3.1 ソフィア・コールマン①
ソフィアの実家であるコールマン家は、高級レストランを複数展開するクラーク家の父と、入植当初から続くバージニアの旧家であるコールマン本家出身の母が結婚したことで生まれた名門の家筋だった。
UCLの行政圏では、世帯を形成するための手段として、結婚以外の法制度と行政手続きのバリエーションがいくつか存在する。いずれも課税対象が個人から世帯となるという点ではメリットは同じだった。しかし、資産家クラスは最も伝統のある結婚制度を好んだ。結婚制度は他の制度に比べ厳格な自制を強いる制度だったからだ。そして、末子である父と母は自分たちの置かれた立場をよく理解し自制に努めた。
ソフィアは旧家出身の母に似て気品があり美しく、商家の父に似て目端が利いて計算高く賢かった。そしてソフィアが自分自身で獲得した価値観は善悪でもなければ損得でもない、人生とは勝ち負けであり自分は決して負けてはならないと考えるようになった。粗野に振舞うことでプライドの高さを隠そうとした。自分にちょっかいを出してくる相手には上級生でも構わず食って掛かった。それがソフィアへの好意を秘めたものであれば尚更反発した。ソフィアは低俗で知性が感じられない同年代の男の子に興味を持つことができなかったし、だからと言って同性の子たちと群れて過ごすこともなく、居場所を求めるように父親のレストランに出入りするようになった。ソフィアはすぐにレストランが気に入った。顧客たちの上品な振る舞いや知的な会話が心地よかった。お茶や食事を楽しんでいると、父と親しい顧客の席に招かれることも少なくなかった。
父のレストランは食事を提供する場所というだけではなく、裕福で知的な顧客たちが情報交換を行い、新しい人脈を形成するための社交場でもあった。顧客たちはソフィアに様々な話をしてくれた。そして、その話の多くがコンピュータにかかわるものだった。彼らの多くがソフトウェアにかかわる仕事をしていることに気が付いたソフィアはコンピュータサイエンス、特にAIとソフトウェアについて独学で学んだ。
ソフィアがミドルスクールの頃に一般販売が開始されたプロセッサの初期ロットを両親にねだって購入してもらった。バージニアにあるパブリックの工科大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得する頃にはホワイトカラー代替用AIの提供とカスタマイズに関するコンサルティングを行うテクノロジー企業を一人で経営していた。AIがあれば従業員は必要なかったし、AIは人間の他人よりもずっと信用できる存在だと考えていた。ソフィアは何をすれば利益を生むか十分に理解していたのでただそれを実行しているだけだった。そしてこれからもずっとそんな日々が繰り返されるのかと考えると、世界が急に狭くて息苦しい場所になったようでつまらなく感じ始めていた。
ソフィアがスカイラーと出会ったのはリプロジェン社向けのAIのパラメータチューニングをしている時だった。スカイラーの褐色の肌が真っ白いカットソーから覗く。時間をかけて鍛えられた筋肉はしっかりとした自制により細く絞り込まれている。根本から丁寧に編み込まれたボリュームのある黒い髪。遠慮なしに荒っぽくソフィアの隣に座り肩が触れる。ムスクとスパイスをブレンドした男性向けの香水と黒いピンストライプのジャケットに包まれたスカイラー自身の匂いが混じりオフィスの一画が別の空間に切り替わったように感じた。
「今日は何しているの?」
抑揚を抑えた声はまるで尋問されるかのようでソフィアは身構えた。だがそれでいて、やさしさをにじませる大人の声だとも感じていた。神経質なソフィアはパーソナルエリアが広い。普段のソフィアは初対面の人間に、こんなに近くに座られたら不快を感じるはずだったが、スカイラーは違った。ソフィアは不快よりも先に緊張を感じてしまった。
父と母、それぞれの本家や各分家、父のレストランに通う顧客を見て育ったソフィアは人の上に立つ人間の振る舞いがどういったものか知っている。そういった人間は誰一人として、他人の目を気にしたり、他人にどう思われているか考えたりしなかった。他人に何を示したいかのみに全てのリソースを集中しているからだ。それを身近で経験していたソフィアは、他人に対して萎縮も緊張もしない感覚を彼らと過ごすことで学んでいた。それでもスカイラーがそばにいて緊張している。そして初めは緊張が意味しているその理由も分からなかった。
「パラメータの最後のチューニングよ。もう終わるわ。」
そう言って愛想笑いをした自分自身に驚き、すぐに恥ずかしくなった。スカイラーを目の前にしたら、まるで自分が取り繕う笑顔だけが取り柄の小娘になったような気がして顔が真っ赤になった。
私は女であることに甘えたり、利用したりは決してしない。スカイラーは大きな瞳でじっと私を見つめてゆっくりと大きく2度うなずいて口元に笑みを作った。私よりもずっと年上だと思う。再生医療が進み他人の年齢を予測することができない。それでもその表情や視線は、私にはまだ到底真似することができないと感じさせる大人の振る舞いだった。
私はずっとスカイラーのことを直視できないでいた。柔らかそうな厚い唇。とがって上向いた口角を盗み見た。胸が収縮した。背中から首筋にかけて小さくしびれるように震えが走り、心地のよいむずがゆさが後に残った。それは、私が感じていた狭くて息苦しい場所から突然解放されたような心地のよさだった。




