1.4 ヴィシュヌプロジェクト
アールシュの研究室はメサDCの上層フロアに設けられている。他の区画は全てエミュレータ用のサーバやストレージ機器が配置されていた。DC特有の緩衝性能や不燃性が高いスチール製床材を歩く。メラミン樹脂で表面が加工されたスチール製床材の鈍い金属音が誰もいない廊下に鳴り響く。
メサDCの廊下は回廊のようだった。中央のサーバルームを取り囲むように廊下が作られている。外壁面は強化ガラスのクリアソーラーパネルで出来ていて、荒野の彼方にメサの街が眺望できる。クリアソーラーパネルは透過モードと映像モードがあるが、今どちらのモードでメサの街の夕映えを見ているのか判別できない。そして、外壁面の支柱は下部から上部にかけて徐々に細くなるエンタシスという古代の神殿の柱にも使われている技法を取り入れていた。その重厚な支柱はまるで神殿のような荘厳さを感じさせた。
アールシュは誰もいない夜の回廊を、星空を眺めながら散歩するのが好きだった。メサDCはハードウェアも含めて運用作業の大部分はオートメーション化されている。17時を過ぎればDCにはアールシュ以外に人間は誰もいなくなる。アールシュにはメサ市内にもDCの別棟にも個室が用意されているが研究室で寝泊まりしていた。
アールシュはコーヒーポーションをセットしながら今日見た光景を思い出していた。デスクの正面の壁には無機質な研究室に似つかわしくないオリエンタルな作風のヴィシュヌ神のポスターが無造作に貼ってあった。それはアールシュがフェニックスの市街で見つけて購入したものだった。
エミュレータの名前はアールシュの提案で『ヴィシュヌ』と名付けられた。アールシュのルーツである南アジアの大国では、宗教信仰の最高神としてヴィシュヌを崇拝している一派があった。ヴィシュヌは『世界を維持する神』であり、地球史のエミュレータに命名する名前としてこれ以上にふさわしいものはないとアールシュは考えた。
ヴィシュヌは現在、世界で最も再現性が高いエミュレータだった。だが、その再現性の高さに比べて注目度はあまりにも低かった。専門チャネル以外ではエコノミックかマーケットチャネルで稼働当日に少し話題に上がった程度だった。そして、ヴィシュヌの正式稼働はUCLの株価にはほとんど影響を与えなかった。アールシュは同僚からそれを聞くと、いつも通りの反応だと力なく笑った。アールシュは、これが何を意味するのか一般人には理解されていないし、もしかしたらこれからも一生理解されることはないのではないかと考え始めていた。
ヴィシュヌプロジェクトは表向き『地球史の再現とその観測』を目的とした研究だと発表されていた。しかし、本来の研究目的は『仮想空間への移住』だった。エミュレータの精度が上がれば上がるほどこの世界が仮想空間上にあることの確証に繋がる。エミュレータへの移住はこの世界が仮想空間上に存在することを前提とした計画だ。すでに数十年も前から人類は仮想空間上に存在している可能性が高いと言われ続けてきた。これは当初、テクノロジーとは縁遠い一般層には共感が得られなかったが、VRSの利用が一般層に普及した現在では誰もが直感的にイメージできるようになり、仮想空間論の支持者は増加している。
VRS(Virtual Reality Space)は20世紀最後の10年に考案されたオンラインゲームとその延長線上の仮想空間で『メタバース』と呼ばれた概念が元となったコミュニュケーションプラットフォームのことだ。VRSを使ったサービスは2030年代に本格的に商業利用が広まった。
当初、民間の教育分野から利用が始まり、ビジネス用途のオンライン会議ソフトとの置き換えにより利用者が爆発的に増えていった。それまでのオンライン会議ソフトはその役割上、会議以外の恣意的なコミュニュケーションを計ることに不向きだった。例えばそれは、業務に直結しない突発的に始まる同僚との気軽な会話や、その同僚の会話を聞きながら気ままに参加するなど、必要性や目的を定義することが難しく、まして、あらかじめ予期した時刻に行うことなどもできないコミュニュケーションの類だった。それはリモートワークに慣れたユーザが抱いていた大きな不満でもあった。また、経営者たちはコミュニュケーション不足が生産性やクリエイティビティ、さらには従業員エンゲージメントの低下を招いていると判断し、リモートワークを制限することが常態化していった。
そういったコミュニュケーションの不満や懸念にVRSはユーザのシンボル化、常時音声コネクション、コミュニティ範囲の制御といったプラットフォーム機能で応えた。会議以外の業務時間内の自然な会話を行うためのコミュニュケーションソフトとしてVRSの基本機能が活用され、大きな効果を生んだ。そしてそれが一時低迷していたリモートワークの再加速を促していった。
若年層はよりスムーズにVRSを使いこなしていった。アールシュの両親がティーンの頃、すでに友人や恋人と音声通話アプリケーションを常時起動してお互いの存在を端末越しに感じたり、GPSで位置を共有し、近くの友人と効率的にコミュニュケーションをとったりしていたと聞いたことがある。それを祖父に知られたときに『お前たちにはプライバシーの概念がないのか』と奇異の目で見られたものだと笑っていた。
VRSはその延長線上であり、エミュレータは帰結だ。アールシュからみればエミュレータへの移住は必然だった。制御の方法が解らない現実という名のエミュレータの中よりも制御可能なエミュレータの中の方がどれだけ安心できるか。そしてどれだけ自由になれるかを考えただけで世界が無限に広がるような高揚感を覚えた。
エミュレータへの移住は火星移住とは真逆だ。火星移住プロジェクトは四半期ごとに課題リストが積みあがるだけで進展のない辛く過酷なものだ。それに比べてエミュレータへの移住はリーズナブルで希望があり、そして現実的だ。課題があるとすれば祖父が理解できなかった音声通話アプリケーションの常時起動とGPSの共有と同じ種類のことだ。つまり便利に使えるものを過去の価値観に縛られずに受け入れられるかどうかということだけだ。今では祖父もVRSで私に会いに来る。テクノロジーの利便性を知れば人はどこまでも価値観をアップデートすることが可能なことはすでに証明されている。ヴィシュヌプロジェクトでやろうとしていることもそれと同じだ。そうアールシュは確信し、そしてその有用性を世界に知らしめたいと思っていた。
だが、ようやくエミュレータの初期プロダクトが稼働し始めたというのに、エミュレータに対する世間の理解はもう何年も変わっていないように見えていた。アールシュはその原因の一端は、UCLの慎重すぎる広報の姿勢にあるのではないかと考えている。しかし、一介の研究員でしかないアールシュが広報に口を挟むなど到底できなかった。アールシュは憤りを感じる度にもう少し研究が進めば状況が激変すると言い聞かせて自分自身をなだめることしかできなかった。




