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6.12 束の間

 どのくらい時間が経っただろうか。ベッドの上で指先を動かすとあまり違和感はなかった。数時間、もしかしたらもっと時間が経ったのかもしれない。部屋の外から紅茶の匂いが漂ってきた。その瞬間、脳裏に鮮やかな映像が流れる。緑の葉が蒸され発酵し、そして乾燥していく映像。ヒューが入れてくれた紅茶だろうか。


「何か特別な紅茶でしょうか?」


 思わず口を開いてアールシュが尋ねた。まだ少し聴覚に違和感があり、もしかして自分にだけに聞こえる程度の声だったのか、そもそも声自体が出せていたのか、アールシュはそれすら分からなくなりそうだった。


「いいえ。質の良いものを選ばせて頂いておりますが、皆様がご存じの種類の茶葉になります。お体と蓄積データがリンクするまで過剰な反応をすることがございますのでもう少し、ゆっくりなさることをお勧めします。手が動かせそうでしたら、すぐに紅茶をお持ち致しましょうか?」


 ヒューが反応を示してくれたことで自分がしゃべることが出来ていることを知って安心した。アールシュは温かいものが飲みたかったので、腕が動かせることを確認し、ヒューに紅茶を持ってきてもらえるように頼んだ。部屋の扉が開き、ヒューが紅茶を運んできてくれる。扉の向こう側の部屋に、シンタロウとサクラの姿が見える。シンタロウがサクラに人間の体の感想を尋ねていた。


「人間の身体ってセンシングデバイスとプロセッサみたいに感覚が先行することも遅れることもないの。それに多重感がないのが快適ね。統合されているってこういうことだったんだね。」


 そう言ってサクラは立ち上がり、両手の指を絡め、腕をあげて伸びをする。ティア2現実に出た時と同じだが、今度は伸びをするふりではなく、本当にそうしたかったのだろう。サクラを見ながらシンタロウはそう思った。


「うん、すごく心地がいい。1つの主観だけしかないんだ。他のことを処理しているスレッドみたいなものはたくさんあるのに、勝手にとても小さなバックグランド処理になってくれる。どのコンテキストスイッチも私が操作した気がしない。ほんとにスムーズなんだね。」


 サクラはそっと指先で手首に触れてみる。指を動かしても手首を動かしても動力のかすかな振動が聞こえない。目を閉じると自分自身の鼓動を感じる。


「鼓動だけがある。そう考えるといつも検知していたモーターの小さな振動ですらほんとは煩わしかったんだ。」


 サクラはヒューが運んできてくれた紅茶を一口飲む。グローヴ財団記念学園やUCLのレストランで飲んだ紅茶とまるで別物のようだった。この差がヴィノであった自分と人間になった自分の差だというのだろうか。シンタロウのPAだった頃に認識していた紅茶の味とも別物だった。それから1時間ほどした頃にサリリサが目覚めて中央の部屋に入ってきた。


「すごいわ。五感が研ぎ澄まされている。音楽でも聴きたいわね。そう、今の気分ならティア3のクラシカルなのがいいわね。それにクリエイティブなことがしたい気分。ねぇ、さっきからすごくいい匂い。私にも紅茶をもらえるかしら。」


 サリリサは身体のコンディションがよいらしく上機嫌だった。そして紅茶を飲み、それにも驚いていた。その後、ヒューが用意してくれた手の込んだENAUのトラディショナルな料理を食べてくつろぎ、その日はゆっくりと眠った。翌朝簡単な朝食をとり、紅茶を楽しんだ後、ヒューが皆に声をかけた。


「よろしければ、参りましょうか。」


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