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 スカイラーはメサの研究室にいるソフィアとアールシュを訪ねた。スカイラーは『あの日』以来、不安が晴れることはなかった。スカイラーは憂鬱な気分に対する腹いせのように、東洋人の少女を模した可愛らしいヴィノのサクラを嫌った。ヴィノに差別意識があるわけではないが性産業をルーツとするサードアイアン社のヴィノに元々よいイメージを持っていなかった。


 でも一番の理由はソフィアがサクラに心を許しているのが見て取れて不快だったことだ。ソフィアのようなプライドが高い子が年下の子、実際子供の蓄積データとライフログしか持たないヴィノの子にあんなに打ち解けるなんて思わなかった。そんなことばかりが頭に浮かんでしまうスカイラーは、自分のことが嫌いになりそうだった。どうしてこんな嫌な奴になってしまったのだろう。日課にしていたランニングもトレーニングも『あの日』を境に休んだままだ。そのせいなのか、まるで自分の身体に濁った水がたまり続けているようだった。


 UCL本社の89階には来賓客をもてなすためのレストランが入っている。アールシュはスカイラーに事の経緯を説明し、ライアンとの食事の席でリザベーションの交渉をしてほしいことを伝える。スカイラーはそれを快く承諾してくれた。そしてライアンのことを思い出して、懐かしいと機嫌が直ったように見えた。


 アールシュにもスカイラーの様子が少しおかしいように見えたので心配していた。初対面のはずのサクラとシンタロウとあまり口をきかずにいたので、いつものスカイラーとはずいぶん様子が違うように見えたからだ。『あの日』以来体調がよくないと言っていたのが続いているのだろうか。


 ライアン・ハミルは金髪を丁寧に整え、新調したばかりのシャツとスーツを着て時間丁度にUCL本社のロビーに現れた。スカイラーもライアンも老化抑止薬の効果でアールシュと同い年くらいにしか見えなかった。出迎えたスカイラーとアールシュがライアンをレストランフロアにエスコートする。3人でシャンパンを飲み、しばらく世間話をしてからアールシュは席を外した。


 スカイラーはライアンのことをよく覚えていた。ライアンの記憶の通り実際スカイラーはライアンのことを気にかけていた。スカイラーは正義感が強く、人よりも強い身体に生まれた理由は、自分より身体が弱い人々を守るためであり、それこそがスカイラーが生まれ持った使命なのだという両親の教えを忠実に守っていた。そして、なによりも自分自身も本気でそう考えていたからだ。


 スカイラーはライアンが徐々に筋力が低下していく若年性の廃用性筋萎縮を抱えていて、特に左足が不自由なことを知っていた。ライアンが上級生に暴力を振るわれて足を骨折した時、スカイラーが付き添った病院でそれを知った。ライアンはそれを誰にも言わなかったので尚更スカイラーは気にかけていたのだった。ライアンを見たスカイラーは、厚みのある唇の口角を上げ、笑顔を作った。ライアンはスカイラーの艶めいた唇と、とがった口角に見惚れ、ハイスクールのことを思い出す。


 テクノロジーに疎かったスカイラーに色々な情報を提供してくれたのはライアンだった。スカイラーは他のダンス部にいる女生徒とは違ったタイプだった。友達との時間以外に一人の時間を過ごすことを大切にしていた。ライアンはハイスクールの図書館でスカイラーを度々見かけた。彼女がコンピュータサイエンスの文献を見ていた時、ライアンはスカイラーにその分野に興味があるのか話しかけた。スカイラーは『そうね。おかしいかな。』と答えた。そう答えるスカイラーにライアンは益々好感を持つようになっていった。そして、図書館でスカイラーを見つける度に、これからのテクノロジーについて話をした。


 バイオテクノロジーのニュースを追っていたライアンは今後、10年以内にシリコンタンパク質の化合物の生成が可能になること、それを使ってコンピュータを人体に取り込んで利用するようになること、そして、それは人の能力を急速に加速させるようになることをスカイラーに語った。もしその時が来たら躊躇わずに利用するべきだと力説もした。スカイラーはその話を真剣に聞いていた。スカイラーはその後、コンピュータサイエンスの道に進み、それから16年後にプロセッサの一般販売が開始された際、ライアンが語ってくれた通り、少しの迷いもなく初期ロットを購入して接種した。もちろんライアンも同じだった。


「スカイラー。また君に会えてうれしいよ。君には本当に感謝している。あの時はできなかったが、いつか君に恩返しをしたいとずっと考えていたんだ。」

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