1.2 ウィルコックス
ディフェクトを発見するきっかけとなったのは、三か月前のある日の晩、アールシュが受け取った一通の音声メッセージだった。
「突然のご連絡失礼いたします。ソナークラフトのマーティン・スミスと申します。地質調査のためにウィルコックスの御社DC建設予定地に1週間前から滞在しているのですが、この辺りで異常と言いますか、少し気がかりなことを確認しています。我々の機材では測定できませんでしたが、何か電磁波などの影響がでているのではないかと危惧しています。別の専門的な調査が必要かもしれません。とにかく一度状況を確認しに来て頂けないでしょうか? こちらで調査したデータを添付しておきます。」
アールシュはアリゾナ州フェニックスのメサから南東200マイルに位置するウィルコックス郊外のDC建設予定地に向かっていた。メサからインターステート10を使い、ツーソンを抜けてウィルコックスから州道に入る。東にニューメキシコ州境、南にもう数十マイルも行けば、旧国境フェンスが見えてくるはずだ。さびれた州道をさらに南に進む。くすんだオレンジ色や灰色をした四角い建物が並ぶ通りを抜ける。シーツやシャツを干す人々が見える。東海岸出身のアールシュからすればそれはすでに国境を越えてしまったのではないかと錯覚するような景色だった。
アールシュが知っているこの国は先進的できらびやかさに満ちている。おまけに乱雑でそのうえ、粗野だった。それでいて人を引き付けるエネルギーと魅力にあふれている。アールシュはこの国をそう認識していた。だがここはそれとは正反対の実直で飾り気のない生活感をにじませていた。魅力とは無縁の生活スタイルは裕福な移住3世のアールシュを感傷的な気分に沈ませるには十分な景色だった。
州道から外れ、民家が見えなくなる。送られてきたポイントは荒れた路面の道をさらに10マイルほど進んだところだ。
アールシュはビークルから降りて、辺りを見渡しながら小さく慎重に空気を吸い込む。乾いた土とまばらに生える草木だけの荒野が遥か彼方まで広がっている。今度は大きく、そして深く呼吸をして太陽を見る。まばたきとともに角膜上皮を介して調光された太陽が一段暗く映る。
アールシュは丁寧にコームされた黒褐色の髪が額にかかるのを煩わしく感じ、指先で髪の流れを整える。長袖のシャツとスラックスがすぐに汗で滲んでそれも不快だった。この辺りも日差しが強い。それでもメサやセドナほど乾いていなかった。アールシュは初めて赤土の岩山が見渡せるアリゾナの荒野を訪れた際に、乾いた熱い空気を強く吸い込んで鼻孔が焼けるような経験をしたことを思い出していた。数十年前の西部荒野の外気温は40度程度だったという。今では外気温が55度を超えることなど珍しくない。
一息ついて、それにしても、とアールシュは考えた。なぜメサからこれほど離れた場所に新たなDCを作るのだろうか。アールシュには理解できなかった。UCL本社の言う経済合理性はアールシュからすれば合理性を欠いた判断にしか見えなかった。UCL本社で何が行われているのかはアールシュには分からない。だがこれが、上級パートナーの内、誰かのビジネスのために打った布石でしかないことは明白だった。彼らからすれば経済合理性とは自分のビジネスにとって利益になることか、自分以外の誰かへの牽制でしかない。もしかしたら牽制し合った結果、誰の損にも得にもならないような結論を導き出したのかもしれないという可能性もあるだろうが、いずれにせよメサとウィルコックスを行き来することになる担当者のことを考えるべきだ。アールシュは諦めるように小さく笑い、靴についた乾いた砂を睨んだ。
アールシュ・アミンはUCLの研究者でメサに建設されたDCに勤務している。専門はコンピュータを使ったエミュレーションで、これまでずっと地球史を再現するエミュータの研究とその開発を行っている。それはアールシュが大学から一貫して研究しているテーマだ。そのメサDCにはすでにエミュレータ専用のハードウェア設備が導入されており、正式なプロダクト版としてエミュレータの稼働を発表したばかりだった。
エミュレータが稼働するメサDCには多くのコンピュータエンジニアがUCL社と契約を結び常駐している。アールシュはただ一人のUCL社員でありまた、唯一のエミュレーション専門の研究者だった。UCLの研究者はオースティンの本社か湾岸部にあるエッジオフィスからこのプロジェクトに参画している。そのため、DC建設の発注元であるUCLの人間はアリゾナ近辺にアールシュしかいなかった。
DCに併設された研究室にこもってばかりだったアールシュは、社外の人間との会話やたまに入る外出予定はちょうどいい気晴らしになると考え、UCLの現地窓口として連絡先を広報することを承諾していた。そして、アールシュは昨晩、地質調査会社からあの連絡を受けたのだった。
乾いた土とまばらに生える草木だけの荒野に着いたアールシュは一つ目の異常にすぐに気が付いた。カクタス種は樽に似たサボテンで縦には大きく成長しない。一般的によく見るものは3フィート程度の高さだ。以前、植物園で樹齢30年ほどの大きなものを見たことがあるが、それでも6フィートほどだ。そして30年という月日はこの種の寿命に等しい。ところがどうだ。目の前にあるカクタス種は18フィートもある。地質調査会社がこの一週間でまとめた報告書によると、同様の事象はこの辺りを中心に2㎢程度の区域に広がっていることが判明している。
アールシュは他に何か異常はないか周囲を見渡す。カクタス種のサボテンから少し先に地質調査のために地中に穴をあける巨大なボーリング設備が目に入る。そちらの方から作業着姿でヘルメットを被り、大きな測量機材を担いだ測量エンジニアと思われる男が歩いてくるのが見えた。
「UCL社のドクター・アミンさん?」
アールシュは返事を返し、作業着姿の男に挨拶をする。
「連絡させて頂いたソナークラフトのマーティンです。早速ですが、UCL社の方に見てもらいたいものがあります。」




