5.11 コンフュージョン
「ゲイミーとサクラってパラメータの相性がいいみたいよ。ずっと冗談を言い合ってるの。」
シンタロウの隣に、サクラのクラスメイトのジーネ・ブリンズ・セラトが座った。ジーネは陶器のように美しい顔で、人間が心地の良いと感じる声質とトーンを選択している。ジーネはシンタロウを見ずに、シンタロウだけに聞こえるような小さな声で話しかけている。
「サクラが冗談を?」
「知らないの?あなたがサクラの親権を持っているんでしょ?」
「いや、違うよ。」
シンタロウは目を伏せて答える。シンタロウたちのリージョンではヴィノに人権はない。権利と言えるものは一つだった。人間や組織がヴィノの所有権を持つというだけだ。サクラの所有権はUCLが持っている。そのすべてが恥ずかしいと感じてうつむいた。
「ふーん。そうなんだ。じゃあ、サクラはあなたの何?」
「俺自身。」
「は? ふざけてる?」
ジーネの大きな赤み掛かった無機質な瞳がシンタロウを見つめる。シンタロウの真意を探ろうとしている。レッドやパープルはセラト家のコーポレートカラーを意識したものだ。ジーネたちは髪も目もセラト家を現わしているのだ。
「もしかして、サクラがシンタロウくんのPAだったって言ってたのはあながち冗談じゃないのかもね。」
ジーネはそう言って、サクラの正面に来たゲイミーを目で追う。
「人間はヴィノをパートナーにすることもあるけど、ヴィノ同士がパートナーになっているというのは聞いたことないよね。親権をもつ人間がそれを許可するメリットがないものね。もし……」
ジーネはサクラとゲイミーが楽しそうに話をしているのを眺めながらその話の最後に何かを言いかけたが言葉を切った。
「ごめんなさい。少しおしゃべりしすぎたみたい。あなたがネイティブだってこと忘れるところだったわ。気を悪くしないでね。シンタロウくん。」
そう言いながらジーネは席を立とうとし、思い出したように話を続けた。
「あっそうだ、知ってる? ヴィノが恋をしないっていうのは嘘よ。ヴィノにはネイティブが持っている感情は全てあるの。それにセラト家ではそれは禁止されてないわ。もちろん禁則コードもない。サクラも同じみたいね。それにしてもサクラって今、すごく楽しそうよ。どうしてだろうね。シンタロウくんにはその意味がわかる?」
ジーネはそう言い残して、ゲイミーの隣にいるロドルと向き合う席に移動してしまった。シンタロウはジーネの言葉を聞いてから、思考の断片で頭が混乱していた。
明るくなったサクラ。美しいサクラの横顔を見る。サクラの幸せ。ネブラスカの病院で初めてサクラの声を聞きサクラを認識した夜。ずっと一緒だったサクラと自分。AFAをチューニングする2人。そんなことも知らないのと大人ぶって言うサクラ。ヴィノは恋をしないというのは嘘よ。とがった耳。なまめかしい肌。外部思考プロセッサにダンプしてVRSで初めてサクラを見た日。赤い瞳をした美しい顔のヴィノの男性。サクラと話すゲイミーを見る。ゲイミーとサクラってパラメータの相性がいいみたいよ。サクラも同じみたいね。それにしてもサクラって今、すごく楽しそうよ。サクラだけの蓄積データ。AFAの差分データをシンタロウの蓄積データのコピーにマージした日。銀杏並木を歩くサクラ。シンタロウがこの季節はTシャツで外に出ないんだよと言うと、知っていると言い不機嫌そうな顔をするサクラ。ヴィノ同士がパートナーになっているというのは聞いたことないわよね。じゃあサクラはあなたの何? もちろん禁則コードもない。シンタロウくんにはその意味がわかる?
「シンタロウさん大丈夫ですか?プロセッサがスタックしちゃってます? さっきの綺麗な人ってサクラさんのクラスメイトの方ですよね。なんか言われたんですか?」
グエンがシンタロウの肩を何度も引っ掻いてやっとそれに気が付いた。ジーネを見るとすぐに目が合った。俺にだけわかるように小さく笑顔を作る。
「あ、よかった。大丈夫そうですね。あの、できれば目玉焼きとこのベーコンみたいなやつを3枚くらい持ってきてほしいんですけどお願いできますか? 僕が行ってもあのスタッフアーム作動しないんですよね。いい加減認識してほしいですよ、こうやってちゃんと学生証を首から下げているのに。ほんと失礼しちゃいますよね。」




