2.5 パートタイムジョブ
プロセッサ持ちは割のいいバイトが見つかりやすい。まず、俺が見つけたのはサンディエゴにある地質調査会社が募集していた『ドライビングオペレータ』の仕事だ。内容は、サンディエゴにあるボーリング設備とフェニックスにある仮設用コンテナ事務所をピックアップしてウィルコックス郊外まで届けるというものだ。この仕事にはリミットがあり地質調査が始まる1週間前までに所定の場所に配置しておけとのことだったが、それは今から行けば余裕で間に合う。この仕事にエントリーするとすぐに採用の通知メッセージが届いた。
プロセッサ持ちであれば20tダンプなら5台までの自動運転車を自身のコントロール配下において一般車両用のインターステート、他ハイウェイを通行してよいことになっている。もちろんロジスティック用のドライバープログラムをインストールしていることが必須条件とされている。自動運転車専用の地下フリーウェイは大型車の通行コストが割高に設定されているのでドライビングオペレータは頻繁に募集が掛かる仕事だった。ドライバープログラムのインストール以外にプロセッサ持ちにテクニカルな要求は何もなく単にルールだというだけだった。
自動運転車が認められた初期に出来たルールを元にプロセッサを例外条項に加えただけのものだった。今の自動運転ソフトの性能にそぐわないことは誰の目にも明らかだった。害悪の大きい既得権益はいずれ経済合理性により排除される。UCLの利権ではないハイウェイの制限はいずれUCLにより撤廃されるだろう。それまでは俺みたいな人間にとって、単に割のいいバイトとして利用させてもらうだけのことだ。
サンディエゴで地質調査会社の20tダンプに乗り込み、ボーリング機材を積んでインターステート8で360マイル先のフェニックスに向かう。地質調査会社で聞いた話ではヴィシュヌプロジェクト用のDCを新たに建設するための地質調査に使うのだという。ということであれば、この案件の発注元はUCLだ。ダントツに報酬がいい理由はそれだと分かり、俺は少し安心して警戒心を緩めた。他に比べて報酬が高いということはそれ相応の理由があるはずだ。それを知らずにこのジョブにエントリーしていたので心配していた。既にUCLは特定の業者を下請けにすることが出来ないように法案で定められていた。特定の下請けに大量発注してコストを下げることが出来ない。民間への還元を狙った法案だがすんなり通ったことを考えるとUCL側にもメリットがあると踏んでのことだろう。UCLはビッグテックのフロント企業であり、ビッグテックが了承しなければ法案など通るはずもない。
ヴィシュヌプロジェクドはUCLの事業ということになっているが、元々オプシロン社が民間人の私的研究に出資して出来たもので、最近になってUCLに引き継がせたものだ。オプシロン社はディーマッド社、ニコラ社と並ぶ旧ビッグテック7社の生き残りで現在の覇者だ。ディーマッド社は一般OSやインダストリアルAIのデファクトスタンダードを展開している。その一方でシンタロウが使っているS=T3のようなコアなPAも展開している。統合の中核となっているエンジニア気質の企業が持っていた文化を引き継いでいる。ディーマット社はシンタロウが好きな企業の1つだった。ニコラ社はロケット技術を使って衛星打ち上げや宇宙開発、プラントなどの重量設備とそれらを動かす制御系OSや動力源となるエネルギー事業を主としている。
そして、オプシロン社は研究・開発分野で圧倒的な地位を築きあげた企業を主体として経営統合されてできた企業だ。そのため、今でもヴィシュヌプロジェクトのような商業的価値に直結しない事業も積極的に行っている。ヴィシュヌプロジェクは人も出資もオプシロン社が継続しているのだろう。それでもUCLの名前を前面に出したということはいずれ公共セクターの事業にしようと考えていると言うことだ。
俺はこの3社のいずれかに入社できれば人生のステージが一気に最上位に上がるという世間の認識は正しいと考えている。そしてそれと同時にこの大企業やそれに憧れる一般層を軽蔑するような強い敵意も持っていた。確かにあのどれか1社に入ることさえできれば、田舎に住み続ける必要もなければみじめな思いをして自尊心を傷つけながら生きる必要もなくなるだろう。それはまぎれもない事実だ。だが、ただ一つ確実に言えることは、この3社には俺なんかが入れる可能性は毛ほどもない。入ることが許されるのは典型的な裕福層か、そうでなければとびきり勤勉で従順でそれでいて世間擦れしていないパブリック用AIみたいなやつだけだ。
俺にはなんの資本もない、アジアと西大陸移民を出自とするネブラスカのただの田舎者で裕福層からはほど遠い。そして肝心の自分自身と言えば、勤勉さも従順さも努力の才能だって持ち合わせていない。ただのプロセッサとPAのマニアでその辺に転がっているひねくれたナードでしかない。俺にはどうやっても入ることができないことは決まっている。それにも関わらず無条件に憧れて尻尾を振るのは馬鹿げた反応でしかないだろう。
シンタロウは思わず座席正面のインパネを蹴飛ばすと、中からマニュアル用に格納されたハンドルが出てきてセットアップ動作を始めた。こういう時、サクラはシンタロウを馬鹿にすることもなだめることもしない。サクラが何も言ってくれないので結局最後は自分で自分の機嫌を取るしかなかった。




