番なのかもしれないと考えた。


 この世界がエミュレータだということはシンタロウにとってどうでもいい話だった。しかし、ノースの話は、これまで自分が大切だと感じていたものが、簡単に踏みにじられていくような思いがした。インターステート10を走っているときに感じた怒りや、その時に言語化することで認識出来た両親への感情が本物であってほしかった。あの時、自分も両親も祖母も何も持っていないと理解した悲しさ、虚しさ、遺伝子がそうさせるのだという、諦めるような冷たい感情が、子供の時に見た両親の背中の映像と重なり、胸が詰まった。あの時間は全て誰かの期待に応えるためにあったものではない。自分たちだけの時間と経験だ。


 そう考えると、さっきノースが言ったことが少し理解できるような気がした。遺伝子を組み替えてまで自分をアップデートし続けているノースは自分のやり方で誰かに押し付けられた世界から自立したのだ。だがノースのとったその方法は、誰かに自分の世界を押し付けなければならなかった。


 とてもじゃないが自分にはできそうにない、シンタロウはそう考えた。ノースが言っていることは全部本当の事だろうがそれはノースにとっての真実であり、ノースにとっての価値基準でしかない。俺たちにとって何の関係もないことだ。


 シンタロウはサクラを初めて認識した日や、二人で夜中までS=T3をチューニングする日々を思い出していた。やっぱり、あそこが自分にとっての真実だ。シンタロウはもう一度、ティア3検証リージョンに戻ろうと思った。インターステート10を思い出す。何も持っていないなんて言うのは嘘だ。間違っている。祖母が作る豆のスープの3日後と同じだ。今度こそ、煮崩れて溶けたそれが何かわかるようになろうと思った。今ならそうできると信じられる自分がいた。シンタロウはノースに聞いた。


「サクラは本当に俺たちと同じ人間になれたの?」


 ノースはその質問に興味がなさそうに頷き、そして答える。


「もちろん。そうでなくては私も困るからな。サクラのフィジカルはシンタロウの遺伝子がベースになっているものを用意している。だから違和感もないだろうな。」


 それを聞いてシンタロウは安心した。そして、自分の目的が全て達成されたように感じていた。それを察したノースは、シンタロウにこれからどうしたいか尋ねた。


 シンタロウはノースに、自分たちの世界はやはりエミュレータの中だと言った。そして、自分にとっての現実は、ティア3検証リージョンの事でしかない。自分は現実の世界に帰るという。さらに、ノースに向ってシンタロウは、もう自分たちのエミュレータに干渉しないでくれないか、と言った。ノースはシンタロウが期待外れなのではないかと思い始めていたので少し驚いた。ノースは、シンタロウの真意を確認しようと思い、その理由を聞いた。


「やっぱり、俺の思考や感情は自分だけのオリジナルだって思っていたいんだ。ノースが外で何か期待しながら色々手をまわしているのを知ったら、自分がオリジナルだなんて思えないでしょ? ノースの期待にこたえられるかどうかが世界の価値基準ってことになりかねない。だとしたら、オリジナルなんてそんなものが存在しないってことにもならない? それはきっと、俺だけじゃなくてあそこで生きているみんなもそう感じるはずだよ。それにノースの意思で勝手にエミュレータを止められたり、初期化されたら、たまったもんじゃないよ。」


 そこまで話すと、シンタロウは少し笑って最後に言った。


「つまり、俺は自立したいんだよ。ネブラスカのカーニーから出て、一人暮らしをしたいって思っているのと同じようなもんだよ。だってそうだろ? 四六時中両親に見張られていたら息が詰まる。それと同じだよ。」


 そういってシンタロウはノースの目を見た。ノースは、だいぶ頼りないなと苦笑いしながらも、『始まりなんてものは、得てしてこういうものなのかもしれないな』と自分を納得させようとしていた。だが、シンタロウに最初に感じたよりも今はずっと期待している。



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