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4.6 Hello, world!

 ライアン・ハミルが譲ってくれたリザベーションを使い、アールシュは電波望遠鏡からメッセージを送った。10分後にあっさりと返答が来た。


「このリージョンの管理者のノア・バーンズです。メッセージをありがとう。こちらへの連絡方法は衛星で観測可能なパルスとして送ることができる。観測ビューでそちらを見る限りニコラ社の11179号の衛星が手ごろだ。周波数は741PHzでどうだろうか。送信データは今と同じシグネチャで問題ない。そちらが受信したデータは、このメッセージに添付してある展開用のデコーダにかければいい。それから、エミュレータの外部へ出る方法についてだ。結論から言えば可能だ。細かい条件について衛星経由でやり取りしよう。」


 ニコラ社の衛星11179号の独占権はライアンとエヴァンズ教授がその日の内に契約を締結し、UCLに引き渡された。アールシュは衛星経由でノア・バーンズとのやり取りを続けた。


 アールシュがノア・バーンズから聞いた世界の構造はこうだ。エミュレータ内の世界は『リージョン』と呼ばれている。そして、リージョンは複数存在している。ノア・バーンズたちのいる現実とリージョンは行き来が可能となっているという。リージョンの存在理由は住居を目的としたものが主だ。アールシュが考えていた通り、エミュレータ内であれば自分たちの意思で様々な制御が可能で、自由度や安全性が高まる。リージョン内に移住したい人間はたくさん存在するという。


 アールシュたちのいるリージョンは検証用のエミュレータであり、住居用のリージョンではなかった。そのため、デバックが仕掛けられており、また異常検知が遅れていた。ウィルコックスの異常はまさにアールシュが仮説を立てた事象と一致していたのだ。そして、住居リージョンはアールシュたちのリージョンよりも、35年ほど進んでいるという。ノア・バーンズたちがいる現実世界も同じく35年進んだ世界だった。


 アールシュがもっとも衝撃を受けたのは、アールシュたちが住む世界は『ティア3』と呼ばれる第3層の仮想世界であり、ノア・バーンズたちは『ティア2』と呼ばれる第2層の仮想世界にいるのだという。それぞれのティアに現実と仮想があり、現実は一つ上のティアが作った仮想世界であり、仮想は一つ下のティアの現実世界を意味する。アールシュたちの現実はノア・バーンズたち『ティア2』が作り出したエミュレータ内の世界であり、ノア・バーンズたちがいる『ティア2』の現実とは『ティア1』が作り出したエミュレータ内の仮想世界だということだ。


 そして、アールシュたちの世界から35年で現実とリージョンの行き来が可能になるほど大幅にテクノロジーが進歩した理由はジャーナル・レコードからサルベージされた無数の基礎科学やそれらを応用したテクノロジーのおかげだという。自然科学の分野の進歩はテクノロジーの底上げにつながる。底辺の広さが頂点の高さを決めることは研究者であるアールシュも十分に理解していた。


 ノア・バーンズたちティア2の住人は、かつて、ティア1の住人とコンタクトをとったことがあるという。それはアールシュがノア・バーンズとコンタクトをとっていることと全く同じ構造で階層が違うだけのことだ。ただ、正確に言えばコンタクトをとった相手はティア1現実の住人ではなく、ティア1の住人が作ったエミュレータ内に移住した元ティア1の住人だった。つまり、コンタクトした相手はノア・バーンズたちとは別のティア2に住んでいることになる。


 その際に、ノア・バーンズたちは自分たちが、検証リージョンにいることを知った。考えてみれば当然のことだった。ティア1からの移住者など見たことも聞いたこともなかったのだから。そして、その他のやり取りからジャーナル・レコードには少なくとも800年ほど進んだ世界の情報が蓄積データとして記述されていることを知った。それはつまり、ティア1の住人が住む住居リージョンは少なくともそれと同じかもしかしたらさらにずっと進んだ世界の可能性があった。


 そして、その外側にはノア・バーンズたちが『真実の現実』と名付けた本当の現実世界があると考えられている。しかし、ノア・バーンズたちも『真実の現実』の住人とコンタクトをとったことはなかった。


「一度こちらに来て話をしないか? こちらのエミュレータ事業の責任者が君たちと話をしたいと言っている。それに交流も兼ねてしばらくこちらの世界を見てみたらどうだろうか? これからの君たちの世界の参考になることもあると思う。こちらを案内させてもらうよ。」


 『ティア3住居リージョン』はアールシュたち『ティア3検証リージョン』と同階層にある。『ティア3住居リージョン』とティア2現実はすでに移住も行われており、相互に行き来が可能な今から35年進んだ世界だ。アールシュたちがいる『ティア3検証リージョン』から、『ティア3住居リージョン』に行くことができれば、アールシュたちがティア2現実へ出ることが可能だという。


 ただし、『ティア3検証リージョン』と『ティア3住居リージョン』はエミュレータ間を繋ぐ『インターコネクタ』と呼ばれるデータ通信用のハブが用意されていないので、これから構築することになるので少し待ってほしいということだった。


 ノア・バーンズはインターコネクタの準備が出来たらまた連絡するといい、やり取りを一旦終えた。構造上の接続については理屈としては分かったが現実感が全く湧かなかった。ノア・バーンズが、ティア3とティア2の行き来が可能だと言ったが、それはエミュレータ理論の課題であり、越えなければならない壁の一つだ。現実から仮想はデータの移行のみを考えればいい。しかし、仮想から現実への移行にはフィジカルの載せ替えが必ず発生する。そんな都合の良いフィジカルをどう用意するのか、技術的にも倫理的にもまだ部分的な仮説の段階でしかなかった。


 エヴァンズ教授やシンタロウとも話をしたが、3層程度でよかったと2人は安心していた。あまりに階層が深いと、この世界に住む人類は全体世界を知ることも理解することはできない。それではこの世界の人類は仮想化世界を受け入れると同時に全体を把握することさえできない世界に生きているという現実を知り途方に暮れてしまう。全体構造が分からない世界で生き続けるということは宗教社会から科学技術社会に発展した現代ではもはや許容されないだろうということはアールシュも同意見だ。


 しかし、彼らが私たちを上位階層に呼ぶ理由は何だろうか。そんなことをして彼らに何のメリットがあるというのだろうか。アールシュはあまりに簡単に事が進み過ぎているようで少し不安を感じていた。


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