7.7 心逸
先に帰還していたエヴァンズ教授、そしてグエンとチューは日常の業務に戻っていた。だが、スカイラーはとうとう休職してしまったという。スカイラーは『あの日』以来、精神的な不調を訴えていたが、ティア2から戻ってからほどなくして寝込むようになり、容態が悪化してしまっていた。
そして、ソフィアはティア3住居リージョンのUCLー1から戻っていなかった。ノア・バーンズによると、ソフィアはこちらに戻ってくる前にティア3住居リージョンのバージニアにあるコールマン家を訪問し、そこで何かあったようだ。ソフィアはティア3住居リージョンのバージニアで暮らすと言い出して、サリリサに直談判した。サリリサはソフィアに一つの条件を出した。ソフィアがそれに合意すると、ソフィアがティア3住居リージョンで暮らすことにサリリサは許可を出したのだ。
その条件とは、ノア・バーンズと同じようにティア2とティア3のリージョン間の管理者を務めるというものだ。インターコネクタやエクスチェンジの橋渡しを行う者は『コーディネータ』と呼ばれている。ソフィアはそのコーディネータの役割を引き受けたということだ。
こちらのリージョンにもソフィアは存在している。それは、地下のディフェクトを通った時の記憶までを持つソフィアだ。他のみんなのように記憶の統合がなされないままティア3検証リージョンで目覚めたソフィアはこの1か月間の記憶は止まったままだ。だからなぜ、自分がティア3住居リージョンに残ったのか全く知らない。しかし、『私自身が自分で決めたことなんだから、まぁ許してやるか』と言い、ノア・バーンズにティア3住居リージョンのソフィアに会ったら、残った理由を絶対に教えに来いと伝えておいてと伝言していた。実感のない自分の事よりもスカイラーのことが心配なようで彼女に付きっきりで看病している。
アールシュにはやることが山積みだった。UCLー1とティア2現実でエミュレータやインターコネクト、それにエクスチェンジに関する文献をローカルデータに大量に取り込んでいた。それらを実現するために現在の技術で出来ることから早速取り掛かることに決めた。
アールシュにとって重要な使命がもう1つあった。それはティア2や『真実の現実』で見聞きしてきたことを世間に公表することだ。すぐにでもエヴァンズ教授に打診する必要がある。UCLのあの及び腰の広報も改めさせなければならない。何年も止まったままだった仮想現実論について、新しい事実と価値観を示さなければならなかった。
アールシュは戻ってきてからずっと焦っていた。ENAUには存在しない『イレギュラー』であるシンタロウやサクラが戻ってくる前に、エミュレータの今後について自分が主導権を握らなければならなかったからだ。
あの2人は自分にとってもこの世界にとってもどう作用するのか全く分からない本当の『イレギュラー』だ。なぜノースはあの2人にもあったのだろうか。私だけでよかったはずだ。あの2人よりも自分の方がずっと適任だ、アールシュはそう自分に言い聞かせていた。




